残される者
テーブルにのっている物を押しのけ無理矢理空間を作り、不揃いなコップを突き合わせる。
「いやすみませんね。予め来るって知っていれば、もう少し片付けたんだけど」
「こちらも、突然押しかけてしまってすみません。でも、事情が事情でして」
「事情ね。君の格好を見れば大体察しはつくけど、だいぶ苦労してここまで来たみたいだね」
「それはもう何から話せばいいか。あ、その前にこれをあなたに渡すようにと」
マルカさんから預かった手紙を渡すと、丁寧に蝋を剥がし読み始めた。
「この手紙、二人のことは書いてあるがそこの彼については何も記述がないな」
「ハースさんとはマルカさんと別れてから出会いまして」
「何が書いてあるのか知らねえが、俺はただ雇われただけだから気にしないでくれ」
「なるほど。それはそうと、手紙を読む限りマルカはえらく君達のことを気に入っているようだね」
「そうなんですか?」
「うん。ただ、そっちの彼女について一目見ればその重要性に気づくだろうと書いてあるんだが、それが何を意味しているのかさっぱり分からない」
「一目みればって、ああそっか」
きっとマルカさんは彼女の特徴的な白髪のことを指してそう記述したのだろうが、まさか道中で金髪に染め上げるとは考えもしていないだろう。それでは分からなくて当然である。
「多分そのことに関連する話なんですけど、アキアというものを知っていますか?」
「あはは、知らないはずがないだろう。アキアかぁ、これまた懐かしい響きだ」
ヘインメルさんは天井を見上げ一人物思いに更け始める。
「じゃあ、私がそのアキアとかいうとこの出身らしいって言ったら?」
すると、正面機向き直り前のめりになりながら、彼女に顔を近づけ眼鏡を通して覗き込む。しかし、すぐに姿勢を戻した。
「ないな」
「はあ?」
「アキアの民を名乗るには髪が金色過ぎる。瞳が赤いのはそれっぽいが、嘘をつくなら髪の色も変えないと」
ここでも白髪に言及され、彼女と顔を見合わせ綺麗に騙せていることになんだか可笑しくなりクスクスと笑い合う。
「アキアってのが何かは知らないが、お嬢ちゃんの髪は元々白色だったぜ」
「冗談もしつこいと笑うに笑えなくなるよ。それに、随分前に最後の一人が処刑されたところじゃないか」
予想外の言葉が飛び出し笑顔が引っ込む。彼女は彼女で、その話をどう受け止めて良いのか分からないのか、固まった表情で彼を見つめている。
「え、どうしたんだい? あ、ああ冗談のことなら気にしないでくれていいよ。別に怒ってる訳じゃ」
「あ、あの、処刑されたって言うのはどういう」
あまり好んで掘り下げる気はしないが、無視できない程あまりにも存在感を放っている。それに、まだ彼女が同じだと決まったわけでもない。
「どうもこうもそのままの意味だよ。あれは酷かったと言うか勿体なかったというか。聖都の奴ら、普段はお高く止まって清廉潔白に振る舞っているくせに、やることなすこと全てが野蛮で、全く嫌になるよ」
当然処刑について知っていると思っているのか、微妙に話が噛み合っていない。だが、少なくとも処刑を決行したのが聖都であることは分かった。
「その処刑された奴ってのは一体何をやらかしたんだ?」
「やらかしたも何も、奴らにとって存在そのものが罪なんだよ。と言うか君達、アキアについては知ってるよね?」
「いや、全然。さっきも言ったがアキアが何かなんて知らねえよ」
「そっちの二人は?」
「名前だけなら……て感じです」
「ああー、だから。そうか、今はそういう人が居てもおかしくないのか」
また一人で思考を進めているものの、とりあえず話の食い違いに関しては気づいてくれた。
「まあ今ここで事細かに話すことでもないし、それより本題に」
「白いんだよ」
それまで固まっていた彼女が、うつむき気味に口を開いた。
「白いって」
「髪の色が白いんだよ」
「いやでも金髪だし」
彼女は突然コップを掴むと、躊躇なく自分の頭の上で中身をひっくり返した。
「あ! 何を」
髪はビシャビシャに濡れ、薬剤が洗い流されたのか次第に色を取り戻していき、ところどころ白い髪が姿を現す。
「これは」
「なあ、アキアって何なんだよ。私は、何なんだよ……」
その問に誰一人答えられる者は無く、水滴が床に落ちる音だけが響き渡る。すると、ヘインメルさんはおもむろに席を離れ、タオルを片手に戻ってきた。
「とりあえず、これで頭を拭きなさい」
彼女はそれを無言で受け取ると、顔を隠すように頭を覆った。
「そうかアキアの。マルカが私のところに寄越したのも理解できる」
「その、彼女は本当に」
「まず間違いない。白い髪に赤い瞳。これを有するのは世界広しと言えどアキアの民だけだ」
「じゃあ、彼女は唯一の」
「違う!」
彼女の叫びに近い声が耳を貫く。
「私はそんなんじゃ、そんなの、嘘だ」
打ちひしがれた様に、言葉が徐々に力を失っていく。
「残念ながら嘘じゃない。辛いのは分かるけど、自分を知ることも大事な」
「うるさい! 勝手に決めつけるなよ。アキアだって、最後の一人だって、だってそれじゃ……」
流石にこんな状態の彼女に、追い打ちをかけるような真似はできないらしく、ヘインメルさんは口を噤んで、鼻からゆっくり息を吐いた。
「今日は泊まっていくといい。綺麗な家とは言えないが、マルカの友人を無下には出来ない」
「ありがとうございます」
「泊めてくれるのはありがたいが、この家に追加で三人も眠れる場所があるのか?」
「あーそれは、夜までになんとかするから心配しないでくれ」
心配するなと言われても、この景色を生み出した人がまともに片付けられるとは到底思えない。
中にいるとそれだけで息が詰まりそうになる。気晴らしに外に出ようと思い、消沈している彼女に声を掛けたが、首を横に振るだけなので、一人で家を出た。
アキアの民、唯一の生き残り、聖都との因縁。どれもこれもあの小さな体で抱えられるような話ではない。
こんなとき、普通の子供は親が悲しみを一緒に背負ってくれる。当然彼女にもそんな存在が必要だろう。
しかし、俺は所詮他人でしかなく、いずれこの世界を去るような存在では、悲しみを分かち合うことなど出来るはずが無い。
それでも、ひとときだけでも、共にいる者として彼女の苦しみをせめて理解できる存在でありたい。
そんなことを考えていても、未だに掛ける言葉が見つからない。そんな俺を、まるで嘲笑うように風が木々を揺らしながら森を抜けていった。




