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異世愛者  作者: 猫護
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招かれざる客

 意外な来客であった。

 

 確かに求めていた出会いではあるが、観龍者が俺を訪ねる目的に見当がつかなかった。


「じゃ、先に寝るわ」


 事が始まる前に巻き込まれたくなかったのか、言うな否や彼女は席を立って行ってしまった。


「えいや、どうも、こんばんは」


「ええこんばんは。ですがもうお休みになられるようなので私はこれで」


「あいやいやちょっとまってください! なにか用事があったのでは」


「用事という程のことかは分かりませんが、あなたが私たちを探していると小耳にはさみまして」


「それでわざわざ?」


「ええ。お隣よろしいですか」


「は、はい」


 隣に座られると彼女との身長差がより際立った。俺より頭一つ大きな体から、すっらと伸びた手足、鋭い目つきではあるがくっきりとした目元をしており、このような女性に隣に居られるのは少々の気恥ずかしさがあった。


「だけど、よくここが分かりましたね」


「黒い髪をした人はあなた位しかいませんからね。周りの人間に聞いたらすぐに分かりましたよ。それで、用事と言うのは?」


「えっと、それはですね」


 まてよ、世界を知るには観龍者を頼る、これは間違っていない。だが、ここで馬鹿正直に異世界に飛ばされたと言っても信じてもらえるものだろうか。きっと頭のおかしな奴と思われるのが関の山だ。さてどうしたものか。


「その、そう! 実は自分、環境の異変について調査をしていまして、そう言ったことに精通しているあなたに是非お話を聞きたいと思いまして」


「そうですか。ではその環境の異変とやらに答える前に、質問しても?」


「え、ええ勿論」


「まず、あなたの出身地をお聞きしたいのですが」


「あー、それは」


「それは?」


「に、日本ですね」


「ニホン、失礼ながら私はその名前に聞き覚えがないのですが、それは国、それともあなたの村あるいは街の名前ですか?」


「国、ですね。そうここからずっと遠くにある国です」


「そうですか。では次に、その環境調査とやらはその国による指示なのか、それとももう少し小さな団体によるものですか?」


「い、いえこれはあくまで個人的な興味でして」


「そうですか。では最後に、魔術を使用することは可能ですか?」


「いえ、これっぽっちも」


 ここまでの質問に嘘はついていない。もし下手に嘘がばれれば不信感を抱かれ最悪俺の質問に答えてくれないかもしれない。そう考えて正直に答えたはずなのだが、眉一つ動かさない彼女に少したじろいでしまう。


「なるほど。あなたは武器を扱うために体を鍛えているようにも見えませんし、それに加え魔術の心得もない。それなのにあなたが従えているのは少女一人。とても身を守れるとは言えません。それにもかかわらず、あなたはここからずっと遠くの地から来たとおっしゃる。それに、調査と言う割に装備もほとんど無いに等しい。これっておかしくありませんか」


「そ、その」


「その、なんです」


 まさかここまで疑り深い人だとは思いもしなかった。こうなるのが分かっていれば正直になど話はしなかった。仕方がない、このまま続けても素直に質問に答えてはくれないだろう。ダメもとで真実を話した方がいくらかましだろう。


「これまでの答えに嘘はないんです」


「ええ、嘘をつく者は皆そう言います」


「で、ですから、これからお話しすることにも嘘はないんです。いいですか、嘘は、無いんです」


「念を押されたところでそれを判断するのは私です」


「わ、私はこことは違う世界から来たんです」


 その発言を聞いて一瞬だけ彼女の顔が歪んだ気がした。だが、ここで怯んではいけない。あくまで強気でその主張に勢いをつけるのだ。


「なにを言い出すかと思えば」


「いえ、ダメです。質問をしたのはあなただ。だから、あなたには私の話を最後まで聞く責任がある。話を続けます、いいですね」


「……いいでしょう、続けなさい」


「では、ことの始まりから。私は少し前まで日本に居ました。しかし、ある日いきなり知らない部屋に運ばれ、そして一人の女性と会いました。その女は自分のことを神だと言い、私にこの世界の異変を調査するように迫りました。勿論最初は断りましたが、結局は逆らえませんでした。そして、目が覚めるとこの世界に。ここまではいいですか」


「いいも何も理解の余地がありませんね」


「ええそうでしょう。しかし、ここからが本題です。つまるところ私は元の世界に帰りたい。でもその女の命令を完遂しなければ帰る手立てがない、そこで、なんでもいいんです、情報が、助けが欲しいんです……。お願いします」


