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異世愛者  作者: 猫護
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きっかけ

「それじゃ、これから行ってくるからちゃんとサボらないでやるんだよ」


「分かってますよ。気をつけて下さいね」


「大丈夫、抜かりはないからね」


新しい外套をつけ、腰に瓶を携え俺がつけていたような手袋をして出掛けていった。


「こっちはこっちで始めるか」


「えー、まじでやる気かよ。こんなことしたって魔術の足しにならねぇと思うけどなぁ」


「そう言うなよ。よく分からない人ではあるけど曲がりなりにも魔術師だし、それにあの人のおかけで魔力も上手く扱えるようになってきたんだ」


「へーへー、そうですか。こっちはその間ずっとつまんねぇ本読まされてよ。たく嫌になるぜ」


「お前がどう思おうが、俺は一人でもやるからな。邪魔だけはするなよ」


「別にやらないなんて言ってないだろ」


水瓶から水を移し、見せて貰った通りに手で掬い上げる。


「で、こっからどうすんだ」


「指の隙間を魔力で埋めるんだろ」


いつものように手のひらに力を込める。だが、あの煙が出てこない。


「あ、あれ?」


「どした」


「いや、なんか魔力が」


もう一度力を込める。その瞬間水が目の前に迫る。


ボン、と軽い音を立てて水が弾けた。テーブルは勿論辺り一面が一瞬のうちにびしょ濡れになる。


「ぶっ! お前ふざけんなよ!」


「ご、ごめん! でもわざとじゃないって。とにかく拭かなきゃ」


「何をどうしたら水がそうなるのか教えてほしいぜまったく」


気を取り直して掬い上げる。今度はもっと慎重に、意識を一点に手のひらに集中させるように。水が弾けることは無いが、隙間が埋まったわけでもなくボタボタと滴り落ちる。


「怖いから向こうでやってくれよ」


「ちょっと静かに。集中してるから」


まだ水は止まらない。そもそも隙間を魔力で埋めるってどういうことだ。考えれば考えるほどよく分からなくなってくる。


結局手のひらから水は無くなり、もう一度はじめからやり直しになった。


「はぁ、ちょっと見てろ」


見かねたのか、彼女が桶を奪い取ると両手で水を掬い上げた。するとどうだ、水がこぼれてこないではないか。


「マジかよ! もしかして無理矢理隙間閉めてないか?」


「なわけあるかよ。ん?」


彼女が視線を手のひらに移す。


「どうした」


「なんか、温かい」


見ると水から気泡が上がっている。どうなってるのか覗き込むと瞬く間に気泡が数を増やす。


「あっづ!」


彼女が手を跳ね上げ甲が顎にぶつかる。


「いった、ぉ熱い!!!」


まるで熱湯でもかけられたような痛みが走り、叫び声を上げてしまった。


「あっついなぁ」


「あっついなぁ、じゃないだろ! こっち飛ばす必要なかったよな!」


「いやーあれだよおあいこ。さっき水かけてきたし」


「てか、なんでさっきからこんなことばっかり起こるんだ。そんなに難しいとは思わないんだけどなぁ」


「隙間に魔力を流せばいいんだろ。次はいけるだろ」


「何であれもう熱湯にするなよ。なったとしてもこっちにかけるなよ!」


「へーへー」


そうは言っても信用できないので、彼女から離れて練習を再開する。


「あっつ」


「うあっづ! おぉい今言ったばっかだろ!」


「いやなんか、お前だけ澄ました顔でいるのが気に入らなくて」


「そんな理由で火傷させられてたまるか!」


それから、彼女は3回熱湯を作り出し、俺は追加で3箇所みみず腫れが出来た。


「ただいまー。あれ、なにこれ水浸しじゃない!」


「そんなことよりちょっとどういうことですか! いっくら魔力を込めても隙間が埋まるどころか増えるばかりなんですけど」


「そうだよ、なんかお湯ばっかりできちまうんだかま」


「あー、そうきたか。とりあえず一息つかせて、もーこっちはこっちで大変だったんだから」


そう言って、奥の部屋に消えると、外套を外して身軽な姿で戻ってきた。


「何から説明すればいいやら、あなたたちは熱湯がほしいときどうやって用意する?」


「え、水を火で温めますけど」


「そう、水を熱湯に変えるときは火の熱を利用するよね。つまり、水が沸騰したのは魔力が火とおなじように熱を生み出しているからなんだけど、普通はお湯が沸いてしまうほどの熱は持ってないの」


