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異世愛者  作者: 猫護
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満身創痍

 勝敗はほぼ決していた。騎士隊の壊滅、観龍者の一人は死に、もう一人は強大な力の前に倒れた。


 それでもなお、タイスが立ち向かうのは、希望がまだ潰えていないからであった。


 先の閃光でラジャをダメにしてしまったため、徒歩で接近しなければならなかったが、幸いにも未だに目が眩んでいるのか銀鋭甲は身動き一つとっていなかった。


 だが、それは同時に相手に打つ手はないだろうと言う銀鋭甲の確かな自信の表れでもあった。だからこそ、そこに付け入る隙が産まれたのである。


 彼女は直接体に妨害を加えるのをやめ、代わりに敵から少し距離を置いたところで立ち止まり、それから両手を地面に付けた。


「地に響くは我が力と知れ! 隆起盤落!」


 その言葉に右手の指輪が呼応すると、地面から大きく雑音が響き、その音は一直線に銀鋭甲まで延びていく。


 その直後、先ほどまで微動だにしなかった銀鋭甲の体勢が大きく右に揺らいだ。彼女はこの機待っていたと言わんばかりに一気に距離を詰めると、体勢が崩れた為に宙に浮いた左足に狙いをつけ、手のひらから球となった閃光を放つ。


 直撃と共に爆発を起こし左足から煙が上がる。だが、鱗に守られた体にそんな攻撃は通用しないはずである。しかし、銀鋭甲は確かに表情を歪めると、苦悶に叫びを上げた。


 そう、彼女が狙ったのは他でもない、足の裏である。


 体の隅々まで堅牢な鱗に守られている銀鋭甲であっても、足裏までは守りの手が伸びてはいなかった。そのことに彼女は戦闘中に気が付いたのである。


 足からは血が噴き出し、その苦痛に銀鋭甲は叫び続ける。 しかし、やっと攻撃が通ったところで、致命傷に至るはずもなく、体勢を整えた銀鋭甲は目を見開くと彼女を睨み付けた。


 すぐには反撃に出なかった。流石に攻撃にこたえたのか、後方に跳躍し距離を取ると、相手の出方をうかがうようにじっと彼女を見据えた。


 これは彼女にとってもありがたかった。正直効くかどうかも分からない状態で繰り出した攻撃であったので、一定の効果があると分かった今、少しほっとする部分があった。


 それに第一、次の手がなかった。相手の目が利くようになった今、発動に時間のかかる術は自分の身を危険にさらす他、簡単に避けられてしまう。だからと言って同じように機敏に攻撃を加える手も、ただでさえ一人であるのに、ラジャを無くした状態では到底出来る芸当ではない。


