変幻自在
食事を終え、寄る場所があるからと彼の言うままに街を歩く。
「随分とこの街に詳しいんですね。知り合いも居ますし、よく来るんですか」
「まあな。稼ぎになりそうな話があればそりゃあもうあっちへこっちへ、そうしてる内に訪れる場所には詳しくなってたよ」
「だから、剣の腕も良いんですか」
「そりゃ生きるために必要だったからな。ほら、着いたぞ」
案内されたのは街の中心から少し外れた、比較的人気の無い路地にある店だった。店内は暗く、俺達の他に客は居ない。
店の奥には初老の男性が座っていて、店に入るなり鋭い眼光を向けてきた。
「相変わらず陰気臭い場所だなぁおい。ちょっとは洒落っ気の一つでも出してみたらどうだ」
「随分来なかったくせに大きなお世話だよ。それに、この方が何かと客には喜ばれるもんでね。あんたもその一人だろ」
「まあな」
「あの、ここは一体。見た感じ商品らしき物が見当たらないんですけど」
「なんだ、そこのちっこいのと冴えないのはお前の連れか」
「そ、何を隠そう今日のお客はこの二人だ。精々愛想よくするんだな」
「へ、愛想で稼げるかよ」
この店主と言い、店の雰囲気と言い、本当に同じ街の中なのか疑いたくなる程怪しい空気を醸し出している。ただ、これからやることを考えればこういった場所に用事があるのも不思議ではない。詰まるところそういう店なのだろう。
「で、目的は」
「ターバルを出来るだけ穏便に通りたい。ひっそりと、二人が二人であると気づかれずに」
「ああ、そういうことなら」
店主は席を立ち裏に並ぶ棚に手をかけ、中身を物色し始める。そして、ちらりとこちらを見た。
「その髪も厄介だな」
「やっぱり難しいかね」
「バカ言え、何年この仕事してると思ってる」
棚の奥から瓶を二つ取り出すと、一つずつ机に並べた。店に差し込む僅かな明かりに瓶をかざす。左右に傾けると中に重みを持った液体がゆっくり揺れているのが分かる。
「そいつを頭に掛けて小一時間まちゃ、たちまちに髪の色が変わる。どうだ、悪くないだろ」
「確かに悪くない。いくらだ」
「一つ五」
「五だぁ? おいおい、たかが髪の色を変えるだけだろ。三でどうだ」
「いいや五だ。嫌なら他を当たればいいさ」
店主は瓶を取り上げると、いそいそと棚に戻し始める。
「わかりました払います」
「よし。そんならここに石を置きな」
机の端に置いてある天秤を指差され、吊り合うように石を重ねていく。だが、これがなかなか上手くいかないもので、どうしても重りより少し軽くなってしまう。
「あの、大体同じですしこれでいいですかね」
「駄目だ。きっちり一つ五払えないならこの話は無しだ」
仕方なく重りより少しだけ多く載せると、店主は満足したように石を掴んで箱にしまった。
「さ、商談成立だ持っていきな」
彼女は瓶の先を摘み、訝しげに左右に揺すっている。
「ほんとにこんなので変わるんだろうな」
確かに、こんな店のことだから平気で騙してきそうなものである。
「それについては大丈夫だ。口は悪いが、こういう世界じゃ信頼が何よりも大事だからな。ま、手っ取り早く使っちまうのが一番分かりやすいだろ」
コルクを外して瓶を傾ける。中から粘性のある濁った液体が流れ出て、手の平で受け止める。
「うええ、ほんとにこれ頭に付けるのかよ。なんかくせえし」
「それで身の安全が守れるなら安いもんだろ。ほらさっさと付けた」
両手を使って液体を揉み込む。この感じ、どこかで使ったことがあるような。ああ、そうか、整髪料のそれだ。
毛根近くまで念入りに液体を刷り込み、頭が少し重くなる。彼女はと言うと長く伸びた髪に手こずっているのか、後ろに手を伸ばしては同じようなところを塗っている。
「ほらじっとして」
しゃがみ込んで同じ目線になって髪に触れる。スルスルと指の間を髪が抜けていき、その感覚が少しだけくすぐったい。と、彼女が浮かない顔をして瞳を覗き込んでくる。
