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異世愛者  作者: 猫護
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偵察

「さっきも言ったけど、奴らがこの町を去るまであなたはなるべく外に出ないで、絶対に町には行かないで、いい?」


「なんだってそんな、神経質すぎやしねえか」


「そうですよ、俺達前にも聖騎士には会ってますし」


「そうなの?」


「はい、だからそんなに警戒する必要もないと思うんですけど」


「うーん、ならわたしの考えすぎなのかなぁ」


 マルカさんは椅子に座り、あーでもないこーでもないと頭を捻り始める。そもそも、聖騎士と一悶着あったのは事実だが、それも済んだ話しである。マルカさんは具体的な理由を教えてくれそうにないし、ここ最近の出来事で少し過敏になっているだけのように思える。


「言われた通り、しばらくは出ないようにしますから、今日は様子を見てマルカさんも家でゆっくりしてましょうよ」


「そうだよ、別にすぐどうこうなる訳でもないだろ。なんかあったらその時また考えればいいさ」


「ええ、うん、わかった。そうね、少し休んだ方がいいかもね」


「おっし、なら今日の練習は」


「それはダーメ。二人はちゃんと練習を続けるように」


「そりゃ不公平だろ!」


「旅先で使える力が欲しくてうちに来たんでしょ。ならさっさと習得すべきだと思うんだけど、違う?」


「そりゃ、そうだけど」


「わたしは部屋にいるから、何かあったら呼んで」


 疲れた表情を見せて奥の部屋に入っていった。彼女はそれを見届けると、水桶から手を引き抜き、はたくようにして水気を落とす。


「なんだ、もう休憩か?」


「しーっ」


 静かにするように人差し指を口に当てて、奥の扉に目を移す。どうやらあまりマルカさんに気がつかれたくないらしい。部屋に動きが無いことを確認すると、ゆっくり玄関に向かう。


「お、おい」


 ここでまた口を閉ざすようにジェスチャーをすると、俺に向けて手招きを始めた。魂胆がよく分からないが、一連の動きから意図を汲んでゆっくり玄関に近づく。すると、彼女は扉に手を掛け、出来るだけ慎重に扉を開け外に出てしまった。


 追随して庭に出ると、待っていた彼女がまたゆっくり扉を閉めた。


「話を聞いてなかったのか?! しばらくは外に出るなって言われたばかりだろ!」


「ばか、声がでかいって。マルカにバレるだろ」


「知るか。いいからすぐに戻るぞ。こんなところマルカさんに見られたら何て言われるか」


「嫌だね」


「はぁ?」


 急激に反抗期でも訪れたような言動に理解が追い付かない。もしかして単調な練習にストレスが溜まって、頭の血管がいくつか切れたのかもしれない。


「マルカがなんであんなに聖騎士を敬遠してるのか、お前だって気になるだろ?」


「気にならない訳じゃないけど」


「だから、直接この目で見て確かめようってこと」


「いくら気になるからって、それはまずいだろ。万が一マルカさんの予想が的中して、何か起きる可能性だってあるんだぞ」


「大丈夫だって、ようは見つからなきゃいいんだろ? ちょっと影から見て帰ってくるだけだし。それに、相手が見知った顔だったらマルカの不安を払拭してやれるかもしれないだろ」


「まぁ、たしかにそれはあるな」


 この町に訪れている聖騎士が、ザイウスさんだったとしたら、あそこまで神経質になる必要は無くなる。そうなればマルカさんの負担を軽くすることが出来るはずだ。


「なら、決まりだな」


「ただし、相手の素性が分かるまで絶対に見つかるなよ」


「分かってるって」


 マルカさんが感づく前に戻らなければならないので、二人して丘を駆け下る。笑みをこぼしながら走る彼女の姿を見て、ストレスが溜まっていたというのもあながち間違いではないようだった。


