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異世愛者  作者: 猫護
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同調

 彼の言葉はまるで死角から飛んできた拳のように、彼女に驚愕と動揺をもたらした。


「彼女、いやカリステリア・リディアは聖都の英雄が父かもしれないと言ってたんだ」


「ちょっ、ちょっと待って。カリステリアってあのカリステリアのこと? て言うかリディアて」


「おや、もしや彼女から名を聞いてなかったのかい」


「聞いてないわよ。て言うかなんでワタシが知らなくてあんたが知ってんのよ!」


「それは話の成り行きと言うか、いや、もしかしたら君より僕の方が信用できると思ったのかもね」


 彼女の動揺を面白がって、わざと意地の悪いことを言ってみせる。


「な、な、誰があんたみたいな胡散臭い奴を〜!!」


 頭に登った血が突き破ってしまいそうな程声を荒らげ立ち上がると、行き場のなくなった混乱を鼻から一気に吹き出し急に冷静さを取り戻した。


「そんなことは今はどうでもいいのよ。つまり、あの二人は彼女の父親に会うために聖都に向かったってことね」


「そう言うことだね。僕としてはあのカリステリアが彼女の父親だとは到底思えないんだけど、ほら」


 そう言って彼は自分の髪をつまんで、リディアの髪の色では血筋的に辻褄が合わないことを示唆する。


「確かにそう。だけど、母の血が色濃く出た可能性だって」


「さあどうだろうね。僕の知る限りアキアの民が他人種と交わった例は無いからね。それにあれが英雄と呼ばれる由縁を知らないわけじゃ無いだろ」


「ええ。なら、推論でしかない血縁関係のためにたった二人で聖都へ向かわせたって訳ね」


 彼女は大きくため息をつく。


「それって、大人としてどうなのよ」


「とても合理的で理性的な判断だと思うよ。僕は観龍者なんだ分かるだろ?」


「ええそうでした。崇高で立派な観龍者様でございましたね」


 彼女の言葉の端々からまた憤りがふつふつと湧き上がりつつあるのが見て取れる。


「ご理解の程どうも。しかし、分からないななんでそこまであの二人に肩入れするんだい。親でもなければ血の繋がりもない。昨日今日会ったと言っても過言じゃない様な仲だろう」