「でも熱くなったぜ」


「それはまあ単純な話、あなたの魔力が多すぎたから。一気に集められた魔力が一瞬で沸騰してしまうほどの熱を作り出してしまったの」


「じゃあ、僕の水が弾けたのももしかして」


「あ、それはただ単に君が魔力を暴発させただけだと思うよ」


「つまり下手なだけだな」


「あ、そうすか......」


「まあ気長にやるといいよ。ここで操り方覚えれば大抵のことは出来るようになるはずだから」


「おい、桶に水がねえじゃん。使いすぎだろ」


「蒸発させてるお前の方が使ってるだろ」


水を追加するために水瓶を持ち上げるが、なんだか軽い。


「あ、こっちも水がない」


「はぁ? じゃあ今日は終わりか」


「ダメダメ、まだ日も暮れてないのにそんなの許さないよ。ほら料理にも使うんだし新しく汲んできて」


「朝は俺が行ったから、今度ははお前の番だからな」


「なんでだよ、お前が無駄遣いしたんだから自分で行くのが筋だろ」


「一緒に行ってこればいいでしょ。ほら溢したの掃除しとくから」


納得いかないが、押し付けられるよりまだましなのでそれで手を打った。


「たく、なんで私が」


「お前がバカみたいに魔力集中させるからだろ。自業自得だ」


「は、暴発ばっかさせてる奴に言われたかねぇよ」


「ははそれもそうか」


「しっかし、魔術には自信あったんだけどなぁ。まさかあんなチンケなこと一つ出来ないなんて」


「そうだよ、マルカさんに教えてもらう前はどこで習ってたんだ? まさか、独学か」


「んなわけあるかよ。そりゃお前」


と、ここで彼女が急に口をつぐむ。


「どうした? もしかして忘れたとか」


「違う! 忘れるわけないないだろ。忘れられるわけ」


急に怒りを現したかと思うと、消え入りそうなそれでも何かを噛み締めるように呟いた。


「そ、そうか。変なこと聞いてごめんよ」


そのまま会話は無くなり、沈んだ瞳を浮かべる彼女に居心地の悪さを感じる。そして、そのまま井戸にたどり着くと滑車を動かし始める。


「お母さんなんだ」


ポツリとそう一言だけ発した。


「な、なにが」


「魔術を教えてくれたの、母さんなんだよ」


「そうだったんだ」


浮かない顔なのは変わらず、ただ小さく拳を握りながらゆっくり吐き出すように語り始めた。


「母さん、魔術が得意でさ、火の出し方だって教えてくれたんだ。マルカなんかより優しくてさ、それで」


言葉が詰まる。見れば握られた拳が震えている。


「そっか、優しいお母さんなんだね」


彼女は小さく頷く。


帰りは両手に水の入ったバケツを持ち、結局押し付けられるより荷物が増えてしまった。


「あら、先程はどうも。重そうねぇ」


「ああ、コンスさんでしたっけ。こんにちは」


「そうそう、あなたたちマルカさんのところでお世話になってるみたいだけど、いつまでいらっしゃるのかしら」


「実は魔術を教わってるんですけど、当分はあそこを出られそうに無いですね」


「そうだったの、魔術をねぇ。お嬢さんも習ってるのかしら」


「ええ、彼女上手いもんで僕より魔術が使えるんですよ」


「ああそう......、魔術使えるのね」


「どうかしましたか?」


「いえ、何でもないの気になさらないで。それじゃあ頑張ってくださいね」


「ありがとうございます」


てっきり余所者を嫌っていると思ったが、どうやら思い過ごしのようだ。


肩が張り、腕がパンパンになりながら丘を登ってようやく家についた。彼女は変わらず沈んだままである。

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