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異世愛者  作者: 猫護
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攻一転

 鱗の破壊に失敗した今、あの堅い外皮に剣はおろか槍も矢も通りはしないだろう。そうとなれば彼ら二人が狙うべき場所は一つしかなかった。


「目だ! 目を狙え!」


「そんなこと分かってる!」


 イースの言葉にケナンスがそう吠える。


 二人はそれぞれ敵の両脇を捉えるように左右に散る。彼らを乗せるラジャは赤く染まる死屍累々の道を跳ねるように進みその巨体へと近づいていく。


 そうとも知らずに接近に気が付かないまま、銀鋭甲は目の前の騎士達を平らにならしていく。だが、そのお蔭もあって接近に要する時間はそう多くはかからなかった。


 先に攻撃に移ったのはイースであった。向かって右から敵の面を捉えるとつかず離れずの距離を保ち、それからより一層ラジャの足を早めた。


 そして、横を通り過ぎる一瞬のうちに、右手にはめた指輪を光らせ、それから親指ほどの大きさの黄色く光る矢じりのような塊を、その瞳めがけて撃ち放って見せた。


 跳ねる騎上、更には一瞬のうちに行われたこの攻撃に精度も何もあった物ではなく、当然のことながら命中のは至らず、結果は敵の頭をかすめるにとどまった。


 しかし、さしもの暴君も流石にこの攻撃を無視はできなかった。何しろ今まで逃げ惑うだけの集団の中から、明確に己の弱点を狙ってくる者が現れたからである。


 ぐるりと首を肩の方に回すと、逃げるイースの背に向かって威嚇の一つを吠えて見せる。


 イースはひしひしと背中に敵意を感じながらも、なおも速度を緩めることはせずそのまま敵の尾の伸びる方までラジャを走らせる。


 だが、そんな彼を簡単には逃がすまいと、尾を一振りその小さな体に叩き付けんと迫らせる。が、その瞬間に今度は反対の目のある方を衝撃が襲った。


 ケナンスの仕業である。


 不意を突かれた攻撃に一度放った敵意も忘れ、放たれたであろう方に顔を向けるが、既にその場に姿はなく走り抜けた後であった。


 ようやくその姿を瞳が捉えた頃には、無事に通り抜けたイースが、再度放った攻撃が頭部を直撃した。


 これらの行動目的は瞳への攻撃による破壊である。しかし、それはあわよくば程度の認識でしかない。


 そう、彼らの任務は撹乱と陽動である。


「腕は痛むか?」


「こんなのへっちゃらへっちゃら、でもすぐには使えそうにないや」


「すまない、私がもっと早く気が付いていれば」


 タイスが表情に暗い影を落としたのでエルシアは痛みを表に出さぬよう一層明るく振る舞って見せる。


「もー、過ぎたことを悔やんでもしょうがないでしょ! それより今はやることがあるでしょ」


「そうね、ごめんなさい」


「で、どうするの? こんなになるなんて想定してないから碌な物持ってきてないし、ぶっちゃけこのままやって勝てるかどうか」


「ええ、物がない以上自力で何とかするしかない。だけど、銀鋭甲に対して半端な攻撃を加えても意味はないでしょう」


「てことはやっぱり」


「そう、一撃にかけるしかない」


「はぁぁ、まあいいけど、その分きっちり時間を稼いでよね」


「分かってる、だけどもし危険が迫ったら必ず逃げるのよ」


「それくらい言われなくても分かってるよ! さあそうと決まれば行った行った!」


「ええ、それじゃ任せたから」


 そう言ってラジャに跨ると二人のところへと加勢に向かった。


「これやると疲れるから出来ればやりたくなかったんだけどなぁ、仕方ないか」


 独り言を呟くとその場に立膝をつく形で座りこみ、使えない方の腕をだらりと垂れ下げ地面に付け、もう片腕を地面と水平に上げ敵の方も見ずに目を閉じ、力を抜くように俯いた。


「集中、集中、開くは同時」


 タイスはその姿を後目に確認すると、不安を打ち消すように顎を噛みしめた。


 一方、同時に行われている撹乱作戦は順調に進んでいるようであった。一つの体で二つの点に対処するのに余程疲れたようで、彼ら二人は次第に荒くなる銀鋭甲の鼻息に作戦の成功を確信していた。


 だが、図体ばかりデカイだけの敵でもなかった。ひと時攻撃に反応を示さなくなると、そのまま四肢で地面を抑えつけ後方彼方へと跳躍し二人に強烈な風圧をお見舞いした。


 これにはたまらず、二人は一瞬動きを止めその場に留まるのに意識を割いてしまった。


 この機会を逃すほど頭の使えない生物では無かった。


 すぐさま前進を始め、距離をある程度まで詰めると後ろ足に力を込めてそのまま飛び上がった。


 その時には銀鋭甲の行動を察知出来るほど余裕を取り戻していた二人だったが、逃げるには時間が足りなかった。


 再び強風がケナンスの体を突き抜けると、対処に遅れてラジャから振り落とされてしまう。落下の痛みを背中に受けながら、かすむ目を拭い敵の方を見据える。


 そこにはイースの姿があった。


 正確に言えばラジャの胴体に足を取られ、動けずに必死の形相でケナンスに手を伸ばすイースの姿があった。


 そして、ケナンスには高々と前足を振り上げ、今にも踏み潰さんとする銀鋭甲の姿も見えていた。


 それが分かっていながら、声を出そうにも術を出そうにも受けた衝撃に体が思うようにならず、肺から出ていった空気を取り込むので精一杯であった。


「目をつぶれぇぇ!」


 その声と同時に一筋の光が空を駆け、ケナンスと銀鋭甲の間で巨大な閃光となって辺りを照らした。


 ギャンと銀鋭甲の吠えるのが聞こえ、その光に思わず目を閉じるも、それでもその閃光は瞼を貫き、その光の強さをありありと示した。


 そして、その間に地面を揺さぶるほどの強い衝撃が体の下を通り抜け、敵が振り上げた拳を地に降ろしたであろうと推測が出来た。


 確認のため目を開けるが、受けた閃光の影響が取れず、まだ瞳が上手く視界を取り込めず自分の安全さえ確保できない状態であった。


「ケナンス! 大丈夫ですか!」


「ぞ、その声は、タイス、さん?」


「ええ、気をしっかりして。後は私が引き受けますから、治癒にだけ集中しなさい」


「そ、それより、イースを」


 しかし、その要請にタイスは返事をせず、疑問に思った彼は再度確認するように名前を呼んぶ。


「タイスさん?」


「……ごめんなさい」


 彼女は絞り出すように小さくそう一言だけ告げた。


「へ?」


 彼女の一言に全身を何か察するように冷や汗が包み込む。それでも彼は確認せずにはいられなかった。ようやく戻り始めた視界を凝らすように懸命に焦点を合わせる。


「間に合わなかった」


 その言葉が嘘ではないと、イースであった物とラジャが混ざり合って作りだした一つの血だまりが、嫌が応にも視界を取り戻した瞳にありありと焼き付けられた。


 そして傍では、目が慣れるまでその場でじっとしている銀鋭甲の姿もあった。


「必ず倒してくるから」


 言葉を失っている彼に対して、まるで懺悔でもするかのように言うと、銀鋭甲に向かって彼女は走り出した。


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