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異世愛者  作者: 猫護
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心配性

「二人とも会いたかったよー!」


 マルカさんは荷車を飛び降りると、駆け寄り彼女を抱き締めた。


「大丈夫怪我は?」


「無いって! それより苦しいから」


「だってだって」


「いいから一旦離れろって」


 彼女はマルカさんを押し退けると、締まった首を緩めるように手で触った。


「お久しぶりですマルカさん」


「君も元気そうで何よりだよ」


「あぁ、感動の再開によって師弟愛が深まっていく。涙なしには語れない光景だね」


 そう言って、荷車からもう一人顔を出したのは、ヘインメルさんであった。


「ちょっとそこ、水刺さないでくれます?」


「ヘインメルさんがどうしてここに?」


「それは話せば長くなるね。そう、海よりも深い事情があるのさ」


 彼はさもそれらしく深く目をつむると、2度ほど頷いて辛い試練を乗り越えてきたように感慨にふけった。


「マルカだって、家はどうしたんだよ」


「ああ、それは〜……」


 マルカさんは急に表情を曇らせると、頭を掻いて視線を明後日の方向に向けた。


「何と言うか、どこから話せばいいやら」


「彼女にもまた、海よりも深い事情があると言うことだよ」


「うるさい! あんたは黙ってて」


 *


 これは三水 銀達がカルコット・マルカの工房を離れてからほんの数日後の話である。


 彼女はここ数日家に空いた穴に木の板を打ちつけてとりあえずの処置を施していた。


 その日もいつもどおり家の修復を行い、なんの気無しに町へと買い出しに出掛けた。


 そして、それは起こった。


 二人は大丈夫だろうか、私もさっさと準備を整えて後を追いかけないと。そんなことを考えながら帰路につくと、丘の方角から煙が上がっているのが見えた。


 一瞬嫌な予感がよぎり、徐々に足が早くなる。


「嘘でしょ、嘘でしょ嘘でしょ、ウソウソウソ!」


 買ったばかりの食材を投げ捨て、丘を駆け上がる。そして、彼女は家であった物がバキバキと音を立てながら燃え盛っている光景を目にした。


「ウソォォォォォォォォ!!!!」


 火柱を前にして、その場で膝から崩れ落ちると心の底からの叫び声を上げた。


 それから数分の間放心状態でただ家が燃え尽きるのを眺めていたが、フッと目に生気が戻りもう一度叫んだ。


「お願い! 空の戦士からのせんしよ!」


 彼女の声と共に、炎の中へ魔力が流れ込む。

 数秒、炎が奇妙に揺れると今度は家の燃える音に混じって中で空の鎧が動く音が聞こえた。


「何でもいい、何でもいいから」


 そう言って祈るような目で炎を見つめる。すると、炎を突き破るようにして鎧が姿を現し今にも崩れ落ちそうになりながらゆっくりと彼女へと近づいていく。


 そして、彼女の前まで来ると力尽きた用にバランスを崩して倒れ込んだ。


 彼女は急いで鎧に手を伸ばすも、焼けた金属の熱さを忘れていたのか、触れた瞬間に鎧の上で手が跳ねた。


「っつ」


 苦悶の表情を浮かべ赤くなった手に息を吹きかける。


 彼女にはこれが誰の仕業であるのか大方見当が付いていた。


 どうせこの前の騎士共が仕返しに火を放ったのだろう。全く嫌らしく根性のない奴らだと彼女は心底軽蔑した。


 だが、恨み節を唱えたところで時既に遅く、家が燃え尽きていくのを眺めているしかなかった。


 火が鎮まったのは一夜明けた早朝であった。彼女はまだくすぶっている瓦礫の中へ入っていき、まだ使えそうな物を必死に探した。


 熱さに悶ながら瓦礫を漁り続け、諦めがついたのは夕方頃であった。


「はぁ〜こんなもんかぁ。あ、そうだ」


 彼女は思い出したように鎧に近くと、熱の冷めたのを確認してゆっくりと兜を取り外した。


「頼むよ〜」


 そっと首の穴へ手を差し込み、恐る恐る奥へと入れていく。コツンと手に何かが当たりそれを引っ張り出す。


