アキア
「はぁっ!」
薄っすらと意識が戻ると同時に飛び起きた。すぐさま腹の傷を確認するも、やはり、跡形もなく綺麗に無くなっている。しかし、安堵もつかの間すぐに違和感が襲ってくる。
「ここは」
明らかにマルカさんの家ではない光景が広がっているからだ。だが、俺はここを知っている。埃っぽくしみったれていて、窓もないベッドだけが置かれた部屋。忘れはしない、ここはあの糞野郎のいる場所だ。
急激に沸騰する怒りに任せ、ベッドから飛び降りると大袈裟な足音を立てて扉に向かう。そして、扉を開けると見覚えのある薄暗い長い廊下が続いている。間違いないこの先に奴がいる。
理由は分からないがこの機を逃すわけにはいかない。元の世界に戻れるかは分からないが、そうでなくても一発お見舞いしてやらなければ気が済まない。
廊下を渡り遂に扉の前に立つ。また呑気に昼寝でもしていたらどうしてくれようか。そう考えると益々怒りがこみ上げ、ノブを掴むと壊れる位の勢いで扉を開けた。
「この自称糞女神が! 歯ぁくいしばれ……え?」
言葉を失った。なにせそこにあるはずの、本が積み重なり銀髪女がいるはずの部屋が無いからだ。そして、代わりに目に飛び込んできたのは、透き通るような青空と、連なる古風な建物に道行く人々の姿だった。
その中から一人、幼い女の子が楽しそうに駆けてくる。
「おかあさぁん!」
手を振り嬉しそうに笑顔を浮かべる女の子。その視線は明らかに俺を捉えている。だが、俺は男だし、誰かの母親になった覚えはない。もう全てに混乱しきっている頭で、一つの答えを探すように胸に手を当てる。
柔らかい。
恐る恐る視線を下に向けると、謎の隆起が二つ、視界を遮っている。その瞬間一気に血の気が引き、体が冷たくなるのを感じた。卒倒しそうになるのを必死に抑え、最後の確認のために手を腰より下に持っていく。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
叫び声と共に上半身が跳ね上がった。見ると、今の今までの光景は消え去り、いつものマルカさんの家の景色が広がっている。
「ゆ、夢?」
ズボンに手を突っ込み、いつもの温もりを確認する。
「良かった。ちゃんと付いてる」
「起きて早々元気そうね」
すぐさま手を引き抜き視線を上に向けると、マルカさんが立っていた。
「や、あはは。おはようございます」
「その様子なら、傷も問題なさそうね」
言われて改めてあの戦いを思い出した。そうだ、あの男は、彼女はあの後どうなったのだろう。
「マルカさん!」
「心配しなくてもあの子なら無事よ。傷が完全に塞がったわけじゃないから今はニ階で寝かせてる」
「そ、そうですか」
「それと」
そこまで言って俺の手を見つめる。
「ちゃんと手洗ってね」
「ははは……、洗ってきます」
台所まで行って水瓶を探す。あの戦いの後にも関わらず、まるで痛みを知らないかのように体はいつも通り動かせる。
「こんな便利な体でも、勝てなきゃ意味ないよなぁ」
ため息をつきながら手を洗い、彼女の様子を見に二階に向かおうとしたとき、家に空いた大穴とその側で膝をついている巨大な鎧に気がついた。
「誰か、入ってたりしないよな」
鎧を軽くノックする。中身は空っぽなようで高く軽い音が響いた。が、空のはずの鎧が突然立ち上がり、驚いて尻もちをついた。
「な、ななな」
「あっはは、大丈夫敵じゃないよ」
「マ、マルカさん!」
「ごめん怖がらせるつもりで動かしたんじゃないんだけど」
「動かしたって、マルカさんが?」
「そ」
マルカさんは鎧の横に立つと、細かい傷を優しくなぞる。
「空の戦士、て知ってる?」
「か、から?」
「ま、ワタシが勝手にそう呼んでるだけなんだけど、要するに空っぽてこと」
「魔術で動かしてるってことですか」
「そのとおりご明察。分厚い装甲に桁外れの破壊力。向かうところ敵無しってね」
そんなに優れた物なのかと感心したが、ここで一つの疑問が出てきた。
「そんな便利なものがあるなら、森でも使えば良かったんじゃ」
「こいつ、魔力の消費が激しいからあんまり使いたくないんだよね」
「はぁ、そうだ! あの突然襲ってきた男は何者なんですか。なんだって彼女があんな目に」
「それは……」
やはりと言うか、どうしても話したくないらしく口をつぐんで目を伏せてしまう。だが、今回は彼女の命が狙われたのだ。ただ話したくないなど理由にならない。
「何がそんなに引っかかってるかわからないですが、彼女も俺も死にかけたんです。心当たりがあるなら話してください」
「でも……」
「私も、教えて欲しいな」
声の方に振り向くと、彼女が崩れそうな足取りで階段を降りながら苦しそうな表情を浮かべていた。
「だめよ! まだ寝ていないと」
「そんなことより、あのおっさんについて話せよ。それに、裏切りの一族てのも」
その言葉にマルカさんは覚悟を決めたのか、大きく息を吸うと彼女に近づいていく。
「分かった話してあげる。でも、ここじゃ駄目。二階に行きましょう」
マルカさんが鎧を見ると、意思を持ったように動き始め穴の前に立ち塞がった。
「見張りはあれに任せるから、君もついてきて。さ、戻りましょ」
彼女の体を支えるように腕を回すと、ゆっくりと階段を上がっていく。その後を追い、ベッドのある部屋に入っていくと、彼女を横たわらせる。
「で、あいつは一体」
「待って、この話をする前にあなた達に聞いておきたいことがある」
「なんですか」
「もしかしたら、今からする話を聞いてしまったら、あなた達の関係が崩れてしまうかもしれない。特に、貴女にとっては受け入れ難い話かもしれない。それでも」
「いいです。聞きます」
「そんな前置き、いいから、早くしてくれ」
息をするのもやっとのはずなのに、彼女は気丈に振る舞って軽く笑って見せた。
「分かった。昔、戦争があったのは知ってる?」
俺達は首を横に振って答える。
「なら、まずそこから。一昔前、この国、つまり聖都と隣国が戦争を始めたの。ただ、力の差は歴然で、聖都は開戦当初から圧倒的な軍事力で次々戦いに勝利していった。ここまではいい?」
「歴史の勉強はいいからさっさと本題に入れよ」
「そう急かさない。で、最初は快進撃を続けていたんだけど、ある戦いで聖都の軍は大敗することになる。その原因こそ、自在に魔術を操り、腕の一振りで大軍を消し去る力を持った、白い髪の一族だった」
「白い、髪ですか」
「そう、アキアの民と呼ばれた存在。そして、その血が貴女にも流れている」




