危機管理
撃龍祭二日目の昼時を過ぎた頃、森を進む五人の男達がいた。各人重装とはいかないものの、頭や胸を金属の鎧で守り、ある者は剣を、ある者は棍棒を持ち、戦うに申し分ない装備をしている。その中でも、先頭の二人は確かな実戦経験を積んだ老練者であり、それに対して後ろの三人は冒険者として日が浅かった。
彼らもまた撃龍祭の参加者であり、今も龍の姿を求めて森の奥深くまで探しに来ているところであった。
「おかしい」
先頭の一人がそう呟く。
「ああ、確かに変だ」
隣の男も同意を示し、頷く。
「なにが変なんですか」
二人の緊張とは反対に、後ろの一人が気の緩みきった言葉を投げかける。
「ここまで探して見つからないのはおかしいって話だよ」
視線は常に前に向けながらそう言葉を返す。
龍が見つからない、このこと自体は特段おかしな話ではない。野営地から近い森林は、多くの冒険者が集うため競争が激化する。そのため、獲物にありつける可能性は低くなる。しかし、その反面、奥地では同業者が減少するため、腕に自信のある者は、こうして奥深くまで足を運ぶのである。
その可能性の高さに加え、彼ら二人は過去に何度か撃龍祭に参加した経験があるため、今頃には会敵していてもおかしくないという自信があった。そして、実際彼らはなぎ倒された木々や大きな爪痕を発見していた。
だが、そんな彼らをあざ笑うかのように、辺りは静寂に包まれていた。
*
「いつまで寝てんだ!」
誰かがそう叫んだかと思うと、体に衝撃を受け一気に目が覚める。何事かと思い体を起こそうとすると、即座に頭に強い痛みが走った。
「いってえ」
そう呟きながら、頭を押さえて起き上がり、定まらない焦点で辺りを見渡す。どうやらテントの中らしいが、昨夜飲みすぎたのか途中からの記憶がない。
「やっと起きたかこの寝坊助野郎」
再度背中から言葉が飛んでくる。その方向を、やっと明瞭になった視界で捉えると彼女が立っていた。
「ああ、おはよう」
「うわ酒癖くせえ、話しかけんな」
そう言って鼻をつまむと、追い払うように手を振る。が、そこまでやり取りをしてようやく気が付く。
「おま、もう平気なのか!? いつ起きたんだ!? どこか体は痛むか?」
「寄るな触るな話しかけるな! 酒臭いって言ってんだろ!」
「だ、だっておまえ急に倒れて、それで、全然起き上がらなくて、うっうっ」
急なことで頭の整理が追いつかず、感情だけが膨らんでいく。が望まぬものまでせり上がってきたらしい。
「な、なんだよ、泣いてんのか?」
「ちょ、タンマ」
「へ?」
頭痛にかまけている余裕もなく一目散にテントの外に出ると、地面に向けて目いっぱい口を開く。
「おええええええええええ!」
直後、胃の中で膨れ上がったものが一気に食道を駆け上り、滝のようなゲロを吐いた。
「きったねえ」
「ぐッ、しょうがないだろ気持ち悪かったんだから」
「飲みすぎたお前が悪いんだ」
「そりゃそうだけど……、あれ?」
外に出て初めて気が付いたが、昨日よりもテント周りが寂しくなっている。特に、あれだけ存在感を放っていた龍の姿が無かった。
「やっと起きましたか」
「ガンテインさんおはようございます。どうも昨夜はご迷惑をお掛けしたみたいで」
「いえいえ、うちの者が飲ませすぎてしまって。それより、そちらの彼女も元気そうで何よりです」
「ええ、おかげさまで。そうだ、あのここに居た龍の姿が見当たらないんですが、それになんだかさっぱりしたというか」
「あー、それはですね、今朝方他の業者達と一緒に街まで運びましてね、それに大半の連中も付いて行きまして」
「なるほど。あ、でもそれなら、なんで残ってるんですか」
「それは……」
なぜかこの質問に言葉を濁してしまう。
「お前がいつまでも寝てるから移動できなかったんだよ。それくらい考えろ!」