 民家が見えてきたので、一度足を止めて辺りを見渡す。今のところそれらしい集団は見受けられない。聖騎士と呼ぶくらいなのだから、あの時と同じように全身を鎧で守っているはずだ。


「もう少し町の中心に行ってみるか」


「そうだな」


 町に入るといつ奴らに出くわすか分からないので、出来るだけ民家の影に隠れるように進んでいく。そのせいで住人からは怪訝な視線を注がれてしまうが、構いやしない。


 すると、遠くから複数の話し声が聞こえてくる。更に慎重になって声のする方に向かっていくと、話し声に鉄の擦れるような音が混ざっているのが分かる。おそらくもう目と鼻の先に居るのだろう。


 無言で彼女に視線を送ると、彼女も黙って此方を見て頷く。身を屈めて塀の影からそっと頭を出すと、そこには想像通りの鎧の集団がたむろしているのが見えた。どうやらこの人らで間違いないようだ。


 だが、その集団の中に銅色の鎧姿は無く、ザイウスさんは来ていないようだった。


 突然彼女が俺の体を叩き、集団に指を向けた。その先には鎧に混じってローブのような服を着た男が居た。男は老婆と話をしているようだが、相手の老婆をどこかで見たような気がする。あれはたしか、マルカさんを訪ねて来た人だ。


 その老婆が腕を上げると、山の方を指差し、男もそちらに視線を移した。


 だが、ここからでは詳細な会話の内容まで聞き取れず、だからと言ってこれ以上近づけそうにもない。


 とりあえずあの集団が知り合いではないことが確認できただけでも収穫である。これ以上ここで奇異の目に晒されるのも御免なので、彼女の肩に手を置いてその場を後にした。


 来た道を駆け上がって息をきらしながら家の前に着くと、悟られないように息を整えてゆっくりと玄関をくぐった。


 どうやらマルカさんはまだ部屋に籠ったままらしく、気づかれてはいないようだ。それでも、念のため様子を見に奥の部屋に向かい扉を叩く。だが、中から返事はない。もしかしたら、気づいて外に探しに行ってしまったのかもしれない。そんな考えが頭を過り恐る恐る扉を開けると、机に伏したマルカさんの姿があった。


 忍び足で近づくと、寝息が聞こえてくる。どうやら読書の最中に眠ってしまったらしく、傍らに読みかけの本が置いてある。ああ、なんだか以前にもこんな光景を見たような気がする。


「マルカ居たか?」


 彼女が覗き込むように頭を出した。そのとき、眠っていたマルカさんの頭が急に近くなったかと思うと、顔面に激痛が走った。


「いっつぅ!」


「なにやってんだよ」


「ごめん! 痛かったでしょ大丈夫だった?」


「大丈夫です、平気です」


 涙目になりながら鼻を押さえて鼻声になりながらそう答える。衝撃で少し視界が歪んでいるがすぐに治るだろう。


「すみません、お休みのところ邪魔しちゃって」


「いいよ、それより何か用事が?」


「いえ、それはそのー、そう! こいつが水を掴むのに成功したっぽいんですよ」


 それを聞いて彼女は思わず自らを指差して驚いているが、まさか外出がバレてないか確認に来たなんて口が裂けても言えない。


「あら、そしたら見せてもらおうかな」


 三人で水桶の前に立ち、彼女が手を入れて水を掬う。その手の平を凝視していると、彼女が水を桶に戻してしまった。


「どうした?」


「どうしたもこうしたも、そんなに見つめられてちゃ上手くいくもんも上手くいかねえよ! 頼むからちょっと離れててくれ」


「あー、はいはいごめんね」


 一歩二歩彼女から離れ、再度挑戦を始めると今度は綺麗に手の中で水を保持してみせた。


「すごいじゃない! 良くできました」


「ま、私にかかればこんなもんよ。ほらお前もさっさとここまで追い付いてこいよ」


「言われなくてもすぐに出来るようになってみせるよ」

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