算段
「おいおいおい! なんの真似だ?」
「それはこっちの台詞だ! 今すぐ剣を捨てろ」
「まてまて! 何を勘違いしてやがる。たくそこでちょっと見てろ」
彼は興奮する彼女に背を向け、剥き身の剣を持ったまま気怠そうに近くの死体まで歩いていくと、燃えたぎる剣で貫いた。
火はすぐに全身に回り、一度俺の背丈をゆうに超えるほどの火柱になり、風に吹かれて消えていった。後には死体だったものが残され、知らなければ誰もそれが人だったとは思えないほどであった。
それから空に続けて三つの柱が光り、煙と焦げ付いた臭いだけが残った。
「これで暫く時間が稼げるだろ」
「こういうことなら最初からそう言えよ。紛らわしいな」
「勝手に勘違いしといてそれは無いだろ〜」
「それは悪かったと、思ってるよ」
「ま、いいさ。ただな」
彼は笑みを消し、瞳の奥で捕らえるように彼女に顔を近づけた。
「そのつもりなら、剣を抜かれる前に終わらせてたよ」
決して彼女の腕を信用していない訳ではない。だが、その言葉が嘘ではないと何故だか確信でき、全身がざわめく。
「嘘だよそんな怖い顔するなって! 冗談に決まってるだろ。折角雇ってもらったんだ、きっちり目的地まで届けてやるよ」
何時もの浮ついた表情に戻すと、固まっている肩を乱暴に叩き、笑い声を漏らしながら小屋に消えていった。
その後ろ姿を見届けると、彼女はまるで体から全ての空気を抜くように、長く大きく息を吐いた。
「いや、ほら、その、ああいう性格だし、ほんとにちょっとからかわれただけだよ」
精一杯の気遣いであったが、彼女には無用のものであったらしく、ムッとしたまま剣を鞘に収めると胸に押し付けてきた。
「返す」
「あ、うん」
そうして剣を手放すと、不機嫌に草を蹴飛ばしながら、軒先まで歩いていった。
その後、彼女はどうしても小屋に入らないの一点張りを続け、仕方なく俺も外で夜を明かした。
早朝、寝心地の悪さから目が覚め、軋む体を伸ばしながら起きた。ハースさんは先に起きていたようで、軒先で朝日に剣を掲げながら時折刃に指を滑らせている。
「昨日のあれ、凄かったですね」
「ん、ああ。俺は強いからよ」
「一つ聞いてもいいですか」
「なんだ? とりあえず言ってみろ」
「どうして、まだ一緒にいてくれるんですか」
「そりゃお前」
彼は剣を戻すと、その場に座り込み足元に剣を置いた。
「口約束でも契約は契約だからな。それに、俺がそこらのゴロツキに殺られると思うか?」
「思わないですけど、それでも、俺が言うのもなんですけど割に合わないじゃないですか」
「普通の奴なら辞めてるだろうな」
「ならなんで」
「そうだな、強いて言えば好奇心。それだな」
「好奇心、ですか」
「撃龍祭も無くなった今、俺には丁度良い暇潰しなのさ」
「そういうものですか」
「だから精々暇させないでくれよ」
夜とは違う社交的な笑顔を見せると、立ち上がりに剣を手に持ち腰に下げた。
「さ、お姫様も目覚めたことだし、旅の再開といこうや」
言われて初めて彼女が寝起きに目をこすっていることに気が付いた。
幸いにも次の町はそう遠くなく、昼前には店に入って一息つくことができた。道中特に何があったわけではないが、なにせ昨日の今日である。彼女も口には出さなかったが相当気を張っていたようで、席につくなり机に溶けるように突っ伏した。
「小さな町ですけど随分雰囲気が良いですね。活気もそこそこありますし」
「そりゃ近くにターバルがあるからな」
その情報は、呑気に町並みを観察していた俺を再びキツく縛り上げた。
「ま、そう警戒するな。近いと言ったってそれなりに距離は離れてる。それに、ちゃんと痕跡は消したろ?」
「ええ、そうでしたね」
「そんなんどーだっていいからよー、なんか食べようぜ」
突然彼女が顔を上げ、足をバタつかせながらむくれっ面を全開にして話を断ち切った。
「すまんすまん。おーい!」
声と手で店員を呼ぶと、前掛けを着けた女性が小走りでやって来た。
「いらっしゃい。注文は?」
「飲み物食べ物、それぞれ三つとりあえずマシなのを頼む」
「はいよ。て、ハースじゃない。龍退治はどうしたのよ」
「ま、色々あって、勇敢な狩人から今は雇われの身よ」
「あっはっは! 何でそうなったか知らないけど、可愛らしい雇い主で良かったじゃない」
「うるせ、いいから仕事に戻れ」
「はいはい。じゃ、ちょっと待っててねー」
「急げよ!」
女性は満面の笑みで手を振りながら厨房に消えていった。どうもあの笑顔はビジネススマイルのそれとは違う気がする。
「仲いいんですね」
「人に好かれる質でね。稼ぐために訪れた先々でああいう愛人を作ってるって訳よ」
「あ、愛人ですか?!」
「誰が愛人ですって」
顔を上げると、いつの間にかあの店員が木のコップを三つ持って机の横に立っていた。
「あれ〜? もう戻ってきてたの」
「急げって言ったのはどこのどいつよ。こいつの言うことなんかぜーんぶ出鱈目なんだから。いい、信じちゃだめよ」
「全部って、酷い言われようだな。あんなに愛し合った仲だろ?」
店員は持っているお盆で、ヘラヘラと笑う彼の頭を軽く叩いた。
「何馬鹿なこと言ってんの! この世界にあんたと寝てくれる女なんて居るもんですか」
「そうかい? 案外どこ行ってもみんな良くしてくれるぜ?」
「はいはいそれは良かったですね〜。あなたたちもこいつには気をつけなさい。じゃね」
「は、はぁ」
そう言いながらも、女性は終始とても楽しそうに見えた。だが、この目の前の男が炎の中で不気味に笑う姿を、知っているのだろうか。
その後、運ばれてきた料理は確かにこの前のとは比べるまでもなく、まともな物であった。穀物を蒸したようなのと、サラダに魚のワンプレートランチ。まだ、この世界を知らなかった頃の食事によく似ている。
だが、食事を楽しむ前に確認すべきことがある。
「それで、ターバルが近いって話ですけど、どうするんですか」
「どうするもなにも、通るしかないだろ。ただ出来るだけ穏便にな」
「別に、そんなコソコソしなくても、行って襲撃したことを後悔させてやればいいだろ」
一人先に食事を始めた彼女は、口を動かしフォークの先をこちらに向けて上下に動かしている。
「俺はそれでも構わないぜ。だが、これから先ずっとその罪を背負っていけるならな」
「ハースさんの言う通りだ。元気なのはいいけど、もう少し自分の体を労ってくれよ」
「しょうがねえな。今回は腰抜け二人の言うことを聞いてやるよ」
「そりゃありがたい限りだね」
それから、ひとしきり食事を楽しみ、これからの予定を立てることにした。
「確認なんですけど、どうしてもターバルを通らなきゃならないんですか?」
「俺が知る限りじゃ他に通れるような道はない。大体、他にも楽に通れる道があるんならターバルの意味が無いだろ。そもそも、あそこは外敵からの侵入を拒むために作られたいわば要塞だ。いまじゃその意味も薄れてきてるが、それでも堅牢なことに変わりはないしな」
「なら、通るとなると一筋縄じゃいかないじゃないですか。どうするんです」
「なに、そこは俺に任せな」
ハースさんは自身有りげに歯を見せて笑った。