 今度は確実に顔の引きつりが見て取れた。無理もない、俺だって知らない人にこんなことを言われて冷静でいられる自信はないのだから。だが、一絞りの情報でも聞き出す必要があるのだ。ここで引くわけにはいかない。


「もし、仮に、その話が嘘偽りのない物だとして、あなたの助けになるような情報を私は持っていませんし、第一助ける義理などありません」


「だが、あなたは俺の話を聞いた。そして、俺の境遇を知ってしまった。確かにここでどう判断を下すかは自由です。しかし、仮にここで俺を見捨てたとしたら、あなたは事情を知ったうえでこの哀れな男を見捨てたことになる。だが、どんなに些細なことでも手を差し伸べたのであれば、この先の俺の旅がより良いものになるかもしれない。どんなに些細なことでもいいんです、お願いです、どうか、どうか……」


 彼女は目をつむり深く息を吐き出すし、澄ました顔に整えると俺の目を見た。


「嫌な言い回しをするものですね。ええ、ええいいでしょう。あなたの望むものかは分かりませんが、哀れな男を助けてあげます」


「ほんとうですか!? ありがとうございます!」


「しかし、立場上制限なく情報を渡せるわけではありませんし、第一あなたを信用したわけではありませんから、そのつもりで」


「はい!」


「ではまず最初に、あなたの言う世界の異変とやらですが、残念ながら現在そのような情報は入っていません」


「そ、そんな」


「そもそも我々観龍者が全ての地に精通している訳でもありませんし、ただ他の冒険者より探索域が広いだけなんです。そう、一つだけ、今日に限った異変なら、急に龍が姿を現さなくなったことくらいですね」


「龍が居なくなったんですか」


「それは分かりませんが、何か起こってからでは遅いので、先ほど騎士達に冒険者を守るよう陣形を変えさせました」


「そうですか……」


「あまり役に立つような話ではないと思いますが、一応伝えておきます」


「いえ、無理を言ってすみませんでした。助かります」


「それと、これは異変に関することではありませんが、これからも存在するかもわからない元の世界に帰る為に旅を続けるつもりなら、カラススに立ち寄るといいでしょう。そこでなら魔術に関して良い出会いがあるかもしれません」


「カラスス、カラススですね! それは街ですか?」


「ええそうです。私が言えるのはこれくらいですね」


「ありがとうございます。それと、忙しい中訪ねて頂いたのに、こんな話に付き合わせてすみませんでした」


「その点はお気になさらずに。龍が出てこない以上特に仕事もありませんし、それにあなたの話が妄言でなければ、有益な情報になり得るかもしれません」


「ええ、妄言ならどれだけ良かったか。はは」


「そう、嘘でないならあなたの居た世界について話して貰えませんか? 少しは信憑性が高まるかもしれません」


「そうですね、何から話したらいいか。例えば」


「おいおい! これからあたしは仕事だってのに、男なんか引っ掛けていい御身分なことで」


 その声に思考は一瞬にしてかき消された。顔を上げるとタイスさんと同じような格好をした女性が立っていた。


「エルシア、早合点はやめなさい。彼とはただ話を」


「ただの話だろうがそうじゃなかろうが関係ないね。イースもケナンスもみんな暇してるってのに、あたしはこれからお堅い騎士達と森に入んなきゃならないんなんて不公平だって話よ!」


「仕方ないでしょ、あの二人はまだ入って間もないし、あなたは先輩でしょ。我慢しなさい」


「そんなんレティーラだってそうじゃんか」


「でもあなた、何かあったとき私より上手く指示でき無いでしょ?」


「へーへー、どうせあたしは役立たずですよ」


「あなたね、そうやってまた早合点するのやめなさいって言ってるでしょ」


 いつまでもやり取りが続きそうなので仕方なく割って入ることにする。


「あ、あのーこちらの女性は?」


「あ、あーごめんなさいね。あたしはアクラド・エルシアよろしく!」


 そう言って手を差し出されたので、立ち上がってそれに応じる。


「三水 銀です」


 それにしても、タイスさんに比べてえらく活発というか、元気な人である。察するに同じ観龍者なのだろうが、皆が皆堅い性格をしている集団とばかりと思っていたがそうではないらしい。


