鎧の男
「晩御飯どうしようか」
「店がやってないんだから諦めるしかないだろ」
「ええー! こんな腹が減ってたら眠れるもんも眠れないよ。どっか町を探せば食べ物の一つくらい出てくるだろ」
「そうかぁ? 大事な商売道具を置いてくとは思えないけどな」
「いや、ここの店主の慌てようからして何かしら置いて行ってもおかしくない。ほら、街に繰り出すぞ!」
「は、あんなだったのによくそんな元気があるな。こっちはお前の世話でへとへとなんだ。行くなら一人で行ってくれ」
「なんだよ、あ! もしかしてお前、町が暗いから怖いんだろ? 心配するなって」
「ばぁか! ほんとに疲れてんだよ! それに、夜の暗さにはもう慣れちまったよ……」
「そ、そうか」
含みのある言い方に、自分が下手をうったのは明白だ。ここまでのいい雰囲気を全部滅茶苦茶にしやがって、自分の考えのなさが憎らしい。
みるみるうちに彼女はふさぎ込んでしまい、何を話したらいいのか分からなくなってしまった。気分を変えようにも町がこんな有様では提案できるものなどたかが知れている。
突然下で、戸を叩く音が響いた。渡りに船と言わんばかりにすぐさま彼女に声をかける。
「今の聞こえた?」
「ああ、下からだな」
「ちょっとまってて」
そう言って窓から身を乗り出して通りを確認する。宿の入り口に誰かが立っているように見えるが、こうも辺りが暗いとその姿までは確認できない。
「だれかいるみたいだけど、よくわかんないな」
「誰かってだれだよ」
会話が聞こえたのか、視線がこちらを向いた気がして思わず引っ込んでしまった。
「やべ、ばれたかも」
「すみませーん!」
あきらかに二階に向かって声を飛ばしている。
「あーあ、お前どうすんだよ」
「どうするって、どうしよ?」
声からして多分男性だろうが、火事場泥棒とも限らない。このまま無視を決め込むにしても、相手がこちらの存在に気が付いている以上、無理やりにでも中に入ってこないとは限らない。
「んだよだらしねえな。行って確認すりゃいいじゃねえか」
「で、でも強盗とかだったらどうするんだよ」
「盗みに来た奴がわざわざ声なんか掛けるわけないだろ。ほら、下降りるぞ」
確かに彼女の言うことも一理ある。それに一人で確認させるわけにもいかず後を追って階段を下りていく。
「いいか? 開けるぞ」
カンヌキを外して扉を開けると、明かりに照らされて来訪者が姿を見せる。2メートルはありそうな体格で、全身を覆う鎧が鈍く光を反射している。
「どうもこんばんは。いやぁよかったよかった、どこに行っても誰もいなくて、窓からが明かりが漏れていたものですから。すみませんが一晩泊めていただけませんか」
一瞬巨大な鎧の出現に体が固まってしまったが、この物言いからするにどうもただの旅行者のようだ。
「泊めてくれも何も、ここの主人なら出てっちまったよ」
「なんと?そうでしたか。ではあなたたちは?」
「代金は払ったんですけど、その、勝手に泊ってます」
「おっさんもどっか適当に借りちまえばいいよ」
「はあなるほど。ではお言葉に甘えて」
中に入ってくると周りを見渡す。
「ほんとに誰もいないんですね。あの、部屋の鍵はどこに?」
「それならあっちの奥にあると思います。明かり使いますか?」
「それには及びません」
そう言って真っ暗な受付に入っていくと、明かり一つ灯さず見つけ出した。
「わたし、夜目は効く方なんですよ」
「へ、へー」
「それでは部屋に行きますのでこれで。夜分遅くに失礼しました」
「いえ、こちらも何というか、助かりましたので」
「はあ、そうですか」
物腰の柔らかさからして悪い人には思わなかったが、どこか不思議な雰囲気をまとっているようにも思えた。そんな印象を抱えて部屋に戻ると、彼女も男のことを考えていたのか開口一番その話を始めた。
「あいつ、どう思うよ」
「どうって、怖い人ではなかったのかなーくらいにしか」
「それだけかよ。もっとへんなところがあったろ」
変なところといわれても、あんな短い時間の中で人柄を判断できるわけがない。それに、特に目立った行動に出たわけでもない。
「あいつ、持ってなかったろ」
「何を?」
「剣だよ。頭までしっかり鎧で守ってるってのに剣はおろか武器一つ持ってなかったんだよ」
「言われてみれば持ってなかった気がするけど、でもそれだけで変だなんだって騒ぐほどのことかな。ほらあれでしょ、魔術が専門なんだよ」
「もっとよく考えてみろ。仮に魔術に長けてるとして、なにかあるたびにポンポン使ってたら力が尽きるか先に体が焼けちまう。仲間がいる風でもなかったし」
扉を叩く音が聞こえて咄嗟に彼女は口をつぐんだ。扉を開けようと立ち上がると彼女に服を引かれ首を横に振られるが、構わず扉を開ける。
「あの何でしょうか」
「その、聞くつもりはなかったのですがお二方が私のことで揉めているようでしたので」
「あ、あーー聞こえてましたかすみません」
「いえいえ、それでですねわたしが武器を持ってないことなんですけどお話しても?」
「や、僕はそんなの気にしてないんですけど彼女が気になるみたいで。あ、入ってください」
男を中に招きいれると、部屋に唯一ある椅子に座ってもらいそれからベッドに腰を掛けた。
「やあお嬢ちゃんごめんね。なんだか怖がらせてしまったみたいで」
「怖がってなんかねえよ、変だって言ってんだ勘違いすんな」
「はは、そうかそうだったね。それで、武器を持ってないことなんですけど、お恥ずかしい話剣帯が古くなっていたみたいで切れてしまいましてね。それでこの暗さですからいつの間にか落としてしまいまして、ほんとこれだけの単純な話なんですよ」
「そうだったんですね! ほらみろ全然変じゃなかったじゃないか。それなのにお前が騒ぐから」
「本当にそれだけ?」
「ええもちろん」
「そっか、悪かったなおっさん」
「誤解が解けたみたいでよかった。そうそう、お二人は兄妹かなにかで?」
「そのー、何と言いますか話すと長くなるというか、まあ大まかにそんなところですね」
「こんなに髪の色の違う兄妹がいてたまるかよ。同じ訳あり品てだけさ」
「ああ失敬、これは野暮なことを。そういえば、お二人はどうして町がこんな有様になったかご存じで?」
「あれ、知らなかったんですか。撃龍祭の最中にでかい龍が出てきて暴れてひどい状況になりまして、何とか倒されたんですけど、その情報が伝わる前にみんな逃げちゃったんですよ」
「なるほど、大きな龍ですか」
そんな話はどうでもいいと言わんばかりに、彼女が大きくあくびをして見せる。
「ああすみませんもうお休みになる時間でしたね、そろそろ部屋にもどります」
「こちらこそ騒がしくしてすみませんでした」
「いえいえ、それじゃおやすみなさい」
男が出ていったのを確認すると、彼女は「もう寝るわ」と言ってすぐベッドに潜り込んでしまった。俺もなんだかんだしている内に空腹が一周してしまったらしく食欲も失せてしまったので仕方なく狭いベッドで眠りにつくことにした。
明日人が戻ってきていればその時に食事をすればいいし、そうでなければまた考えよう。万が一宿の主が戻ってきたときにいざこざにならないよう、明日は日が昇ったらすぐ出た方がいいだろう。