「それは! だって……」


 その次の言葉を探すように彼女は視線を揺らす。その様子に何かを察したのか彼は納得したように眉を上げた。


「ふむ、あの二人と言うより『彼女』にと言ったほうが適切な様だね」


 その言葉に彼女の肩が少しだけ跳ね、指すような視線で彼を睨みつけた。


「だから嫌いなのよ」


「何がだい」


「そうやって何もかもお見通しですよって感じで、知ったふうに話すところよ」


「それは失礼。だけど、君を知らないわけじゃないから、どうしてもね」


 彼女はますます不貞腐れて、机に肘をついて手に顎を乗せ顔を歪める。


「まあ、君がどこまで二人に入れ込んでいるのは知らないが、中途半端な同情ならいっそ手を引くべきだ」


「偉そうに分かった口きかないでよ」


 彼は机の上で手を組むと、目をつむり深く息を吐いた。


「出すぎた発言だったよ。ただ、意地悪がしたくてこんなことを言ってる訳じゃないこと分かってくれ」


「まあいいわ。ところで、さっきからまるで他人事のように話してるけど、あんたも一緒に行くんだからね」


「行くって、どこへ」


「とぼけないでよ。聖都に決まってるじゃない」


「え、えー。それはちょっと、というかだいぶ困るなぁ」


 彼は作り笑いをしながら、口元を引きつらせ背もたれに体を預けるようにして話題から逃げるようにのけ反った。


「面倒事はごめんだし、第一僕は観龍者だよ。聖都にちょっかいかけるようなことをすれば上が何て言うか」


「あら、いつもは知識の探求がどうのこうのと偉そうに言ってるくせに」


「それとこれとは話が別だよ。それに、僕に利点が無いじゃないか。流石に君との間柄とは言え赤の他人の手助けなんかしたくないね」


「だーー! もう頼りにならないわね! なんのための観龍者よ」


「人類の繁栄と種の探求のため」


 おどけてそう言ってのける彼に彼女の苛立ちが急上昇する。


「あーもういい。分かった、もし来てくれたらあんたらの館に行ってあげる」


 すると、それまで我関せずを貫いてきた彼が、急に目の色を変えて机に身を乗り出した。


「ほんとうかい?」


「ええ勿論」


 彼女は腕を組んで荒く鼻息を出す。


「後で嘘って言わない?」


「しつこいわね。あと十数えるうちに決めなきゃ止めるわよ」


「わ、分かった分かった行くよ。ただし、僕は聖都の連中に手を出す気は無いからね」


「……いいわ」


「ははは! ならこうしちゃいられない。すぐに発とう。足はこっちで用意するから、君も荷物をまとめて」


 それから彼は慌ただしく家の中を駆け回り、独り言をいいながら乱雑に鞄へ荷物を詰め始めた。


 彼女はと言うと、持参した荷物などたかが知れているので勝手に茶を入れて一息付きながら天井を遠く見つめていた。


「ねぇ! 余ってる杖ない?」


「杖? 杖ならいくつかあったけど」


「一つ貸してくれない」


「二階にあるよ」


 言われた通り二階へ行き部屋を見て回る。


「相変わらずきったないわね」


 乱雑に積み上がった本に埃を被った壷を避けながら歩く。ふと、部屋の隅に長方形の木箱を見つけ蓋を開けると、人の腕ほどの長さの何かが布に巻かれていた。


「これか」


 布を取ると埃が舞い上がり、吸い込まないように口に腕を当てるも咳き込んでしまい、少し嫌気が差してきたようだった。


 布に巻かれていたのは予想通り杖であったが、彼女の予想していた物とは少々違ったらしく一瞬目が丸くなった。


「これ生杖きじょうじゃない」


 彼女はそれを部屋から持ち出すと、軽く駆け足で階段を降り彼の前に突き出した。


「ちょっと、これ、これこれどうしたの」


「ああ、それね。すごいだろ観龍者の特権てやつさ」


「これ貰うから」


 軽くそう言い流してみせるが、この杖の価値が分からないわけではないので、横目でちらりと彼の反応を伺う。


「いいよ」


「え、いいの」


「どうせ使い道がなくて仕舞っていた物だしね」


「ふーん」


 彼女は貰った杖を使い心地を確かめるように軽く振り回す。そうして何を思ったのか家を飛び出すと、傍らで座るようにして動きを止めていた鎧の兜を取ると、中から金属の箱を取り出した。


「さてさて、上手くいくかなぁ」


 箱の中から石を一つ摘み上げると、杖の先に三つ空いた穴の一つに差し込んだ。


 杖の先はまるで蔦が渦を巻いたような形状をしており、石をはめ込んだ穴だけが包み込むように縮まった。


「おー流石ね」


「そうだろ。なにせ手に入れるのに苦労したからね」


 気がつくと彼が扉の前で彼女を見つめていた。


「それより、他の荷物はいいのかい」


「あーそれね。いいのよ。だってほらこれだけだし」


 そう言ってボロボロになった鎧を杖の先で示す。


「燃やされたのよ。私の家」


「なんと」


 彼は軽く驚きはしたものの、顎に拳を付けると深く二回頷いた。


「アキアの民に、聖騎士への手出し。当たり前といえば当たり前か」


「そういうこと」


「はぁ、やっぱり行くのやめようかな」


「ええ?! 今更それは無いでしょ」


「分かってるって、ただ、やはりここを燃やされるのはごめんだなぁ」


 この先起こりうる最悪の事態を憂いながら家の柱を撫で、下を向きながら大きくため息をついた。


「しょうがない。形あるものはいずれ消えゆく運命なのだから。僕は村で荷車を借りてくるから待っててくれるかな」


「良いけど、そんな大きなもの通せる道あるの」


「無いよ。だから僕の荷物を運んでもらおうかと」


「ええーそれくらい自分で運びなさいよ」


「まあいいじゃないか。それが駄賃の前払いと言うことで」


 そう言って彼は生杖を指さした。

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