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異世愛者  作者: 猫護
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流れた血は誰のもの

 流れのままに落ちていく雨粒の中、赤い飛沫だけが空に向かっていった。


 男は剣に付いた血を振り払うと、伏している彼女に目を落とす。


「なかなかに、面倒だな」


 俺は這って彼女に近づき、男が剣先を向けるのも気にせず彼女の顔を覗き込んだ。ぐったりと目を瞑り微かに息をする彼女を前に、呼びかける名前も分からずただひたすらに体を揺すり続ける。


 綺麗だった服は赤くにじみ、血が雨に洗われては体から流れ出ている。


「どけ、お前も親しい者の苦しむ姿など見たくないだろ。死なせてやるのも情だと思わないか」


 男の一言一句全てが、腹の奥を逆撫でする。それと同時に痛みに歪んだ感覚が整い始める。


「まあいい。どの道お前もここで果てる。動くなよ」


 剣の風を切る音が聞こえた。だが、もう俺には届かなかった。


「これはまたなかなか面倒なことを」


 頭上で唸る声が聞こえるがどうでもいい。手のひらで雨を降り積もらせ、そっと彼女の傷口に這わせる。雨の線は血と混ざり赤く濁り始めたが、これで漏れ出すことはない。


 これできっと暫くは持つはずだ。一つ心の動揺を払拭すると、ただ一つの目的に集中できるようになる。


 ゆっくりと立ち上がり、男の方に体を向ける。男の持っていた剣は空中に突き刺さるように浮かび上がり、刃に螺旋状の水がまとわり付いている。


 その柄を掴み水を解く。以前よりずっと軽く感じる。


「面白い芸当だな。見世物として生きてみたらどうだ?」


「なんだ見逃してくれるのか。怖気づいたか?」


「まさか」


 男は俺から十分に距離を取ると、ローブの影から十手のような十字の形をした棒を取り出し、柄の根本から先まで二本の指でなぞった。


「私の得意とするのはこっちの方でね。剣は何と言うか、大袈裟過ぎてね。まあいい」


 だらだらと文句を垂れている間に準備を整えたのか、なぞった棒が揺らめき、白い光に包まれた。その光は刃のように薄く広がり、俺が何に刺されたのかようやく分かった。


「そのデクの棒より良いと思わないか」


「そろそろ黙らないか」


 その一言で、男の顔から笑顔が消えた。それでいい。これから対峙する男の話など聞きたくはない。


 雨は激しさを増し、視界も良好とは言えない。腹も刺された。これほどまでに素人剣法に過酷な状況は無いだろうが、引くわけにはいかない。


 男も俺も黙ったまま顔から視線を逸らさない。と、奴の得物が一瞬だけ揺らいだのに目が取られる。


 その一瞬の内に距離を詰められ、防御虚しく懐に刃が入ってくる。それを螺旋状の雨で掴む。だが、掴んだはずの刃は姿を隠し、裸になった棒だけが俺の腹にぶつかった。


 そして直ぐに痛みが走った。新たな刃が腹を貫いたのだ。


「二度も同じ手を喰うほど間抜けでなくてね」


「いや、捕まえたよ」


 雨が奴の腕をしっかりと掴んでいる。


「なに!?」


「そのまま捻り潰してやるよ!」


 代償は大きかったが、利き手を潰せたのはそれだけ価値がある。はずだった。


「おしい!」


 奴がそう言うと腕に絡んでいた水が弾けた。そして、剣がゆっくりと引き抜かれ、滝のように地が溢れ出る。


「機転は良かった。だが、己の魔術に他人が干渉できない訳がないだろ。慢心したな」


「戦いの最中に説教とは随分と余裕だな」


 慢心しているのはどちらの方か。穴は雨で塞いだ。体もまだ動く。意識もはっきりしている。なら、まだやれる。


 垂らした剣を胴体目掛けて切り上げる。奴は片手で持った剣で軽く防ぐと、後ろに跳ねて距離を取る。しかし、その間に雨を集め、弾丸のようにして着地点目掛けて発射した。


 奴は咄嗟にローブで前面を覆うと、ローブに当たった水の弾が小刻みに破裂音を響かせる。


 チャンスだった。動きの取れない奴に弾を当てつつ走って距離を詰め、ローブごと切りつける。が、それもローブに弾かれ、すぐさま奴の剣が伸びてくる。それを辛うじて防ぐと、激しい鍔迫り合いに発展した。