「なあ、これすぐに元に戻るよな」
「心配しなくても、また綺麗に真っ白になるさ」
「そうそう。それに、このまま色が変わってる方が何かと便利だろ」
「おっさんには聞いてねえよ」
励ましの言葉を強く跳ね返され、ハースさんはわざとらしく、拗ねた様に明後日の方向に視線を移した。
「よし、とりあえずこれでいいかな」
「頭がなんかムズムズする」
「ほら、用事が済んだんならさっさと出ていきな」
「まてまて、おやじさんよそりゃ無いだろ。ちょっとオマケしてやったんだから色付けてくれてもいいだろ?」
「はぁ〜たく業突く張りが。ちょっと待ってろ」
そうしてもう一つ出してきたのは手の平程の丸い玉だった。
「なんだこれ、玩具か?」
「そりゃ使いようさ。こいつは吸った魔力で威力が変わる煙玉だ」
「はー、とりあえずくれるんなら貰っていくか」
「それにしたって、要塞破りなんかまた危ない橋をよく渡るな」
「雇い主の命令なんでね。貰えるもんさえちゃんと出してくれるなら何だってやるさ。あんたもそうだろ」
「ああ。精々楽に死ねることを祈ってるよ」
「は! 少なくともあんたより先に死ぬつもりは無いね。あばよ」
店を出ると、いつもの明るさが暗がりに慣れた目に突き刺さるように注がれる。
「さて、やれることもやったし、後は出来るだけ良い子を演じてくれれば、それで無事にターバルを抜けられる。頼むぜお嬢ちゃん」
「なんで私だけなんだよ」
「そりゃまあ。ああ! もう色が変わり始めてるじゃねえか」
絡まれるとは思っていなかったのか、わざとらしく大声で話を断ち切った。
彼女は自分の毛先を持ち上げて色を確認し始める。あの真っ白だった髪がうっすらと金色色に反射している。
「ほんとに変わった」
「俺は? 俺は変わってる?」
二人に向かって頭頂部を見せる。
「変わってる変わってる。これならもう心配することないだろ」
「ターバルまでは歩いて行くんですか」
「いや、引車に乗ってく」
「ひきしゃ?」
陰気臭い場所を離れ、また活気の渦に戻ってきたときには、すっかりハースさんと同じ綺麗な金の髪になっていた。
「どこかに、お、いたいた」
そう言って駆け寄って行ったのは、台車に荷を積み込んでいる男のところであった。
その男と何やら話し込んでいる様子であったが、不意に大きく手を振って俺達に呼びかけてきた。
「どうしたんですか」
「この人もターバルを通るってんで、荷番をする代わりに乗せてくれって頼んだんだよ」
「ここ最近何かと物騒だからね。助かるよ」
「あ、いえこちらこそ助かります」
荷の積み込みを手伝い、ハースさんは前に、俺達二人は荷台から足を投げ出して乗り込みターバルに向けて走り出した。
ハースさんが引車と呼んでいたのは、荷車をラジャという俺の世界だと馬に近いような、四足の生き物が引いて動かすのでそう呼んでいるそうだ。
彼女は荷台に乗ってからも、落ち着かない様子で、しきりに自分の髪を指先で弄っては不思議そうに眺めている。
「そんなに髪ばっかり見てて楽しいか?」
「別に楽しくて見てる訳じゃねえよ」
髪の毛を放すと、俺の顔から頭へ視線を行き来して、鼻で笑った。
「お前、金髪似合わねえな」
「んだと〜。そんなこと言う奴はこうだ!」
両手を一気に脇に突っ込み、力の限りくすぐってやる。
「な、なにすんだよ! やめ、やめろって!」
ケタケタと笑いながら必死に引き剥がそうとしてくるので、体重を掛けて更に追い打ちをかける。
「分かった! 悪かったって! だから!」
「駄目だね! ここか、ここが弱いのか!」
バタつかせる足がぶつかり荷台全体が振動する。
「うっせえぞお前ら! 暴れて荷物を傷つけるなよ!」
ハースさんの怒号が飛んできて、流石にまずいと思い手を放す。それと同時に俺の顎に拳が飛んできた。