 だが、彼女は戦わねばならなかった。例えその命を犠牲しようとも守るべき希望があるからである。


 だから彼女は駆けた。その足、その体に魔力を這わせ力の限りに駆けた。銀鋭甲はそれを吠えて迎え撃つ準備を整えるが、直後首を持ち上げるとぐるりと向かって右を見た。


 彼女に悪寒が走った。そしてそれを誤魔化すように出せるありったけの魔力を両の手に集めると、すぐさま敵に向かって放つ。


 しかし遅すぎた。敵の興味は既に彼女には無く、身体に直撃したにも拘わらず彼女を見ることもせず見据える方へと歩き出してしまう。


 その瞬間予感は確信に変わった。


「とまれぇぇ!」


 声は届かない。


 苦し紛れにもう一発放とうとするが、限界だった。無理に魔力を回したせいで体が焼き付き思うように動かなくなっていた。


 このままでは本当に終わってしまう。彼女はそう思った。だから、もう一度敵に狙いを定め魔力を集めようとする。


 そこまでであった。


 彼女の願いも虚しく、敵は飛び立ちその場から去り、次に降り立ったのは他でもない、エルシアの下であった。


 着地の衝撃がエルシアを襲う。彼女はそれに対して驚くでもなく黙々とただ魔力を練り上げる。


 死体に混じって、自分の登場にも何一つ反応を見せない彼女を、銀鋭甲は訝し気に観察し始める。


 彼は勘が冴えていた。だからこそ彼女の魔力の高まりを察知し、今この場で最も危険な存在であることも把握できた。


 そして、威嚇のために彼女に向かって大きく吠えて見せる。それに対しても何ら反応を見せないのを確認すると、いよいよ使える方の足で押しつぶしにかかった。


 その時になってやっと目を開けたエルシアであったが、もう避けるには遅すぎた。


 大きな破裂音が鳴り響く。


 しかし、その足は未だに宙に浮いたままである。銀鋭甲は足に確かな感触を感じていた。それにも拘らず一向に押しつぶせる気配がない。さらに力を加え押し付けてみるものの、やはりびくともしない。


 だが、エルシアには何が起こっているのか見えていた。銅色の鎧が無数の輝きを放ち、その両腕だけで巨体の動きを受け止めるザイウスの姿が。


「ぐっおおお、やはり辛いな。おい! 何をぼさっとしてるんだ、早く続けたまえ」


「で、でも」


「何をするか知らんが奴を倒すんだろ? ならここは俺に任せ」


 そう言い終わらないうちに腕にかかる圧が増し、体が悲鳴を上げる。


「い、いつまでも支えていられんぞ! 早く!」


「は、はい!」


 魔力が充填するまでもう少しである。


                   *


 声が聞こえる。それに何だか揺れているようにも感じる。


「……スイ……、ミスイ……」


 聞き覚えがあるような、無いような。一体誰だ?


 と、一瞬体が浮いたと思ったら尻に強い衝撃を感じ、一気に頭が覚醒する。


「うお! いってえ」


「やっと起きたか!」


 声の主を探すとたくましい髭が目に入って来た。


「ラナス……さん?」


「悪いが時間がない! ガンテインの面倒を見てやってくれ!」


 そう言うと忙しなく正面を向いてしまった。


 状況が呑み込めないが、まだぼんやりとする視界で辺りを見回す。雑多に転がった荷物に、それから布で出来たような屋根、常時尻に感じる震動、ここは荷車の中か?


 一体全体どうして自分がこんなところに居るのか分からない。そうたしか最後の記憶がタイスさんと話をしていて、それから。


 そうだ、何かがこっちに迫ってきたんだ。それで、その後は?


 だめだ、いくら考えても思い出せない。仕方がないのでラナスさんに直接聞いてみることにする。


 そう思って腰を上げて前方に向かうと、足に何かが当たる。何の気なしに足元を確認すると、そこにはガンテインさんが居た


 しかし、様子がおかしい。必死の形相で自分の腹を抑えているし、そこから血が滲んでいるように見える。


「ガンテインさん! どうしたんですか!」


 すぐさま傍により容態を確認する。


「あ、ああ……、ミスイさんですか。良かった目が覚めたんですね」


「そ、そんなことより、これは一体」


「た、たいしたことありませんよ。ちょっと横になっていれば良くなりますから」


「とにかく傷をふさがないと! ラナスさん包帯はありませんか!」


「今使ってるので全部だ! とにかく傷を抑えてやってくれ!」


「そう言われたって」


「ミスイさん落ち着いて、足の傷は大したことありませんから」


「そんなわけないじゃないですか! とにかく傷口をおさえますから」


 どうもガンテインさんは手に力が入らないようで、そこから血が漏れているらしい。服の上からでも分かるほどの傷の酷さは、一面を真っ赤に染めていた。


 代わりに服の上から傷を抑えるが、包帯を締めなおす必要があるようで手のひらに血の熱さを感じるほど出血は酷い。


 そうだ、自分なんかよりも力に長けているのが居たじゃないか。


「おい! 俺じゃ力不足だから変わってくれ!」


 振り向いて彼女にそう呼びかける。が、姿が見えなければ返事もない。


「お、おい! 何してるか知らないがこっちに来てくれ」


 やはり返事はない。


「ミスイさん、さっきから誰に話しかけてるんですか」


「誰って、彼女に決まってるじゃないですか」


 彼からそれまで浮かべていた辛い表情が消え失せ、視線が泳ぎはじめそれから大きく息を吐いた。


「ミスイさん、彼女は居ないんです」

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