バリバリビリビリ
「沈んだ顔してどうしたの、もしかして道中喧嘩でもしてきた?」
茶化すように話しかけるマルカさんに、彼女は返事もせず階段を駆け上がって行ってしまった。
「いやはは、まあそんなとこだと思っておいてください」
咄嗟に笑って取り繕うが、マルカさんは眉間に皺を寄せて首を少し傾げる。
「ふぅん、その割に君はずいぶん落ち着いてるじゃない。まぁあんまり深くは聞かないけどね。ああそうだ、汲んできたばかりだと水が冷たいから、しばらく日向に置いてきて。万が一凍傷にでもなられたら困るからね」
笑いながら冗談ぽく話す。雰囲気を和らげようとするマルカさんなりの気遣いなのかもしれない。
「まさか、そこまでやわじゃないですよ」
「だといいけど。あと、ホントに何か困ったことがあったら相談しなさいよ」
「はぁ、まあそのときが来たらそうします」
「うんそうしなそうしな。しっかし、この調子だとあの子今日は無理そうね。君もこんなんじゃやる気にならないでしょ」
「正直身に入りそうにないですね」
「だったら、ちょっといいもの見せてあげるよ」
こっちにおいでと、手まねかれるままに付いていくと、あの入ったことのない奥の部屋前に案内される。
「あの、ここ入っていいんですか」
「ほんとは危ないんだけど特別にね。何か起こってもそのときはそのときってことで」
「えぇ」
先ほど相談相手になるなどと胸を張っていた癖に、よくそんな無責任な台詞が言えたものだ。
だが、危険と言うほどなのだからそれ相応の物があるに違いない。若干の期待を抱きつつ未知の扉をくぐると、想像していた魔術工房のそれとは全くカスリもしない光景が広がっていた。
壁に丁寧に並べられた多種多様な武器の数々に、部屋の真ん中には横長の作業台。その上には作りかけと思われる杖のようなもの。何より想像とかけ離れているのは、棚の中の鉱石からどれもこれも、資料館だと言い表したほうが的確なほど整理整頓の行き届いたこの環境である。
マルカさんは、番号はおろか記号すらない棚の引き出しから迷わず一つを選び中から平らな木箱を取りあげると、作業台の杖をすみに寄せて箱の中身を広げて見せる。
出てきたのはこれまた平たい、川原で水切りをするのに丁度良いくらいの石である。それは滑らかに曲線を描き、うっすらと青みがかっていて、鈍く光を反射している。
「あの、これは一体?」
「ふふーん、まあ見ててよ」
自慢気に石を持ち上げると、石鹸で手を洗うように両手で擦り始める。それから5秒もたたないうちに石を箱に戻すと、両手を握っては閉じてを繰り返す。
「はい、ちょっと離れてて」
「このくらいですか?」
「じゃあ、わたしの手から目を離さないでね」
一連の動作からこの後起こることが全く想像出来ないが、魔術が使えると言ってもそうそう奇抜なものは繰り出されまい。そもそも、ここに居るのは身を守る術を手に入れるためであって、ちんけな手品に現を抜かすためではないのだ。
「ほら、いくよ!」
掛け声の後、胸の前で両手を向かい合わせ拳一つ分空間を開ける。すると、一筋の青白い光が一瞬橋をかけた。少し驚きはしたが、静電気を大袈裟に表現したようなこれが、距離をとらせるほど危険なものとは思えない。
期待を煽った手前、引くに引けなくなったのかマルカさんはそのままの体勢でまだ固まったままだ。
「いやーすごかったですよ!」
恥をかかせまいと、賛辞とともに拍手を交えてマルカさんに近づく。
「あ! こら近づいちゃダメだって!」
叫び声に思わず足を止めると、開きっぱなしの両手の間に突然大量の青い筋が細かな破裂音を出しながら、ひっきりなしに行き来をし始める。
「ほら、もっと離れて」
「は、はい」
筋は中心で渦を描き、次第に小さな球を作り始める。そして、右の手のひらを上に向けると、いびつな球体となった光が、そこで浮遊し始めた。
「それは一体?」
「ふふ驚いたでしょ。これが君もよく知ってる雷の塊だと言ったら?」
「雷って、あの」
「そうあのピシャッてなるやつね。あ、触っちゃダメだよ」
「言われなくても触りませんよ」
「ちょっと窓開けてくれる?」
部屋にある唯一の窓を開くと、そこから球を外に放り投げた。球は空気の入ったボールのように弧を描いて飛んでいき、野原に落ちた。
その瞬間、まるで砲撃でもしたような爆音が窓を揺らし、焼き焦げた野原だった地面が後に残った。
「あんな破壊兵器を手にもってたんですか?!」
「だから言ったじゃん危ないって。それに誰もいない場所に捨てたから大丈夫」
この人はきっと危険の水準が粉々に砕けちってしまっているのだろう。そうでもなければあれを『おもしろいもの』などと紹介出来るはずがない。
「さてさて、それじゃあお待ちかねの種明かしといきますか」
「お待ちかねって、あの平べったい石のせいですよね」
「ご名答。この石は雷を封じ込めたと言わるものでね、はるか昔大地は嘆き空は怒り、慰みを与える者が居ない世界でただ一身に激情を受け続け磨かれた大岩が、その身に力を宿したとさえ言われるほどさ」
「へ、へぇ」
すると、真面目な顔をして語っていたマルカさんの口角が徐々に上がり、ついには決壊したダムの如く勢いよく笑い始めた。
「急なんですか」
「ごめんごめん、だって君があまりにも素直に受けとるからつい。この小石がそんな大層なものなわけないでしょ」
「じゃあなんの仕掛けもないただの石なんですか?!」
「いいや、仕掛けはちゃぁんとあるよ。と言っても単純なものだけどね、ほら」
そう言って取り出したのは黒い液体の入った小瓶である。墨汁かもしくはイカスミか、連想されるのはそんなものだが、あの爆発物の元凶となればそんな生易しい存在ではあるまい。
「これは血液、それもとびっきりの荒くれ者のね。人智の届かない地に住み、青い光を放ち、目に写るもの全てを破壊する存在。その名もキリレイラ。一回くらい聞いたことあるでしょ」
「いえ全く」
「あらそう。まあそんなもんよね。簡単に説明すると雷を操る龍の血液てこと」
「はぁ、龍ですか」
「あれ、今一ピンと来てない?」
「ええまぁ、嘘の可能性もありますしそれに」
龍と聞くと、あの銀色の化け物が記憶に新しいが、それに加えて雷を操る存在がいるなど頭が理解しようとしないのだ。
「なんにせよそれが血液だとして、石との関連が全く見えてこないんですよ」
「単純な話だよ。術法鉱はわかるでしょ、それを砕いて溶かして固めるときに血液も一緒にしたのが、この平べったい石てだけ。それをこんな風に擦ると」
今度は掛けてある剣を手に取り、刀身に石をすり付ける。するとどうだ、鈍い鉄色だった剣が青白く光始めたではないか。
「たったこれだけで簡単に雷の剣の完成てわけ」
「おお、で雷を纏うとどうなるんですか?」
「それじゃ実際にみせてあげよう」
当然室内では危ないので、あの大穴のところまでやってきた。
「よく見ててね、はい!」
勢いよく剣を切り下ろす。が、なにも起きない。
「これも反応するまで時間かかるんですか」
「いや、これはただ効果が切れただけだわ」




