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異世愛者  作者: 猫護
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水面に槍

 夜も明けきらない早朝、海に向かって延びる一本の坂道を下っていく。


 道を進むにつれて段々と潮の香りが強くなり、その度に期待が膨らんでいく。


 そうして街と海とを隔てるようにそびえ立つ壁をくぐり抜け、視界いっぱいに波打つ海面が姿を現した。


「うおお」


 間抜けな声を漏らしながら、久しぶりのその景色に圧倒される。


 ただ、そこは見慣れた砂浜ではなく、石で作られた船着き場に大型小型を問わずズラリと並んでいる光景が広がっていた。


「なんで僕まで......」


「それはこっちの台詞よ。漁なんて男共だけでやってりゃいいじゃない」


 早朝だと言うのに疲れきった声で二人は愚痴を漏らしている。


「ねー、いい加減何をするのか教えてくれてもいいんじゃないの」


「行けばわかるよ」


 マルカさんの問いかけに振り向く素振りも見せず、シェドさんは突き放すように答える。


「あいつそればっかり。あんたは何か知らないの」


「さあね~、海は専門外だから」


「たくっ......」


 マルカさんが要領を得ない二人に苛立っているのが伝わってくる。だが、その苛立ちの根本が彼女を置いてきてしまったことにあるのは察しがつく。


「あれだ」


 シェドさんが指差す先にあったのは、木組みの大きなボートに帆を張ったような帆船であった。


 そのまま連れられていくと、こちらの存在に気がついたのか船長らしき髭面の男が話しかけてきた。


「ようシェドちゃん! もう準備出来てるぜ」


「おはようございます。今日は宜しくお願いします」


 あのぶっきらぼうな男とは思えないほど丁寧な挨拶を交わしている。


「後ろの三人は?」


「連れです。人手があった方が早く済みますから」


「シェドちゃんが連れてきたんなら歓迎するよ。宜しく」


 そう言って差し出された手を握り返す。


「宜しくお願いします」


 説明を受けない内に船に乗り込み、数人の船員と挨拶を交わすと、船は港を出た。


 どうやら風を捕まえるまでは人力で船を出すしか無いらしく、オールを渡されると船員に混じって船をこぎ始めた。


 ただこれが予想以上の重労働で、一こぎする度にオールの先にとてつもない重みを感じ、帆を張り風に乗る頃には両腕の知らない筋肉までもが悲鳴を上げていた。


「こんなことでへばってちゃ仕事になんねえぞ」


 息を切らして這いつくばる俺に、船員の一人が笑いかけてくる。


「この辺りでいいだろ。おーいやってくれ!」


 船長の掛け声に反応して船員が何やら樽を取り出した。上蓋を取り外すと強烈な刺激臭が辺りに立ち込め、思わずむせてしまう。


「この、これは?」


「魚の切り身さ。この臭いで奴を誘き出す訳だ」


 船員達は柄杓で中身を掬うと、辺り一面に撒き始めた。そうしてある程度海面が赤黒く染まったところで、樽の蓋を閉め直し胴体に穴を開け始めた。


「おい、ボーッとしてる暇無いぞ」


 一連の作業を鼻を押さえながら見ていると、シェドさんが槍を一つ手渡してきた。


「これで漁を?」


「ああ。まずあれで獲物を誘き出す。獲物があれに食いついたら俺が縄のついた槍で動きを抑えるから、後は海面に上がってきたところを任意に撃て。わかるな?」


「は、はぁ?」


「奴は鱗で覆われているから、槍を撃つ時は魔力を込めるように」


「鱗って、獲物は何なんですか?」


「......口で説明するより見た方が早いだろ。とにかく、奴が現れたら言われた通り仕事をしろ」


 姿が見えたら槍を投げる以外の情報を明かさず、彼は他の二人にも槍を渡しに行ってしまった。


 確かに獲物がどんな姿をしているのかは、見た方が早いのだろうが、もう少し初心者向けに詳しく話してくれても良いと思うのは、甘えが過ぎるだろうか。


 船員達が仕上げに縄で繋いだ樽を海面に放り投げると、後は獲物が現れるのを待つだけとなった。


 シェドさんが船頭で海を見渡しているが、樽を流してからしばらく経っても何かが姿を現す気配すらない。


 はじめの内こそ慣れない海上で、得体の知れない獲物を相手に漁をすることに緊張していたが、こうも暇になってくると集中力も切れてしまい、自然と家に置いてきた彼女のことを考えてしまった。


