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異世愛者  作者: 猫護
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変質

 二階の扉が開く音が聞こえた。上手くいったかいかなかったかはさておき、一段落ついたらしい。だが、階段の上が騒がしいばかりで中々姿を現さない。それもようやく静かになると、先に降りてきたのはマルカさんだった。


「はいお待たせー、これから彼女が降りてくるけど、わたしが良いって言うまで後ろ向いててくれる?」


「はは、お披露目会てことですか。いいですよ」


 言われた通り後ろを向くと、背中で合図する声が聞こえ、それからゆっくりと階段を踏む音がし始める。


「はい、もうこっち向いていいよ」


 楽しんでいる二人には悪いが、服のデザインを知っているので大体予想がついてしまう。精々大袈裟に驚いてやる振りでもしようと彼女の方を見る。


 そこにガサツな少女の姿はなかった。彼女は幼さを残しているものの、綺麗に整えられた髪が、闇夜を彷彿とさせる服に映し出され、月に透かされた雲のような朧気な白さで艶めいている。


 自分の目を疑った。これが本当に同じ人間なのだろうか。が、なんだか素直な感想を言うのが酷く恥ずかしく思え、精一杯の悪態をついて誤魔化す。


「ははぁ、これまた見違えたな。随分女の子らしくなったじゃないか」


「そりゃ褒め言葉として受け取っていいのかな」


「さあどうだか」


「まあそう意固地になってないで、少しは素直に褒めてやるのが大人の対応ってものじゃないの」


「すみませんねまだ大人って感じじゃないもので。まぁでも似合ってるとは思いますよ」


「最初からそう言えばいいのに。ほら特別に近くで見せてやるよ」


 余程嬉しいのか、頼んでもいないのにその場でクルリと回転して、わざわざ全身を見せてくれる。


「どうよ」


「うんうん似合ってる。まさかあのガサツな少女だとは思えないほどにね」


「ガサツは余計だ。それにそのガサツに助けられたのはどこのどいつだったかなぁ」


「それを言われるとどうも弱るな」


「ま、いいや。お前に見せててもつまんないし二階に戻るわ」


 そう言って足早に上って行ってしまった。


「ありゃなんでまた二階に」


「そんなの決まってるじゃない。二階には姿見があるからね」


「ああ」


「でも君もあんまりじゃない。もっと褒めてあげたっていいのに、子供は褒められて成長するものよ」


「いやぁ、普段から人を褒める機会がなかったもので、いざ面と向かってとなると気恥ずかしさが勝ってしまいました。でも、女の子らしくなったてのは素直な気持ちですよ。出会ってから剣を振り回す姿ばっかり見てて、血染みをつけた服なんてどう考えても少女の格好とは思えないでしょ。でも、それがああやってちゃんとしてあげたら、やっぱり周りの子供となんら変わらないんだなって」


 それに、ついこの間まで少女に助けられて生きてきた人間がどの面下げて褒めてやることなど出来ようか。


「ふーん、だったら尚更それを言葉にしてあげればいいのに」


「まあ、そういったことをしてあげられなかった手前、自責の念てのもあるのかもしれません」


 洋服一枚であんな露骨に機嫌が良くなるなら、もっと少女趣味らしいものを買っておくべきだったのだろう。この反省は次に生かすとして、今は大事なことが残っている。


「で、あんな露骨な人払いまでして一体なにを話してたんですか」


「あー、やっぱりバレてた?」


「そりゃ勿論。あんな機嫌取りまでした成果をお聞かせ願いませんかね」


「それが途中で気が変わっちゃって。なーんも聞き出してないのよ」


「ええ?! いやいやそんな見え透いた嘘」


「嘘じゃないって、わたしだって聞く気満々で行ったんだから。でも、突然泣き出されてあんな寂しそうな背中見せられたら、もうなんかそれどころじゃなくなっちゃって」


「なんか変なことでも言ったんじゃないんですか。まあそれは置いといて、僕にあんなことをしてきた理由はちゃんと教えてもらいますからね」


「うわ、てっきり忘れてると思ってたわ」


「あんなことされて忘れるわけないじゃないですか」


「それもそうか。でもごめん! 確証もないことを吹聴するようなやっぱり出来ないわ」


「今更それはないですよ!」


「まぁまぁいずれ機会が来れば話すよ。さ! もう日暮れも近いし夕飯の準備しよっと」


 白々しく台所に向かうと、それ以上聞くなと牽制するように鼻歌交じりに料理を始めた。変態呼ばわりまでされて得たものはなにもなく、だが、お詫びのつもりかその日の晩御飯は随分と味がよかった。


「あなた、食事のときくらいその服着替えたら」


「つってもあのボロ切れ着る気にもならないしなぁ」


「なら、まだ子供のころの服がいくつか残ってるから部屋着に使いなさいな。寝るときまでそれってわけにいかないでしょ」


「そういえば昼間の害獣駆除はうまくいったんですか」


「ああその話、それがさっぱり、姿もみなければ手掛かりもなし。一応罠を仕掛けてきたけど、期待は出来ないね」


「なんだよ、大袈裟な装備してった割りに残念だったな。もしかして見当違いの場所だったんじゃねえか」


「そうかも知れないけど、こればっかりは調査を続けないとなんとも言えないかなぁ」


 しかし、それから二日たっても手掛かり一つ得られず罠も無駄に終わった。そんな矢先事件が起こった。


 この日も夜と朝の境目のような時間に起き、朝食の用意を済ませると早々にマルカさんは出掛けていった。だが、一時間とたたなうちに血相を変えて戻ってきた。


「今日は随分と早いじゃないですか。なにかあったんですか」


 走って帰ってきたのだろうか、息も絶え絶えに暴れた髪の毛をかきあげる。それから一呼吸置くと椅子に打ち付けるように腰をおろしたので、机の水桶が勢いよく跳ねた。


「なにすんだよマルカ」


「ごめん、でも聞いて。ちょっと前に家に来たお婆さん居たじゃない」


「ああ、あの目付きの悪い」


「その息子が亡くなったのよ」


「そうだったんですか」


 たしかにショックな話ではあるが、息を切らせて帰ってくるほどのことではないと思ってしまうのは、薄情だろうか。


「でも、ちょっと厄介なことになってね。その息子が死んだ理由ってのが、全然成果を出さないわたしに愛想を尽かして一人で森に入って、それでこんなことに。さっきもお婆さんに会ってきたんたけどもう錯乱状態でお前が能無しだからこんなことになったんだって言われちゃってね」


「ああ、それは」


「いいの、実際その通りだし今だってこうやっめ逃げ帰ってくるのが精一杯だったし」


「とりあえず落ち着いてな、水持ってきてやるから」


 席を立とうとする彼女に、マルカさんは手で待ったをかける。


「ありがとう、でもまたすぐに出るからいい。こうなったのはわたしの責任でもあるから、なんとしてでも見つけ出してこの手で始末をつけてやる」


 余程の覚悟なのだろうか、その目は今まで見たこともないくらい冷たい痛みを持っていた。それから息が整うのを待ってすぐに出掛けていった。


「なぁ、あれ結構ヤバイんじゃねえか」


「あんなに切羽詰まってると、まずいかも知れない。よし」


 濡れた手を振り回して水気を飛ばすと、奥の部屋に入ってあの剣と石を運び出す。


「なにするつもりだよ」


「なにって、後を追うにきまってるだろ。あんな状態で一人にしておけないし、万が一何かあってもこれがあれば怖いもの無しさ、てことで行ってくる!」


「あ、おい待てよ!」


 彼女に無理矢理留守を頼むと、剣を担いで丘を駆け下っていく。

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