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異世愛者  作者: 猫護
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破壊は突然に

 それは龍の半身であった。タイスは寸でのところで防御間に合ったが、その巨体にテントは崩壊し、辺りを照らしていた炎は吹き消え、衝撃に耐えきれなかった二人の男は気を失う他なかった。


 これを引き起こした犯人は森の中に居る。騒然とする中、タイスは冷静に思慮を巡らせる。彼女には何が起こったのか大方予測が付いていた。そして、次に取るべき行動も。


「な、こいつは一体何があったんだ!? 二人ともしっかりしろ!」


 騒動に駆け付けたラナスが、ガンテインと三水に声を掛けるも返事はない。


「二人を連れてここから退避してください」


「あ、ああ」


 ラナスが介抱を始めたのを確認すると、首に下げている笛に口をつけ、甲高い音を辺りに響かせると、すぐにその音を聞きつけ二人の男が彼女の下に駆け付けた。


「タイスさんこれは」


「イース、ケナンス、よく聞いて。エルシアが森から出てきたら、一人はラジャで彼女を回収、もう一人はその間に敵の注意をそらして」


「敵って、それに他の騎士達はどうするんです?」


 ケナンスの問いに一呼吸置いてからタイスは答えた。


「私の予想が正しければ、調査に出た者達は恐らく銀鋭甲ぎんえいこうと対峙しているはず。そうなら身内以外を気にかけてる余裕はないの」


「ちょっとまってください。銀鋭甲がここに居るはずが」


「ケナンスよせ、我々は言われた通りに行動するだけだ。そうですよね」


「理解が早くて助かる。私はこれから騎士隊長に避難の指示と対処の方法を伝えに」


 だが、その後の言葉はまたしても轟音にかき消される。それと同時に、森の暗がりからエルシアが飛び出してきた。


「ケナンス行くぞ!」


「お、おう!」


 二人は言われた通りにラジャにまたがり、彼女の下に向かう。


「ちぃ! やっぱりこの仕事断ればよかった! あんなん出てくるなんて聞いてないよ!」


 エルシアはそう愚痴をこぼし、左腕を庇うように右手で押さえながら、味方の居る方へとひたすら走り続ける。


 しかし、それを逃がすまいと後方から轟音の叫びを上げながら、巨体が木々を揺らし近づいてくる。


「もう追いついてきたの!? しょうがない!」


 足を止め、その場で自分が出てきた方角に向き直ると、まだ使える右手を地面に押し付ける。


大地隆針だいちりゅうしん!」


 その言葉と共に右手の腕輪が光輝き、指先から先の地盤がまるでツララを逆さにしたように隆起し、森の中の巨体を捉える。


「エルシアさん! 大丈夫ですか!」


「イース、ケナンス! ちょうどいいところに! 申し訳ないけど乗せてってくんない」


「もとよりそのつもりです。さあ早く」


 イースの手を借りてラジャの背中に跨る。


「援護しろなんて言われてきたんですけど、もう終わっちゃいましたかね」


「ケナンス君、その考えは甘いぞ」


 その言葉の通りに、再度森から雄たけびが上がる。


「ほらやっぱり! 二人とも急いで! レティーラちゃんのとこ向かって!」


「は、はい!」


 ラジャの腹を蹴り目いっぱい加速を促す。その後ろから、地面の隆起を物ともせず、四つ足ですり潰すように歩き、騒動の発端が姿を現した。


 高さ10メートルはありそうな巨体は、尻尾の先まで銀色の鱗で覆われ、その一つ一つが星々の光に照らし映し出される。長い口からは鋭い牙がむき出しになっており、瞳は黒く染まっている。


                 *


 冒険者達を護送して、必要であればイザコザに対応する。後は焚火に当たりながらのんびりして、仕事の終わりまで待つだけ。たったそれだけの簡単なことのはずだった。そう多くの騎士たちは考えていた。


