秘密
「おい、あれ」
そう言って、彼女が指差す方向には見知った姿があった。村の入口で彼女に殴られた男である。男もこちらの姿に気が付いたらしく、周りを二、三確認するとまるで何かから姿を隠すように姿勢を低くしてこちらに歩いてきた。
「あんたら、まだこんなとこに居たのか。悪いことは言わないからさっさとここを離れたほうが良い」
「大体の話は聞きましたよ。あなたたちこそ、何故村を捨てて逃げないんです?」
男は抜けたように鼻で笑うと、目尻に皺を寄せる。
「今更、どこに行くってんだ。俺の姿を見ろ。こんな痩せ細った爺を迎え入れてくれる場所があると思うか。周りもそうだ。話を聞いてるなら分かるだろうが、若い連中はとうに逃げ出したか、それじゃなきゃ無謀な奴らは皆殺られちまってんだ。残された俺たちに、他に生きられる場所なんてないんだよ」
乾いた男の声は酷く弱々しく、同時に悲哀だとか同情に似た感情が湧き上がってくる。
「なら、益々ここを離れる訳にはいかないですよ。俺達これから森へ行ってこの元凶を暴いてきてやりますから」
「……お前さんらその話を誰から聞いた」
「誰ってあの家の女からだよ」
彼女は首を回し顎で家を示す。すると、それまで弱々しかった男の目がギラリと力を取り戻し、皺だらけの両の手で俺の肩を強く掴んだ。
「や、やめてくれ! 悪いことは言わん、奴の話にだけは耳を貸すな! あれは女の皮を被った化け物なんだ」
ああそうか、やはりアレイストさんが話していた通り、この村の住人はあの女性にあらぬ疑いを掛けているらしい。
いくらこの男が強く訴えかけてこようと、真実を知っている以上俺の取るべき行動は決まっている。
「ご忠告痛み入ります。ですが、アレイストさんもこの村で心を痛めている住人の一人だと私は思いますし、こんな状況で疑いの目を身内に向けるのは止めたほうがいいのでは」
すると、男は掴んでいた手を離し、背中を丸めその目からは力強さが消え失せていった。
「止めたからな」
まるで恨みでも込めるように重苦しく言葉を吐き出すと、村の景色へと溶け込んでいった。
「陰気臭え爺さんだな」
「そんな言い方はするもんじゃない。たとえ間違っていたとしてもあの人は俺達を思って引き止めてくれたんだから、こんな状況じゃなければきっといい村なんだろ」
知らない村で騒ぎすぎたのか、周囲から訝しげな視線を感じる。下手に目立つ趣味もないので足早にアレイストさんに聞いた森へと向かう。
遠くに見える山脈を背に村の外れまでやって来ると、なるほど確かに鬱蒼とした森が姿を現した。
昼も過ぎた頃とは言え、まだ空は明るく、それなのに森の奥は目を通すことの出来ないほどに光を拒んでいる。何かを隠したり、あるいは隠れたりするにはうってつけの場所であるのは明白であった。
「こりゃ早々にこれに頼ることになりそうだな」
手から下げたランタンに目を落とし、中身を確認するためにカタカタと少し揺らしてみる。
「ちゃっちゃと片付けて報酬もらって聖都に向かおうぜ」
「そうだな」
普段村人が使っているらしい獣道に足を踏み入れ、少し傾斜のかかった坂を登っていく。
アレイストさんが言うには、道をある程度進んで行くと平坦な道に変わるので、そこから更に先に行くと山菜の群生地があるとのことだった。その薄い情報を頼りにひたすら森を進んでいくが、一向にそれらしい場所を見つけることができない。
それもそのはずで、良く考えてみるとこの世界の山菜について何一つ知っていることなどなく、見たことのないものを探すなど根本から間違えているのだ。
しかし、その事実に気がついたときにはすでに森の奥深くまで進んでおり、引き返すのも億劫であった。
「で、どうすんだよ。こんなとこまで来てよ」
「俺はあれだけど、君は山菜がどんなものなのか知らないの?」
「知るわけねぇだろ〜! お前私に聞けばなんでも解決すると思ってんだろ」
「いやそんなこと思ってないけど、一応」
「なんかそれ、一番嫌なんだけど」
「嘘、冗談だよ。ルディアは頼りになるなぁ」
「うわっ! やめろよ、急に名前で呼ぶから鳥肌が」
彼女はわざとらしく両腕をさすって見せる。
「しっかしどうすんだよ。こんなとこにホントに家なんかあるように思えないけどなぁ。やっぱ闇雲に探すより出直してきたほうがいいんじゃねえか」
「アレイストさんの話が本当ならお兄さんが消えて3日。もし、例の男に捕まっているようなことがあったとしたら、悠長なことをしていると間に合わなくなるかもしれない」
「ならどうすんだよ」
