奴隷と鎖と
少女から発せられたとは到底思えないような言葉に驚いていると、男はへらへらと意地悪そうに笑顔を浮かべ、振り返る。
「こいつが噂の奴隷だぜ。どうだ、気に入ったか?」
気に入るも何も、会ったばかりで印象も何もあるまい。一体なぜ彼女に値がつかないのか、理由を探ろうと鉄格子の前まで近づく。
彼女は最初の一言以降話そうとせず、俺をじっと見据えている。パッと見ケガもしていなければ、病気のようにも思えない。それどころか、鍛えられた筋肉は健康そのものである。口が悪いくらいで買い手がつかないのだろうか?
「タダの理由が分からない、て顔してるな」
「ええまあ」
「そうだな、契約してくれるんなら教えてやってもいいぜ」
そんな馬鹿な話があるか!どうせろくでもない理由に決まっていると、俺の勘がそう告げている。というか、誰だってそう考えるだろう。
「別に気に入らなければそれでもいいが、お前、誰も仲間に入れてくれないから、こんなうさん臭い話にまで頼って人手を探しにきたんだろ?」
なんで、と言いかけたところで紹介状に書いてあったのだと気が付く。あの野郎、余計なことまで書きやがって!
「どうする? いらないなら他を当たるが」
「少し時間を下さい......」
「時間はたっぷりあるんだ、ゆっくり考えな」
確かに、一人で行動している現状より、多少のリスクを覚悟で契約してしまう方が、いくらかましかもしれない。それに、鍛えられたあの体は戦力として考えるなら申し分ないだろう。
ええいままよ!
「契約します」
「よし、そうこなくちゃ。そうだ、確認だがこいつの髪の色をどう思う?」
髪?髪がなんだっていうんだ。まいいか、率直な感想でいいのかな。
「そうですね、綺麗な白髪だと思いますよ」
「そうか、なら問題ないな」
すると、今まで黙り込んでいた少女がふいに口を開いた。
「さっきから黙って聞いてりゃ、そんな、なよなよした奴が主人だ? ごめんだね」
「お前は黙ってろ! せっかくの商談が台無しになったらどうしてくれる! さあ、一旦上に戻って手続きだ」
男に押される形で部屋を後にする。高そうな椅子に座らせられると、書類をテーブルに広げ始めた。
「読み書き出来ないんだってな、書類はこっちで書いてやるから、要点だけ伝る。まず、奴隷の所有権委譲と、それから保有に際しての義務だな。まあ、奴隷のとった行動に対する責任を負うとだけ覚えてりゃいいよ」
えらく簡素にまとめられたな...... ほんとに大丈夫だろうか。
「よし、出来たぞ」
そう言って、書類をトントンとテーブルに打ち付けてまとめると、フーと鼻で息を吐き、しばらくの沈黙の後、話始めた。
「さて、お待ちかねの値段が無い理由を話してやろう。実はな、あいつも初めは他の奴隷と変わらず、二階にある牢に居たんだ」
「はあ」
「二階の牢は客に中で商品を見てもらえるよう、危険が無いように奴隷の首輪を壁につないでるんだ。ところがどうだ。ある日、いつものように客に商品を案内してると、あいつの髪の色を侮辱した客がいたんだ。ここらじゃ珍しくもないことだが、よほど許せなかったんだろう、首輪の鎖を壊すと、止める間もなく客に殴りかかりやがった!」
「嘘ですよね?」
「作り話ならどれだけ良かったか。結局客に大けが負わせ、穏便に済ませるために大損さ。いくら鍛えてるからって、あの腕で鎖を壊すなんて出来るはずないんだが......。やっぱ白髪はろくでもねえな。おっと、今のは余計だったな」
「ちょ、ちょっと待ってください! そんな化け物と契約させられたんですか!?」
「あの一件以来、売れはしないし、飯も食うわで困ってたところなんだよ。いやー助かった助かった」
返品は無しだぜ、と言い残すと上機嫌に席を立ちあがった。とんだ買い物をしてしまったらしい。まあ一銭も払っていないが。
「ほら何してる、お姫様がお待ちかねだ。いくぞ」
「あ、すみません」
憂鬱ではあるが、仕方あるまい。それに、軟弱な見た目でも契約させてくれたってことは、ファンタジーお得意の隷属魔法かなんかあるんだろう。殺されることはあるまい。
「さーお姫様、旦那様がお迎えにきてくれましたよ。てな、はは」
「人に手錠までしておいて、頭でも打ったか? いや、元からおかしかったか」
「その減らず口も聞けなくなると思うとさびしくなるな~。せいぜい良くしてもらえることを願うんだな。お姫様」
「お前、ここから出たら覚えてろよ」
ああ、やはり隷属魔法はありそうだ。だってこんな血の気の多い奴隷、素の力で御しきれるわけがないもの。血の契約か何かそれっぽいことでもするのだろうか。魔法は初めて見るし、少し楽しみだな。
なんてのんきに構えていると、ガラガラと音を立て、鉄格子が開けられた。
「基本、奴隷は首輪に鎖を繋げて連れるんだが、こいつに関しては手錠に鎖を繋げることだな。さあ、鍵を外してやりな」
「あ、はい」
言われるがままに鍵を受け取ると、壁に鎖でつながれた首輪を外す。その間、彼女は一度もこちらを見ようとしなかった。
「外しました。次はどうすれば?」
「どうって、手錠の鎖を持って連れていくだけだが」
「えぇ!?それだけですか?なんかこう、服従を誓わせる魔法とか、契約とかはないんですか?」
「あるわけないだろ、そんなもん使えるなら鎖も錠必要ないだろ」
確かに言われてみればそうだ。でも、それじゃあこの鎖だけでなんとかしろってことか?そんなの無理に決まってる!
「用が済んだらさっさと出ていってくれ。これから組合のあのデブに支払いに行かなきゃならんからな」
「こんな鎖だけで大丈夫なんですか?」
「ああ、心配するな。街にいる間なら騎士隊もいるし、そいつも面倒は起こさねえはずさ」
つまり、街から出たらどうなるか分からないってことじゃないか!ああ、殺されるかもしれない。とんでもない契約になってしまった。
一応は客として扱ってくれているのだろう。わざわざ店先まで見送りについてきてくれた。
「ええと、じゃあ、お世話になりました」
「ああ、せいぜい上手く調教するんだな。出来ればだが。ああ、そういや他にあのデブが紹介したところあるか?」
「あ、はい。魔術の道具を扱ってる店を教えてもらいました」
「そうか、なら行かないことだな」
「え、それはどういう?」
「簡単な話さ。なにも知らない駆け出し冒険者に、なじみの店と言って紹介状を持たせる。バカな奴らはその先でぼったくられるか、もしくは今回みたいなろくでもない契約をさせられるのがオチってわけだ。その代わり紹介先の店は、組合の店主に謝礼を収めるのさ。全部が全部そうってわけじゃないが、お前さんは運が悪かったな。あっはっはっは!」
それじゃ、と別れを告げると店に戻っていった。この世界にきて早々、異世界の洗礼を受けたわけだ。ああ、まんまと騙された。何が案外いい人かもしれないだ!恨むぞ、過去の自分よ。
しかし、どうしたものだろう。ジャラジャラと手に持った鎖の先には少女。奴隷などと無縁な世界の俺は、どう接すべきかなど分からないのだ。当たり前だろ。それに話が本当なら、一歩間違えれば殺されかねない。
先ほどから目を合わせてくれない彼女をチラッと見る。とりあえず自己紹介からすればいいのかな?
「えっと、三水 銀です。よろしく!」