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異世愛者  作者: 猫護
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炎舞

 頭に硬いものが当たった気がして目が覚める。いつの間にか火も消え、眠ってしまっていたらしい。


「静かに、そっと起きろ」


 かすかに聞き取れる声の通りにゆっくり起き上がる。暗闇に目が慣れてくると、小屋の外壁に身を隠すように立っている彼女が見えた。


「ハースさん、どうしたんですか」


「しっ! 声を抑えろ。敵だ」


 その瞬間一気に緊張感が高まり暖まった体が冷えていく。剣を手に取るために地面に目をやるが、置いたはずの場所から消えていた。


「剣なら嬢ちゃんが持ってる」


 たしかに、彼女の傍らに鞘の様なシルエットが確認できる。足音を立てないようそっと壁に身を寄せ、彼女の横にピッタリと付く。


「剣を渡して」


「バカ言うな」


「そんな体で戦う方がバカだ。お前は隠れてろ」


「こんなときに揉め事は勘弁してくれ。それにどの道お前さんらにやることはねえよ」


 彼は俺達を押し除けると、壁から顔を覗かせて敵の様子を確認し始める。


「四、いや五か。小屋を囲むように扇型に広がってやがる」


「見えるんですか?」


「いや、耳だ」


 言っている意味が分からず、物は試しに聞き耳を立ててみる。風に吹かれ草木が擦れ合っている。だが、凪いでいる間にも微かに擦れるような音が聞こえる。そして、その音は徐々にこちらに近づいて来ている。


 彼の言う通り、耳を澄ませばたしかに人気を感じられる。しかし、だからと言って人数や、まして陣形まで分かる訳ではない。


「ここからは俺の仕事だ。間違っても手ぇ出すなよ」


「な、自分の身くらい自分で」


「それじゃあ俺を雇った意味が無いだろ。いいから嬢ちゃんと学者先生はそこに居ろ」


 すると、何を思ったのか無防備に影から身を乗り出すと、鼻歌交じりに敵のいるであろう草原に向かって歩き始めたではないか。


 あまりの出来事に二人して顔を見合わせ、草むらにしゃがみ込み姿を隠して、ただただ黙ってその行く末を見守る。


 わざとらしく小屋の丁度真ん中に陣取ると、何をするでも無く夜風に鼻歌をのせている。そんなことをしていれば、敵の格好の的になるわけで、どう隠れていたのか、草原の中から人影が現れた。


 人数は五人、彼の言う通り扇型に広がっている。いずれも軽装備に見えるが、体つきはガッシリしている。


「よー、こんな夜更けに大の大人がゾロゾロと、子守唄がなきゃ眠れないのかい」


 すると、敵の一人が彼の前に躍り出た。


「一度だけ聞く。連れていた女と男を出せ。そうすればお前は見逃してやる」


「嫌だ、と言ったら?」


「二度はない」


 それを合図に五人全員が剣を抜く。誰が見ても絶体絶命の状況であるが、それでも彼は力の抜けた態度を続ける。


「いやー、おっかねぇなぁおい。そうカッカすることもねぇだろうに」


 だが、奴らに対話の意志は無く、剣を構えてジリジリとにじり寄っていく。


「しょうがねえな。後悔すんなよ」


 そう言ってやっと腰に手を伸ばすが、相手は完全に間合いに入っており、剣に手をつくよりも速く斬りかかった。


 殺られた。そう思った。だが、彼は寸でのところで身を翻すとその勢いで敵の後ろに回ってみせた。


「外れだボケ」


 しかし、カウンターを決めることもなく悪態をつくと、見せつけるようにゆっくりと剣を抜いた。


 敵も敵で相当場馴れしているのか、特段驚く様子も見せず、すぐさま囲みなおす。だが、一人に対して同時に攻撃出来るのは精々三人までだろう。そう考えれば多少は勝機があるかもしれない。