「そうだなぁ」
確かに、彼女の言うとおりこのまま宛もなく探し続けたところで、この深い森の中で目的地を見つけることなど出来ないように思える。しかし、あまり時間を掛けていられないのも事実。一度退くべきか否か、どうしたものか。
「おい」
「ちょっと待って、今考えてるから」
「そうじゃなくて、あれ。あれ見ろよ」
「後にしてくれないか」
「いいから見ろって!」
下を向いて考えにふけっていると、彼女に顔を掴まれ強引に視界が回転する。
「ちょ、痛いって」
「いいから! あれ、見えるだろ」
言われて、木々の間を縫うように視線を動かすと、薄っすらと光る点が見えた。
「あの光は、もしかして例の」
「多分そうだろうよ」
身を隠すために利用した闇に、まんまと居場所を晒されてしまうとは皮肉なものである。
明かりがついていると言うことは、当然人がいるわけで、話の中の犯人が現実味を帯びると共に怖気づく自分に気がついた。
「で、どうすんだ。行くか?」
「あ、当たり前だろ。何を今更」
見透かされたような言葉につい強情になってしまう。気持ちを押し殺して光を目指して歩き続け、ついに忌まわしき悪の住処へと辿り着いてしまった。
「さて、どうするか」
木の陰に隠れ中の様子を伺う。明かりが窓から漏れているものの、中で何かが動いている気配はなく影の一つも動く様子はない。
と、何を思ったのか彼女は影から飛び出すと、真っ直ぐ玄関へと向かい始めるので、咄嗟にあとに続いて彼女の肩を引っ張る。
「何してるんだ見つかったらどうするんだ?!」
「コソコソしてたってどうにかなる訳じゃ無いだろ」
彼女は手を振りほどくき、玄関の前に立つとあろうことか乱暴にドアをノックし始めた。
「おらぁ! クソッタレ野郎が! 居るのは分かってんだ出てこい!」
全身の血の気が引いていき、いつ犯人が飛び出してくるのか肝を冷やしながら、慌てて彼女を止めに入る。
「何! 考えてんだ?! お前、今、この状況が分かってるのか?!」
「うるせぇ! こんなことに一々時間掛けれてられるかよ。おら出てこい!」
今にも鬼の形相をした男が出てくるに違いない。そう思ってドアのノブにじっと視線を落とす。しかし、不思議なことにこれだけ騒ぎ立てているにも関わらず、中からは何の音沙汰も無いのである。
「たく腰抜け野郎が、いつまで引きこもってるつもりだ!」
「ちょっと待って」
「何だよ今更止めたってもう遅」
「いいから」
鼻息を荒げる彼女を押しのけ、ノブに手をかける。すると、扉はあっさりと俺達を迎え入れてくれた。
恐る恐る玄関をくぐる。煌々と明かりに照らされた部屋は不気味に静まり返っている。
「誰かいねぇのかぁ!」
彼女の声は虚しく響き渡る。
玄関から真っ直ぐ伸びた廊下は丁度家の真ん中を通るような形になっており、一階を二つの部屋に分けている。
まず左の部屋に入る。中はよく整理されており、食事に使うのだろうか木のテーブルと食器棚が目につく。
今度は右側の部屋に入る。中はこれまた簡素な作りで、ベッドが一つに窓に向かう机と椅子が一脚。それ以外には書物の入った棚が一つだけ。
「ここ、ホントに例の家か?」
「どうだろう。ぱっと見お兄さんらしき人は見当たらないけど」
くまなく探しそうにも、こうも殺風景だと何かを見落とす方が難しいくらいである。
と、後ろで何かが崩れる音がして驚いて振り向くと、彼女が片っ端から本を落として雪崩を起こしていた。
「何してるんだ?」
「怪しいって言ったらここくらいだろ。だから、こうして」
そう言って、下段の本まで棚から引きずり出すと、棚を蹴飛ばして上段の本を振り落とした。
「ちっ、何もねえな」
「おいおい、これで全く無関係な人の家だったらどうするんだよ。こんなに散らかして」
目標を机に切り替えると、乱暴に引き出しを漁り始めた彼女をよそに、散らばった本を拾い集め棚に戻していく。その時、ふと視線を落とすと、ベッドの足先から伸びている何かを引きずったような傷跡に気が付き、一つの可能性が頭に浮かんだ。
「なあ、ちょっと手を貸してくれないか」
「なんだよ急に」
「これなんだけど」
床についた傷を指差すと、彼女も勘付いたのかベッドのヘリを掴んだ。
「せーの!」
掛け声と共にベッドをずらす。その下は一見するとただの床の様に見えるが、丁度手を差し込めるようなくぼみがあって、そこからゆっくりと床板を剥がしていく。
「これは……」
「当たりだな」
ベッドの下に静かに隠されていたのは、闇を飲み込むような暗い階段であった。




