疑問とどろく
「それじゃあ、仕切り直して」
「いまいち緊張感にかけますね」
「まあまあそう言わず、ほんとに危険なんだからね」
その割には扱いが雑というかなんというか、せめて持続時間くらいは把握しておくべきだろ。
「ほい、剣に擦りなおしましたよ。はいはなれてはなれて」
「もう十分離れてますよ」
「よろしい!」
剣を構える姿を横から見る。さすがにここまで来るとマルカさんの顔つきも変わるもので、ヘラヘラとした表情から遠くを見据えるように澄ました目になっている。
正面に構えた剣をゆっくりと振り上げ、震えていた剣先がピタッと動きを止める。来るか。
「ハッ!」
パン、と一つ音が破裂した。そして、この明るい空の下で青い光りが無数に無秩序に、それでいて真っ直ぐに走っていくのを見た。その瞬間、熱い厚い突風が体に打ち付けた。立っているのもやっとの中、家が、草原の草花が軋みざわめく音が聞こえる。
「どうよこの威力」
いつものように笑顔を浮かべて、放った方を見るように手で示している。
「どうって」
マルカさんが立っているずっと先まで、綺麗に筋の通った黒い線が続いている。
「危険にもほどがありませんか?」
「ふふふそりゃそうさ。そんな機会無いと思うけどこれを喰らったら体は粉々に吹き飛ぶからね」
「極力怒らせないようにしときます」
「うん、殊勝な心がけだね」
「でも、なんでこんな危険なものを見せたんですか」
「そりゃ勿論、これから君には素直になって貰う必要があるからね」
「いやいや、今までだって素直に練習してきたじゃないですか」
すると、口を塞げと暗に示すように、片手で握っている剣がスッと口のすぐそこまで突き付けられる。突然の態度の変容にまるで蛇に睨まれたように固まってしまった。
「賢い君なら、この状況がどれだけ危険か分かるよね」
「ど、どうしたんですか。冗談にしては笑えないですよ」
緊張で強張った喉を無理矢理震わせて、なんとか声を絞り出す。が、それでもなおマルカさんは剣先をこちらに詰めてくる。
「冗談なんかでこんなことしないさ。いい、消し炭になりたくなかったらこれから聞くことに嘘偽り無く正直に答えなさい」
「は、はぁ」
そんなに危機迫られるほど問いただされる覚えなど無いのだが、マルカさんはどうも本気のようだ。
「単刀直入に聞くわ。彼女、どこから連れてきたの」
「へぇ?」
てっきり俺自身のことを聞かれるのだとばかり思っていたものだから、つい素直な疑問が声に出てしまった。
「惚けないで、あの髪、あの瞳、気がつかないとでも思ったの? おあいにくさま、流石にそこまで世間知らずじゃないよ。あんな女の子を連れて何を企んでるの!」
「ちょっと落ち着いてくださいよ! 一体なんだかさっぱり話が見えてこないんですけど。第一彼女が何だって言うんですか」
「シラを切るのもいい加減にした方が身のためだよ。自分の置かれた状況を自覚したら?」
どうしてそんなに気が立っているのか見当もつかないが、どうもこの様子では知らぬ存ぜぬは通用しそうにない。だからと言って口から出任せを言えば何をされるか分からないし、八方塞がりだ。
「せめてもうちょっとこう、主旨を明確にして貰わないと、こっちが何か知ってる体で進められても困るんですよ! それに剣がちらついて話に集中できませんよ」
求めている答が分からない以上、こちらから詰め寄るしかやりようがないのだが、鬼が出るか蛇が出るか。
「んー」
一つ唸ると、目線を上にずらし、鼻先まで伸びていた剣をようやく納めたが、それでも剥き身のまま、いつでも斬りつけられるように下に構えている。
「じゃあ、まず根本的なところから聞くけど、彼女とはどこで出会ったの」
「それは、隣町の奴隷商のところで」
「奴隷商?! てことは君が」
「違いますよ! 彼女が奴隷として扱われていたんです」
「どうも都合が良すぎる気がするけど」
「そう言われましても、なら本人に聞いてみてくださいよ」
「いいわ。それが本当だとして、君はなんで彼女を選んだの」
「選んだと言うより選ばされたと言うか、詳細は省きますけど、店主が手に終えないから俺に押し付けてきたんですよ」
「自分で選んだわけじゃないと」
「そうですよ。そもそも何か企んでる人がわざわざ赤の他人に教えを請うことなんてしますか?」
「つまり、ほんとに何も知らずに彼女を連れてたってこと? そんなまさか」
「ああもう、そんなに疑うならその剣で斬って中身でも見ますか?! 大体こっちは露程もこの世界のことを知らないってのに、彼女が何なのかなんて知るわけないでしょ!」
ついに感情が昂って声を荒らげてしまった。だが、こんな腹の足しにもならない草原の問答なぞ、理不尽にも程がある物言いもあいまって、誰だってこうなるはずだ。
「んー、そっかそっか」
後悔先に立たずとはこのこと、握られた剣がゆらりと首をもたげ、まさに俺の命に突き刺さろうとしている。と、剣を腰の鞘に納めたではないか。
「いやーごめんね変なこと聞いちゃって。信じるよ」
「ほんとですか?!」
ぐっと堪えていた汗が滝のように溢れ出す。まさか、あれで許されるとは思ってもみなかった。
「そもそも君を斬るつもりなんて毛頭無かったんだよね。でもこうでもしなきゃ他人の言葉に信憑性を持たせるなんて無理な話でしょ」
一理あるような言い分ではあるが、なかなかに溜飲は下がりそうにない。そもそも剣を突き付けての尋問なんてのは脅迫に他ならない。こんなことをされて心晴れやかでいられる者はいないだろう。
「そろそろ日も暮れるし戻ろうか」
「その前に、なんであんな脅すようなことをしなきゃいけなかったのか教えてくださいよ」
「だからそれは信憑性がね」
「そうじゃなくて、剣を持ち出してまで聞きたかった彼女のことって一体何かって聞いてるんです。あんな怖い思いさせておいて、はいおしまい、なんて虫が良すぎるんじゃないですが」
「んー、君たち今まで仲良くやってきたんでしょ。なら知らない方がいいと思うんだけどなぁ」
「そんなことこっちで判断しますよ。それに、彼女のこと詳しく知りもしないで、初めて会ったくせして何を物知顔で決めつけてるんですか」
「いやそうなんだけど。何て言うか彼女がってわけじゃなくて、うーん」
決まりの悪い様子で右手で拳を作り、額に押し当てている。
「だって、君なにも知らないんだろ」
「だから聞いてるんじゃないですか」
「しっかしなぁ、わたしだって確証あっての行動でもなかったし、あまり無責任に吹聴しるのもなぁ」
あれだけ思いきりのいい行動に出たくせに、重要なところでうじうじ悩むのはやめて欲しい。
「ごめん! やっぱりわたしの口から話すのは気が引けるのよ。それにこういう大事なことは本人から聞いた方がいいと思う。今後のためにもね」
「わかりましたよ、もう聞きませんから! それと二度とあんな真似しないでくださいよ」
「もちろん、きっと埋め合わせはするから。それじゃ行こうか」
「どこへ?」
「どこって、彼女のところに決まってるじゃない。知りたいんでしょ」
「今あの状態で、そんなに大事なことをさらっと言ってくれるとは思えないんですけど」
「そこはまぁ、策はなくはない」