彼女から厳しい指摘と共に、蹴りを一発尻に喰らう。
「ああ! でも気にしないでくださいね。明日の集団に混じって帰ることもできますから」
「すみません、何から何までご迷惑を」
まさかこんなことで迷惑をかけるとは思いもよらず、彼女の暴力に反応することもできなかった。
結局今日もまた厄介になることになったが、治療をしてもらったからか、彼女が駄々をこねることはなかった。そのかわり、また森に行くとでも言いだすかと思ったが、時々外で素振りをする以外、基本的にはテントで大人しくしていた。まあ、流石に病み上がりで無茶が出来るような状態でも無かったのだろう。
かく言う自分も、出来れば再度観龍者探しに出かけたかったのだが、よほど飲みすぎたのか動き回る気力が湧いてこず、明るいうちのほとんどを寝転がって過ごした。
「ひょえー、こんな世界でニートみたいなことしてていいんだろうか」
緩み切った口からそんな言葉が訳もなく出てきた。
「ニート? 何の話だ」
「ああ、何でもないよ気にしないで」
こっちではニートといった言葉が使われていないらしく、変な目で見られてしまった。
「ふーん、なあそれより、さっきから外が少しうるさくないか」
「そうかな」
言われてみれば少し騒がしかった。人が大勢移動しているような足音も聞こえるし、荷車の軋むような音もしている気がする。
「どれ、ちょっと確認してくるよ」
そう言ってテントから顔を覗かせてみると、鎧の男達が慌ただしく動いていた。丁度外にいたガンテインさんとラナスさんに聞いてみることにした。
「おお、もう酒は抜けたか?」
「ええまあぼちぼち。それでこれは一体何をしてるんです」
「それが私たちも詳しく聞いてないんですけど、念のため騎士隊を森に面するように配置するとかって話で」
「それで鎧の集団が動き回ってると」
確かによく観察していると民間人の集団より前に出る形で隊を再編成しているようだった。その中に、行きしなザイウスさんが話していた拘束具とやらの存在も見て取れた。
「念のためってことは、何かあったんですかね」
「さあな。大方、あの異音騒ぎのせいだろ」
「異音、ですか?」
「なんだお前、聞こえてなかったのか。なんか森の方でグオオオオってすごかったんだぜ」
「へへへへ、すみません多分その時寝てました」
「まあその後何も起こってないんで、これも杞憂に終わると思いますけどね」
「そうですよね、何も起こらないのが一番ですよ」
「おいおいわざわざ龍狩に来た奴の台詞とは思えんな~!」
「あはは、こりゃ手厳しい」
「ま、なんにせよ明日おさらばする我々には関係のない話だ。食事にするから連れも呼んできな」
「はい」
それから彼女を連れて夕食を頂いた。昨日の大人数から打って変わって四人だけの食事であったので、随分こじんまりとしたものになった。
食事を済ませると、明日はもう帰るだけなので不必要なものは荷車に積み込むことにした。と言っても荷物なんてものはほとんどないので、彼らが支度をしている間、彼女としばらく焚火にあたっていた。
「なあ、一つ聞いていい?」
「なんだよ改まって」
「その、昨日倒れたことなんだけど、何が原因だったのかなって」
「あー、そりゃ、知らないね」
「そ、そうか」
「それだけか?」
「いやその……」
本当は髪の色のことなど聞きたいのだが、話を紐解いた時イーリスのようにはならないとも言い切れない。それに、辛い思いをさせてしまうような質問であるなら、そんな思いをさせてしまうくらいなら、自分の胸に秘めておいた方が、よっぽどましだと詮索することを辞めた。
「そう、それだけ」
「ならそろそろ寝るとするかなぁ」
「そうだね、俺もそうしようかな」
「あら、折角来たのに間が悪かったようですね」
「へ?」
突然の声に顔を上げると、そこにタイスさんの姿があった。