 出てきたのは金属で出来た箱で、塗装やら装飾は焼けて溶けてしまっている。


「さて、中身は」


 蓋を開くと綺麗に丸く加工された石が三つ並んでいた。


「これかー、まあ無いよりマシか」


 期待したものではなく落胆の表情は隠せないが、使えるものが出てきただけでも良かったと考えようとした。


 しかし、視線を移せば目の前には大事な工房であったものが瓦礫の山へと変わり果てた光景が広がっており、結局は切なさと怒りに思考を支配された。


「クソォォォォ! 大体やることがセコいし、これが騎士道とか言ってる奴らのやることか?! 絶対、絶対、私に手を出したこと後悔させてやるからなぁぁ!」


 叫びは虚しく木霊して消えた。


「はぁ」


 と、我に返ってため息を付く。


「仕方ない、使えるものだけ詰めて行きますか。起きなさい、空の戦士」


 鎧に手を添えてそう唱えると、鎧はぎこちなく立ち上がった。


「まだ持つかな」


 熱のせいか崩れた木材にでも押しつぶされたのか、鎧のあちこちに凹みが見受けられ激しい戦闘を繰り広げたあの勇姿からはかけ離れた姿へと変貌していた。


 彼女は空いた首の穴に入るだけの荷物を詰め込むと、兜を被せ工房を後にした。


 まだどこで騎士が目を光らせているのか分からない以上、出来るだけ人目に付きたくなかったため、町を迂回する形で大通りへと出た。


「たく、遅いわね。もうちょっとキビキビ歩けないのかしら」


 力なく足を進める鎧に対し、八つ当たりに近い悪態をつく。だが、これも必要最小限の魔力で動かしているために起こっていることであり、言うなれば自分で自分に八つ当たりしているようなものであった。


「この調子じゃ、ヘインメルのとこに辿り着くのはいつになるやら」


 彼女の懸念の通り目的地に辿り着くまでに多分の時間を要し、ヘインメル宅の扉を叩いた時には既に二人は聖都に向けて出発した後であった。


 彼女は二人がきっとここで私との再会を待ちわびているのだろうと、期待に胸を膨らませ戸を叩いた。


 中から出てきたのは彼女のよく知る男の顔であった。


「やあやあよく来たね。もしかしてついに心を決めてくれたのかな」


 ヘインメルは彼女の顔を見るなり笑顔を向ける。


「バカ言わないで、それより二人は?」


「二人? ああ、あの二人のことか。それなら数日前にもうここを出たよ」


「な、な、何ですって!?」


 予想外の言葉にカウンターを喰らったようにその場にへたり込む。


「少し遅かったね。まあ長旅で疲れたろ中でゆっくりするといいさ」


「あ、あんたねぇ、手紙は? 手紙を持たせてたはずでしょ。それなのにどうして二人を追い出したの!」


 彼女は彼の行動や、その態度が信じられないと呆れ混じりに怒りを露わにする。そうして同時にこんな男を頼った自分が愚かであったと、後悔の念がふつふつと湧き上がってくるのであった。


「追い出したなんてそんな、誤解だよ。あの手紙なら読んだし、第一これはあくまであの二人が決めたことであって、そうだな少し長くなるから中に入りなさい」


「そんな悠長なこと」


「いいから、少し落ち着いて」


 彼はそのにやけ面を引っ込めて、真面目な顔をして言うものだから彼女も一呼吸おいて中へ入った。


「今お茶を入れるから」


「そんなの後でいいから。先に話を聞かせて」


「……君がそう言うなら」


 彼は立ち上がりかけた席に座り直すと、ピリついている彼女を刺激しないように静かな言葉で話し始めた。


「そうだな、まず二人の行き先についてだが、怒らないで聞いてほしいんだけど、聖都なんだよ」


「はあ!? 聖都!? あなたあの手紙を読んでおいて、二人を聖都に向かわせたの」


 唾の飛ぶのも気にせず、爆発した驚愕と怒りを勢いに任せてぶつける。彼は結局はこうなるのかと目をつぶって怒りを受け流す。


「だから落ちついて。その様子だと彼女の父が聖都にいることも知らないようだね」


「……は?」

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