「彼女は、もうお分かりかと思いますが私と同じ観龍者です」


「そうそう、女の子と侮るなかれ! あたしめっちゃ強いからね!」


「は、はあ」


 子、は余計ではと思うがややこしくなりそうなので口には出さなかった。


「それで、君は一体何者なのかな~。もしかしてレティーラと親しい仲?」


「や、そのなんというか」


「からかうのはよしなさい。彼はそうね、訳あり冒険者ってところよ。さっきも他愛のないやり取りをしていたところ、それ以上でもそれ以下でもない関係です」


 正直に言うべきか悩んでいると、そううまいこと誤魔化してくれた。


「ふーん、訳ありね。そう! ところで君は観龍者になってみる気はあるかな?」


「え、なれるんですか?」


「あなた、またそうやって」


「まあそう言わずに、さあどう思う?」


 質問の意図は分からないが、なれるのであればこんなに都合のよいことはない。


「あります」


 その答えを聞くと、彼女は満面の笑みを浮かべたが、対照的にタイスさんは額に手を置き、困ったように首を振った。


「うんいい返事だ! ならこいつをあげよう」


 そう言って腰に提げている鞄に手を入れると、包み込まれた何かを取り出した。


「あの、これは?」


「今すぐってわけにはいかないけど、もし君が強くなって、その時にまだ入る気があったら、それを誰でもいい他の観龍者に見せてごらん」


「え、いまなれるわけではないんですか」


「無理無理、だって君見るからに強そうじゃないんだもん」


「ミスイさん、あなた観龍者が何をしているのかあまりご存じないでしょ。知ればきっと入りたいなんて」


「あーまたそうやって暗いことを言おうとして、そんなんだから誰も入ってくれなくなるんだよ」


「あなたは気軽に勧誘しすぎなのよ」


「しょうがないじゃん、こうでもしなきゃ来るものも来ないよ」


「とりあえず、これは貰っておきますね」


 貰ったものをズボンのポケットにしまうと、複数の足音が近づいてきているのが聞こえた。


「観龍者殿、準備が整いましたのでそろそろ始めたいのですが」


「はいはい、じゃあ行ってくるね」


「ええ、くれぐれも用心だけは忘れずに」


 一瞬この間の文句でも言いに騎士たちが来たのかと身構えてしまったが、どうやらエルシアさんを呼びに来ただけらしい。堅牢な鎧に包まれた集団と共に、エルシアさんは鎧も着ないで暗い森に消えていった。


「ええと、それで何の話をしていたんでしたっけ」


「あなたの世界についてお聞きするところだったんですが、今夜はこの辺で止めておきましょう」


「なんだか楽しそうな声が聞こえてきたんですけど、一足遅かったみたいですかね」


 荷造りを終えたのか、ガンテインさんが戻ってきていた。


「ガンテインです、どうぞよろしく」


「どうも、タイスです。では私もそろそろ仕事に」


「ああっと、すみませんその前にお聞きしたいことと、それからお伝えしたいことがありまして、よろしいですか?」


「伝えたいこと? なんでしょうか」


「それが、昼間に同業者から龍が姿を現さなくなった、ていう話を聞きまして」


「ああ、そのことですか。それでしたら現在原因究明の為に森に人を出しましたからあまりご心配なさらずに」


「そうでしたか。そうそれでですね、そのことに関連しているか分からないんですけど、なぎ倒された木々を見たとか、爪痕があったとかも言ってまして」


「ええ、そのことならこちらでも把握しています」


「あーそうでしたか。すみません余計なお節介を」


「いえ、ご協力感謝します。他に要件が無ければ私はこれで」


「そうそう! 他にも丸い鉄板みたいな物を拾ったって見せてくれましたよ」


「鉄板、ですか?」


「あれは、確か私の顔くらいの大きさで、銀色でしたね」


「銀色、鉄板……」


 誰に言うでもなくそう呟くと、口元に手を当てて、まるで何かを思い出すかのように黙り込むと、今度は腰の鞄から一冊の本を取り出し、ページをめくり始めた。


「鉄板、それはなんていうかその、鱗みたいな形をしていたりは?」


「鱗、そうですね。言われてみればそんな気も。あの大丈夫ですか」


 しかし、その言葉に反応もせずまたページをめくり始める。そして、あるページで手を止めると、焚火の近くに寄っていった。


「これは、でもそんなはず……」


 火に照らされた彼女の顔がみるみるうちに険しくなっていくのが分かった。


「それは! それは、確かな情報ですか」


 本を凝視していたかと思うと、急に声を荒らげ、それでも本からは目を離さずに質問をしてきた。


「え、ええ。この目で見ましたから」


 その言葉を聞くと勢いよく本を閉じ、それから森の方に視線を向け、それとほぼ同時に轟音が静寂を切り裂いた。


「うわ! なんだなんだ」


「ああまずい! すぐに招集を」


 と言い終わる前に、空に閃光が広がり、その下で何かが一瞬影を落とすと、その何かが俺の視界を埋め尽くした。

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