 それゆえに、突如として現れた脅威が、なぜ我々を見下ろしているのかと、ただただ事態を呑み込めずにいた。


「何をぼさっとしている!」


 ザイウスが声を荒らげる。


「いいか! 奴が何であれ、我々がここであれを食い止めなければならない! すぐに拘束槍の用意をしろ! 左右に展開している者達にも、私の合図で発射するよう伝達しろ!」


「隊長! 冒険者の奴らが勝手に撤退を始めています」


「放っておけ、統率の取れない奴らなど充てにならん」


 幸いにも銀鋭甲の歩みは遅く、迎え撃つ支度の余裕は十分にありそうだった。だが、これほどの敵を想定した遠征ではなかったため、装備も人員も十分なものとはとても言える状態ではないのも事実である。


「観龍者が来ました!」


「タイスさんこれは一体どういうことですか! 事前調査の報告にはあんな化け物の記載はなかったはずです」


「あの報告書は安全を保証するものではありません。そのことについて議論なさりたいのであれば好きにしていただいて結構ですが、そうではありませんよね」


「……ああ、今しがた奴の足止めの準備をするよう使いを走らせたところです。それで、何か手立ては?」


「あれの体は堅い鱗で覆われています。まずはあの鱗を削いでから攻撃を仕掛けねばなりません。動きを止めるのはその後です」


「了解した。では、爆槍の一斉投擲の後、拘束に移るということでよろしいか」


「ええ、その手はずでいきましょう」


「隊長! 拘束槍の準備が整いました!」


「作戦変更だ。全員にありったけの爆槍を持たせ、私の合図で術式投擲、その後間髪入れずに拘束槍を放つよう伝達しなおせ」


「了解しました」


 伝達に騎士が走って行ったのと入れ違いにエルシア達が帰ってきた。


「レティーラどうしよう! あんなの出てくるなんて聞いてないよ!」


「とりあえず落ち着いて、ラジャから降りなさい」


「観龍者殿、ご無事で何よりです。それで、私の部下はどうなりましたか」


 その質問に直前まで活発だった表情に影が落ちる。


「ごめんなさい。信頼して彼らの命をあずけて下さったのに、その信頼を私は守ることが出来なかった」


「いいんです、彼らも騎士になったからには覚悟は出来ていたはずです」


 口ではそう言っているものの、鉄兜の裏側は苦悶の表情で溢れていた。


「ザイウスさん、作戦中は我々も出来る限りの援護は致します。また何かあればすぐに駆けつけますから」


「ええ、それではご武運を」


 作戦とは言ったものの、この場にいる誰もが奴を倒せる自信は無かった。しかし、多くは残されていない時間の中で、導き出せる精一杯でもあった。


「三人とも、話があるからこちらへ」


 タイスが騎士達から少し離れたところまで三人を誘導すると、辺りに一度目配りをしてから話を始めた。


「これから話すことは彼らの士気にも関わりますから、その時まで他言はしないように」


 その言葉に黙って頷く。


「彼らはこの後銀鋭甲の動きを止め、攻撃に移ると話していましたが、最悪の事態については言及していませんでした。これは恐らくそれ以上の手立てがないからですが、もし、彼らの作戦が上手くいかなかった場合、我々で奴を倒さなければなりません。そうなった場合、非情ではありますが、銀鋭甲を倒すことだけに集中してください。いいですね」


 エルシアとイースは頷いて見せたが、ケナンスには同意できかねなかったようで、口を開いた。


「それって、つまり騎士達を見殺しにしろってことですか」


「場合によっては」


「そんな、それってあんまりじゃないですか! 俺は、俺はそんなこと」


「あなたの言いたいことはよく分かります。これが他の場面であればまた違った決断が出来たでしょう。しかし、今は違う。この命令はケナンス、あなたの命を守るためでもあるんです」


「それでも俺は」


「ケナンス、もう時間がありません。私は力に見合った命令しか出しません。この意味が分かりますね?」


 そう言われてしまえば誰だって黙って頷く他無かった。


 この間にも、冒険者達は緑地を踏み潰すように荷車を走らせ、空には赤い閃光が放たれた。

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