 再び一人が斬りかかる。今度は逃げ道を塞ぐように両脇を他の二人が固めている。と、鉄の震える様な音が響き、次の瞬間には斬りかかったはずの男が崩れ落ちていた。


「だからやめときゃいいのに」


「貴様っ!」


 流石にこれには敵もたじろぎ、少し距離を置く。


「どうだ、ここらで身を引いちゃくれないか。俺だって好きで殺してるわけじゃねえしよ」


 それでも退く気配を見せない敵に、大きくため息をつく。と、その隙を突いて二人が一気に間合いを詰め、同時に剣を振り上げた。


 その瞬間、ハースさんの剣が炎を纏い、刃で一つ、剣戟から流れる炎の尾が一つ斬撃を阻んだ。


「さあもう後戻り出来ないぜ」


 彼は構えを直すと、一歩ニ歩と歩み寄る。しかし、間合いに入っても自ら斬りかかることはせず、じっと正面の敵を見据えている。


 緊張感が熱となり頬を伝っていく。そんな中でも、炎に照らされたその顔は笑っているように見えた。


 一向に動きを見せない彼に、敵はしびれを切らし刃を振り下ろす。それを待っていたと言わんばかりに、鋭くしなやかに剣を振り上げた。


 炎が綺麗に半円を描き、辺りを強く照らし出す。その明かりの中、何かが宙を舞った。


「あ、あああっ!」


 恐れおののく男を見ると、あったはずの腕が無くなっていた。そして間髪入れずに無慈悲な炎撃が男の体を割いた。


 目の前の光景に流石の敵も狼狽える。その隙を彼が逃すはずもなく、一人、二人とまるで火に包まれるようにして切伏せられた。


「一人ぼっちになっちまったなぁ。どうするよ」


 嬉々として炎を纏うハースさんを前に、男の手は震え遂に剣を落とした。


「か、勘弁してくれ!」


「勘弁? ああいいぞ。ただし俺の質問に答えてくれたらな」


 男は黙って大きく首を縦に振る。


「誰の手引だ」


「だ、誰って、酒場で会った男だ! そいつに報酬を払うからって」


「はー、それで捕らえてこいと。どんな顔の男だった」


「金の短髪で、よく笑う奴だった」


「たく、そんなのどこにでも居るじゃねえか。受け渡し場所は」


「ターバル、ターバルの正門で落ち合うことになってる」


「そうか。よし、もういいぞ」


 しかし、そう言いながらも男の体に剣を突き立てた。不意の出来事に事態を飲み込めないのか、確認するように胸に刺さったそれを見つめる。


「なんで」


「なんでって、人の命狙っといて生きて帰れるわけねぇだろ。ちったぁ考えろ。じゃあな」


 そうして剣を引き抜いた瞬間、切り口から日が吹き出す。


「あああ! 熱い! なんで!」


 吹き出す火を消そうと男は懸命に手で傷を押える。しかし、それも虚しく体は炎に包まれる。


 暴れ、身悶え、のたうち回る炎を背に、ハースさんがこちらに呼びかける。


「終わったぞ!」


 敵はもう居ない。だが、その呼びかけに、一瞬答えるか迷った。それでも草影から出て彼の元に向かう。


 近くまで行くと既に男はコト切れ、この短時間にボロボロの炭へと変容していた。


「すごい、ですね」


「これだけが俺の自慢よ。しっかし、こいつらどうもただの野盗じゃないらしいな」


「ええ、聞いてました」


「なら心当たりは?」


 ある。それも特大のが一つ。だが、ここでそれを打ち明けてしまったら、果てしてハースさんはこの先もついて来てくれるだろうか。


 そんな不安をぶつける様に彼女を見ると、察してくれたようである。


「別にいいんじゃねえの、言っても」


「そうだね。実は、ここに来る前に聖都の騎士といざこざがありまして、端的に言うと命を狙われてるかもしれないんです」


「はぁ?! て言うと、これも、それか?」


「恐らく」


 流石のハースさんもこれには参ったらしく、戦闘中とは打って変わって、眉間にシワを寄せて額に手を当てながら大きくため息を吐いた。


「隠してた訳じゃないんですけど」


「にしたって、まぁいい。刺客が殺られたと知ったら、奴ら次の手に出るはずだ」


 すると、納めた剣を手に取り、再び炎を灯す。彼女もそれに合わせて剣を抜くと、俺と彼の間に立ち塞がった。

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