さらばカラスス
マルカさんは、核心をついたように力強い声を彼女に向ける。しかし、当の本人は期待外れだったのか、驚く素振り一つ見せず次の言葉を待つようにマルカさんを見つめている。
「あんまり、驚いてないみたいだけど」
「いや、そりゃあ、急に、『お前はどこどこの生まれだ』なんて言われても、何がなんだかさっぱり」
「俺も、引っ張った割には内容がしょぼいと言うか」
「ええ?! だって、あのアキアだよ? 魔術の祖と呼ばれ、他の民族に比肩するもの無しと言われたあの、アキアだよ!?」
信じられないと言うように、興奮しながら大袈裟に手を振り回して重要性を強調する。その際、傷が痛んだのか苦悶の表情を浮かべ脇腹を押さえた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫大丈夫。ちょっと興奮しすぎただけだから」
近づこうとすると、片手を突き出して元の位置に戻るように促される。
「てか、知ってて当然みたいに言われても、そもそも戦争の存在だって知らなかったし、第一髪の色が似てるってだけだろ」
「いいえ髪の色だけじゃない。ここにいる間貴女を観察してたけど、魔術の呑み込みの早さからしても、常人のそれとは別のものだった。それにね、普通の子供は言葉一つで魔術を使ったりできないの」
「なんでもいいけど、血が繋がってたら、なんであの変な奴に襲われることになるんだよ」
「そりゃ、聖都の騎士達はアキアの民に苦ーい思いをさせられてるからね。言ったでしょ、彼らはアキアの民と対峙して大敗してるの。つい何年か前も生き残りを捕まえた! とか言って大変だったんだから」
「はっ、髪の色が一緒だからっていい迷惑だな」
「だーかーらー、髪の色だけじゃなくて」
認めようとしない彼女の態度に苛つきを見せる。しかし、ここまでの話を聞いてみて、一つ腑に落ちない点が出てきた。
「ならなんで俺達が最初に会った聖騎士達は彼女を襲わなかったんですか」
「そんなん分かるだろ。手錠をかけられた他人の奴隷をどうこうしようとする気がなかっただけだろ」
「じゃあなぜあんなに良くしてくれたんだ?」
「そりゃ、奴隷をみて鬱憤を晴らしたかったとか、とにかく理由があったんだよ」
「ま、今回の一件で晴れて敵として認識されてしまったわけだけどね」
マルカさんがそう言うと、3人揃ってため息をついた。
「で、で、で、落ち込んでるところ悪いんだけど、更に悪いお話があります」
「まだ何かあるんですか」
「ええ。結論から話すと今夜か明日の明朝に二人には出ていってもらいます」
唐突で支離滅裂な発表に、流石の彼女も文句を言うのを忘れ、俺も同じく何か言おうとしても口を動かすだけで精一杯であるが、それでもなんとか喉の奥から言葉を捻り出す。
「な、なんで」
「そりゃまあそうなるよね。さっきも言ったけどあなた達二人は、今回の件で完全に目をつけられた」
ああ、そうか。俺達がこのままここに居続ければ、今日のように襲撃されるのは明白だ。それに巻き込まれたく無いのは当然だろう。無理もない話だが、せめて彼女の傷が癒えるまで休ませてくれてもいいだろうに。
「だから、必ず奴らもう一度襲撃してくるはず」
やっぱり、予想通りの理由だ。
「そこで、頼れる人物に心当たりがあるから、そこに避難してほしいの。ほんとは一緒に行きたいところだけど、ここには大事な物が多すぎるから置いていく訳にはいかない。手紙を書くからそれを渡して貰えれば受け入れてくれるはずよ」
「へ?」
「ん? ああそうね。心配しなくても道中使うための資金もいくらか渡すから」
「や、そうじゃなくて。こういうときって、もっとこう、追い出すというか、厄介払いというか。あ、いや、なんでもないです」
予想外の理由に、もしや上手いこと言って体よく追い出すだけなのではと、勘ぐっていると、流石に態度に出しすぎたのか、マルカさんは俺を見て笑った。
「あははは! そんなに酷い人だと思ってたの? 心外だなぁ。ま、ほんとは傷が治るまで置いておきたいんだけど、奴らいつ現れるか分からないから、早いに越したことは無いのよね」
「私は別に、こんな傷どうってこと無いからいいけど」
「なら決まりね。一段落したらワタシも後から行くから」
「頼れる人って一体どんな方なんですか」
すると、何故かそれまで明るかった表情を曇らせ、うーんと唸りながら丸めた手で口を塞いだ。
「どんなって、変人?」
「えぇ」
「や! 別に悪いやつじゃ無いんだよ。でも、なんて言うか、まぁ会えば分かるよ」
「なんだそりゃ」
「まあまあ。さ、時間も無いしちゃっちゃと準備するよ。辛いと思うけど貴女も服を着替えて。そんなびしょ濡れで傷のついた服で出掛けられないでしょ」
彼女は服の傷を確認すると、バツの悪そうな顔で起き上がった。
「これ、悪かったよ。大事な服なのに」
優しい笑顔を向け彼女に近づくと、そっと体を抱き寄せた。
「いい、いい。それより貴女が無事で良かったわ」
それから、新しい服を用意し、傷に晒を巻き、万全とは言わないまでも旅の準備を整えていった。
「まだ暗いわね」
「ま、雨も止んで良かったじゃねえか」
さあこれから出発だと言わんばかりの雰囲気を醸し出す二人に対して、その前にどうしても確認しなければならないことがある。
「あのー、マルカさん」
「なあにミスイ君」
「俺の新しい服は?」
「んーーーー、無い!」
「えぇ」
「大丈夫大丈夫! 男の子なんて服に穴あけて一人前みたいなところあるし?」
「ならせめて疑問系じゃなくて断言してくださいよ……」
「はいはい。さて、最後に確認するけど、あなた達がこれから向かう先は?」
「ケーデッジとかいう小さい村だろ。そんなすぐに忘れるかよ」
「よろしい! 手紙と術法石は持った?」
「バッチリですよ」
「いい? まだ町には聖騎士達がいるはずだから、迂回して街道に出なさい。それと、君は良いけど貴女は負傷してるんだから無駄な争いは避けること。万が一戦うことになったら君がしっかり守りなさい」
「分かってます。でも、ほんとに剣持っていっていいんですか?」
「君、素手じゃすぐに負けるでしょ」
「まだ剣があった方がマシだな」
「聞いてよかった。これで遠慮なく持っていけますよ」
「ごめんごめん怒らないで。あ! 二人ともこっちに来なさい」
「なんだ忘れもんか?」
言われたとおり二人揃ってすぐ目の前まで行くと、突然強く抱きしめられた。
「必ずまた会いましょ」
「はい」
「お、おう」
別れを告げ、町の外を沿うように歩き始める。振り向くたびに工房から漏れる光が小さくなり、朝靄に消えていった。
彼女は隠しているつもりなのだろうが、傷は確実に彼女を蝕み、足取りは良好と言えない。
「おんぶしてやろうか」
「バカ。余計なお世話だ」
「なら、手でも繋ぐか」
「はぁ? なんでそう」
文句を遮るように手を差し出す。彼女はその手を見つめて何か言いたげであったが、堪忍したらしく手を握った。
町を避け街道に入り、カラススを背に歩き始める。