 だが、力量の差は明らかだった。奴の攻撃を魔術を使って止めている俺に対して、奴は剣一つで俺の斬撃を防ぎきっている。


「どうした! そんな鈍ら剣法ではいつまでも私には届かんぞ!」


「うるせぇ!」


 限界だった。慣れない剣を振り魔術まで使って、奴には届かない。塞いだ穴からは血が漏れ出し、剣を振るたびに空中を舞っている。


 だからこそ、見つけなければならない。この状況を打破する一手を。だが、生憎細工を弄する頭も余裕もなく、すぐに頭に浮かんだのは一つしかなかった。


 素早く後ろに下がり奴から離れると、剣を正面に構え声を張り上げる。


「そろそろ終わりにしようぜ!」


「いいだろう」


 これであたかもこれから大技を繰り出すと思わせる。奴はその隙を必ず狙ってくるはずだ。俺はそれを上手く逆手に取るわけだ。


 はっきり言って成功するかは賭けだ。だが、やるしかない。奴に悟られないように大胆に、それでいて慎重にやらなければならない。


 覚悟を決めて走り出す。ローブに邪魔されないよう今度は弾を使わない。ただ真っ直ぐ突っ込み、そして、届くか届かないかの距離で剣を思いっきり振り上げた。奴は必ず懐に入ってくる。そこを予め一塊にしておいた雨で突く。


 さぁ、来てみろ。


 だが、奴は動かなかった。そして、賭けにも負けた。


「どう、して」


 振り上げた剣は手から離れ、地面に落ちた。視線を下に向けると、真っ直ぐ伸びた白い線が俺の肺に突き刺さっていた。


「非常に残念だ。だが、よく頑張ったものだ」


 白い線は音も無く消えると、奴の手にはあの十手の様な棒があった。


「私がこれを短いまま使っているものだから、そういう物だろうと解釈してしまったのかもしれないが、それは誤りだ。この通り、自在に伸びるものでね」


「そうかよ」


 強がりにもならない言葉を吐くのが精一杯だった。その内、肺が血で満たされ、口いっぱいに鉄の味が広がり、顔が地面に激突した。


 その横を悠々と歩いていく足が見える。奴はきっと彼女を殺すだろう。だが、そうはさせない。


 ありったけの意識を雨に注ぐ。雨は形を変えて球体になり浮かび上がっていく。もうろくに力も入らない腕を使って、体を仰向けにして、奴の後ろ姿を見つめる。


「お、い」


 奴が振り向く。同時に球体を針のように伸ばし、体を貫いた。


 その瞬間奴の目が丸くなり、そこで針は水となって崩れて消えた。


「俺も、伸ばせる、ぞ」


「そのようだな。それがどうした」


 それでもなお、奴は余裕であった。それもそのはずで、俺がやったように、いや、俺よりも遥かに上手く魔力で穴を塞いだ。


「お前に出来ることが私に出来ないはずが無いだろ。まあいい、そこまでして構ってほしいなら、先に殺してやる」


 奴の雨を踏みしめる音が近づいてくる。そして、見下ろす目と視線があい、ゆっくりと腰を下ろすと、あの得物を取り出し俺の胸に先端をあてがった。


 気分はさながら杭を打ち込まれる吸血鬼と言ったところか。馬鹿馬鹿しい。目を瞑ると、不思議と静かに思えた。


「さらばだ。名も知らぬ青年よ」


 グッと体を強張らせる。その時、高く軽い音が聞こえ、その後すぐ地面に何かがぶつかる音も聞こえた。


「ワタシのかわいい弟子達に何をしたのか、お教え願えるかしら」


 マルカさんの声がした。

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