「やっぱり気になる?」


 横に目を向けるとマルカさんが立っていた。


「何がですか」


「ルディアちゃんのことよ。浮かない顔してるからそうかなって」


「はは、まあそうですね」


 正直言って彼女を置いて海に来ていることに少なからず罪悪感がある。

 彼女もこの場に来たがってはいたのだが、あのシェドさんがどうしても首を縦に振ってはくれなかった。


「それについては説明したはずだが」


「シェドさん。それはそうですけど」


「この街にはあの戦争に傷つけられた人達が多く住んでるし、ここの船員だって例外じゃあない。そんなところにあの娘を連れてきてみろ、どうなるか分からないほどお前も馬鹿じゃないだろ」


「分かってますけど、けど、その戦争だって彼女は関係ないでしょうし......」


「お取り込み中のところ悪いけど、来たみたいだよ?」


 槍を握り直し海面を見る。しかし、ヘインメルさんが言う割に海面は変わらず静かなままである。


「ほんとに来てます?」


「来てるな。いいか何があっても船から落ちるなよ」


「落ちたらどうなるんですか」


「落ちたらな、死ぬぞ」


「え?!」


 船が少し大きく揺れた気がした。

 それから海面に小高い丘が出来たかと思うと、水しぶきと共に樽の真下から何かが飛び出してきた。


 飛び出たそれは樽を咥えこむと、空中で樽の潰れる音が聞こえ中身が飛び散った。


「うおおおお!」


 振り落とされないように船縁にしがみつき声をあげるのが精一杯で、槍を投げるどころではない。


 だが、シェドさんは平気な顔をして揺れる船上でバランスを取ると、手に持った槍を海面から飛び出た顔面に目掛けて軽々と放り投げた。


 強烈な破裂音と共に槍は獲物の首もとに突き刺さり、叫び声を上げて獲物は海中へと沈んでいった。


「やりましたか?!」


「まだだ! ボサッとしてないで次に備えろ!」


 槍と船頭を繋いだ縄が、少し遅れてズルズルと落ちていったかと思うと、急に引きずられるようにして海中へ引き込まれていった。


「これからどうするんですか!」


「なぁに、縄で繋げちまえばこっちのもんよ。奴が次に海上に出てきたらその槍を体に突き刺してやれ。いいか奴の鱗は硬い、必ず魔力を込めてから突き刺せ」


 そんなことを言われても、船体にしがみつくのがやっとで、魔力の込めかたどころか揺れる船でのバランスのも分からないのにこの人は何を期待しているのだろうか。


 そうこうしているうちに延びきった縄がビンと張り詰め、瞬間船全体が前に勢い良く引っ張られ獲物を追う形で進み始める。


「これ、船沈んじゃいませんか?!」


「心配するな! お前達は海面だけ見てろ!」


 そう言うとシェドさんは張り詰めた縄を握る。


「いくぞ、雷撃!」


 掛け声と共に海中に延びた縄を一つの光が伝っていく。


「相変わらず荒っぽいねぇ」


 ヘインメルさんは荒れる船上でも変わらずヘラヘラと笑顔を浮かべている。


「これが一番手っ取り早いんだよ。ほら、来るぞ!」


 海中に沈んでいた縄が徐々に海上に延び、跳ねるようにして獲物の背が海面に現れた。


「おら投げろ!」


「は、はぃ!」


 訳も分からずとにかく前方に向けて槍を投げる。

 運良く槍先が背面を捉えたものの、あっけなく弾き返されてしまった。


「何やってる! 魔力込めろ!」


「や、やったことないですし!」


「はあ?! ヘインメルどういうことだ!」


「どうもこうも、彼は武器に魔力流したことないしねぇ」


「すみません......」


「まあそうしょげないの。ギン君いい? 魔力を込めるときはまず武器の形を隅々まで確認して、それから武器が獲物に当たる部分に魔力を一点集中させるの。頭のなかで手から槍先まで導線を通すように想像して、こう!」


 マルカさんはそう説明すると、めいいっぱい体を捻り槍を投げた。


 俺のとは違い真っ直ぐ飛び立ち、鱗を砕くようにして槍先がめり込んでいく。


「すごい!」


 喜んだのもつかの間、背中に槍を突き立てられた生き物がそのまま大人しくしているはずもなく、苦痛に体をくねらせる。


 その衝撃が縄を伝って船を大きく揺らし、気が付くと俺の体は空を舞っていた。


 急に視界が青くなり耳がくぐもった音を拾ったかと思うと、俺は海中で、血に染まるそれを見た。


 4、5メートルはありそうなそれは、ヒレを生やし、ワニのように細長い顔をしている。


 それが気が付いたのか、ゆっくりと体を捻ると俺の方を見た。


 目と目が合い、それの口はまるで花の蕾のように成っていて、渦を巻くように回転して口が開かれ、無数のトゲ状の歯が見えた。


 必死なってポーチをまさぐると、あの瓶を掴み半ば狂ったようにコルクの蓋を開ける。


 だが、瓶を口に運ぶ前に中身は海水に混じり消えていく。

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