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異世愛者  作者: 猫護
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揺れ動くは

「大丈夫かい?」


 ヘインメルさんに優しく背中をさすられ、なんとか落ち着きを取り戻す。


「す、すみません汚いもの……」


「いや、君の気持ちを汲み取りきれなかった僕も悪かったよ。もう、この話は止めにしようか」


「いえ、大丈夫ですから。続けてください」


 これは決して強がりから出た言葉ではなく、こんなところで話を切られてしまっては、あの光景が延々と頭を巡ってしまいそうでそれが怖かったからだ。


「もう十分だろやめとけって」


「俺は大丈夫だから」


 彼女としてはここで止めてもらったほうが好都合だったのかもしれない。だが、彼女がもし一人で何かに思い悩み抱え込んでいるなら放ってはおけないし、力になりたい。


 ヘインメルさんは、心ここにあらずといった雰囲気の彼女を一瞥すると、少し長めに鼻から息を吐いた。


「続きと言っても、話の大部分は今のところに集約されているわけで、あとの箇所は読めたもんじゃないんだけどね」


「それ、本当ですか」


 俺には彼女に気を使って嘘をついているように思えた。


「本当さ。まあ無理矢理解読出来たところを僕なりに要約すると、彼女の記憶を何らかの方法により操作し村で経過を観察、その後証拠隠滅のために村を破壊させようとした。そんなところかな」


 聞けば聞くほど憎悪が湧き上がってきて、どうすることも出来ない怒りで苛立ってくる。


「どうしてそんな非道なことをしたんですか」


「さあね。残念ながらそこは読み取れなかったし見当もつかないね。ま、読む限りじゃ君達が巻き込まれたのはたまたまみたいだし、運が悪かったと思って忘れなさい」


「わ、忘れるったって」


 軽く言いのけた彼の言葉に刺さるように刺激される。彼はリリーさんを知らなければ文字でしかそれを知らない。だから、軽く流せてしまうのは仕方のないこと、それは理解出来る。だけど、それではあまりにも薄情と言うものだ。


 ぐっと歯を食いしばって爆発しそうな混沌とした感情を必死に圧し殺す。圧し殺して圧し殺して、奥歯の軋む音がして気がつけば涙が頬を伝っていた。


「なに、別に言葉の通り全てを忘れろと言ってる訳じゃないんだ。ようは溜め込み過ぎるなと言うこと。不条理には適切な距離を取らないと駄目になってしまうからね」


「ヘインメルさんも、そうしてきたんですか」


「そうさ、沢山そうしてきたから誰かさんには人の気持ちが分からないなんてなじられたりするけどね」


「ちょっと! 聞こえてるんだからね」


 マルカさんが振り返らずに釘を刺してくる。


「聞こえるように言ったからね! そうだ、この手記なんだけど僕が預かっていてもいいかな」


「どうせ読めないですしいいですけど」


「それはありがたい」


 彼はそれを丁寧に折り畳むと、傍らに置いてある鞄へとしまい込んだ。


「そうだ話は変わるんだけど、君、前はそんな髪の色だったっけ」


「これですか。以前は訳あって金色に染めてたんですけど、地毛はこっちなんです」


「ああ、なるほど。しかし黒に白かこれまた目立つ色だ。無事に聖都に入れるといいけど」


「もしものときは髪を全部剃りますよ。俺も彼女も」


「はぁ?! 何勝手に、私はやらないからな!」


「冗談だって」


 彼女が軽く脇腹をグーで殴ってくる。結局彼女が何を気に病んでいたのか分からなかったが、自分の口から教えてくれるまで待つのも悪くはないのかもしれない。


「まあ、今すぐに不条理を受け入れろと言っても難しいだろうから、時間をかけて自分なりの落とし所を見つけるといいさ。それじゃ、次の村までまだかかるだろうし、僕は一休みさせて貰うよ」


 そう言うと彼は眠気を誘うようにあくびをして目を閉じた。


 自分なりの落とし所、たしかに彼の言うことを一理ある。感情に押し潰されているようではこの先を切り抜けて行けるとは到底考えられないし、この先も降り掛かってくるであろう不条理との付き合い方を決めておけば気持ちの切り替えも安易になるはずだ。


 それでも、今はまだ己の無力さと悲しみを戒めとして抱いていたい。


 気がつくと彼は静かに寝息を立てていた。よくもまぁこんな揺れる場所で眠れるものだ。


 ふいに彼女に肩を叩かれた。


「なに」


「いや、なんて言うか、やっぱなんでもない」


「何でもないってそんなことないだろ」


「いや、ほんとに何でもないから。いいんだ」


 彼女の様子は明らかに『何でもない』とは程遠いもので、剣を振るうあの勇ましさやいつものトゲトゲしい雰囲気は成りを潜め、随分と萎れていた。


 言葉を変えれば、年相応の弱々しい姿になっているといったところだろうか。


「さっきもあんな姿を晒したし、頼りないのは分かる。でも、君の悩みに、気持ちに寄り添うことは出来るから、聞かせくれよ」


「別に頼りないとかそういんじゃねえけど」


 彼女の視線が泳ぎ、拗ねた子供のように口を尖らせる。


「なんかさ、私ってアキアの民とか言われてるだろ。それで、色々話とか聞いてるとこの国の敵みたいだし、悪い奴らだったみたいだし。だから、お前もそういう話とか聞いててどう思ってるのかなって」


「どうって、どうだろうなぁ。そんな政治的なこと今まで考えたこともなかったし、第一この国の人間でもないからなぁ。良くも悪くも対岸の火事と言うか」


「国とか政治とか、そういうんじゃなくてさ、そのつまり、私のことはどうなのかなって」


 ここでようやく彼女の煮えきらない態度の正体が分かった。


「俺は一度も君をアキアの民だとか、そんな枠組みで見たことは無いよ。それにほら、俺ってここの世界の人間じゃないし、この国がどうとか正直言って良くわかんないよ」


「じゃあもし、もしも他のアキアが悪さをしても」


「それは君とは関係ないだろ」


 すると、彼女の顔が花咲いたように明るく開かれ、いつものあの小生意気な空気を取り戻した。


「そ、そうだよな。私には関係ないもんな」


「そうそう。だから誰に何を言われようとどっしり構えとけばいいんだよ」


「そんなの言われなくたってわかってるよ」


 と、格好付けてみたものの、彼女の悩みの種は今後深刻な程について回るのは安易に想像ができる。


 なにせ目的地が聖都なのだから、言わば彼女は敵国の生き残り、それ相応の覚悟は必要になるだろう。


 だが、自分の父親に会いにいくのにそんな覚悟を背負わせるのは酷である。


 これから向けられるであろう敵意の視線を俺が受け止めることが出来れば良いのだが、正直難しいことくらい分かっている。


 それでも、今だけでも彼女を安心させてあげたいという考えは利己的すぎるだろうか。


 日が傾き、荷台の影が長く伸びている。願わくば明日の朝を笑顔で迎えられるよう、今夜だけでも静かに過ごせれば良いのだが。

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