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異世愛者  作者: 猫護
19/99

過ち

 本来であれば彼女を一人にして出かけるのはふさわしくない状況であろう。しかし、次にいつ観龍者と一緒になれるか分からない以上、ここで再度接触を図っておくのが最適なのも事実である。ならば、少なくとも我々に好意的なガンテインさんに、彼女の面倒を頼むのが最善である。


 話し合いも落ち着いたのか、彼は嫌な顔一つせず面倒を見てくれると引き受けてくれた。


 頼んでおいて何ではあるが、多少の不安を感じながらテントを後にする。


 が、しかしどうだ。どれくらい経っただろうか、気が付けば木々は長い影を落とし、辺りでは夜を迎える灯りがあがり始めている。探せど探せど居ないのだ。タイスさんどころか観龍者の影すら捉えられない始末である。


 幾度となく、満たしそびれた腹を香しい匂いがくすぐり、それでもすぐに見つかるだろうと高を括り結局昼の時間を過ぎてしまった。


「もう限界だ」


 力なく吐き出したその言葉を最後に、探すことを諦め彼女のところに帰ることにした。


 テントまで戻ってくると、ガンテインさん達も例に漏れず夕食の支度を始めていた。


 今すぐにでも食事にありつきたいのが正直なところではあるが、ただで食事を頂くほど俺は礼儀を忘れてはいなかった。腹の鳴るのをぐっとこらえガンテインさんに手伝いを申し出る。


「すみませんガンテインさん、ただいま戻りました」


「あ、戻られましたか。どうでした? 観龍者の方には会えましたか?」


「いえ、それがちっとも。それで彼女の様子はどうです?」


「相変わらずぐっすり眠っていますよ。体調にも変化はないようですし、そのうち良くなると思いますよ」


「何から何まで頼ってしまってすみません。それで何か手伝えることは」


「ああいいんですよ、これくらいのこと龍の件に比べれば何てことありません。さ、座って待っていてください」


「いやしかし」


「いいから座って座って」


 半ば強引に端に追いやられると、あとは作業を傍から見てるしかなった。よくよく考えてもみれば、野営初心者に支度を手伝ってもらうより、手慣れた仲間内で素早く済ませた方がいいに決まっているのだ。そう考えてしまったとき、俺はいい意味でも悪い意味でもお客さんなのだと実感した。


 彼は仕事をくれたお礼だと言っていたが、それは彼女の功績であり、主観的に見れば俺はただの扱いに困る存在なのだ。


 そうして勝手に劣等感に浸っている間に、準備が整ったらしくガンテインさんが俺を手招いていた。


 ガンテインさんの横に呼ばれると、心地の良い匂いが鼻に流れてきた。ここでも焚火を中心に円に座るスタイルのようで、火にかけられた大きな鍋の中はグツグツと煮えたぎっている。


「それでは、ミスイさん挨拶を」


 彼にそう言われると、体格のいい男たちの視線を浴びる。だが、いざかしこまった挨拶をしようとしても、なかなか言葉が浮かんでこないものである。


「あっと、そのテントまでお借りしているのに挨拶が遅れてしまいすみません。三水銀です。ほ、本日はこのような素敵な場に呼んで頂きありがとうございます。本日はどうぞよろしくお願いします!」


 急ごしらえとはいえ上出来ではないだろうか。チラリとガンテインさんに視線を送ると、察してくれたのか代わりに挨拶を締めてくれた。


「それじゃ、皆乾杯!」


 その言葉を皮切りに食事が始まった。そそくさと腰を下ろすと、乾燥したパンのようなものと赤くドロドロとした汁の入ったお椀、そして木製のコップを渡される。


 汁の中にはゴロゴロと肉のようなものが沈んでいて、それをスプーンですくって液体と供に口に運ぶ。その瞬間、強烈な獣臭さが口の中いっぱいに広がり、思わず吐き出しそうになる。


「どうだい、自分で倒した獲物の味は」


 ぐっと吐き気を我慢している、そんなことと露ほども知らずに隣の男が話しかけてきた。何とかして喉に流し込み、男の方を見る。


「ぐっ、倒したって、もしかしてこれ」


「そう、龍の肉だよ」


 自分よりも一回りほど大きな体で、金色の髭を蓄えた男は嬉しそうにそう言った。


「ラナスだ、よろしく!」


「ど、どうも」


 握手に応じると屈強な手で痛いほど握られ、思わず顔を歪めてしまう。それを見られすぐに手を放してくれた。


「おおっとすまん、それで、どうよ龍の味は」


「ど、どうって、美味しいですよ」


 期待を込めたような笑顔で迫られ、つい嘘をついてしまった。


「ほーそうか珍しいな。大抵初めて食べた奴は食えたもんじゃないって言うんだがな」


「へーそうなんですか」


 当たり前だ、こんなもの好んで食べるわけがない。俺の気遣いを返して欲しい。


「でも皆さん平気で食べてるみたいですけど」


「ああ、慣れだよ慣れ、そのうちこの味が癖になってくるんだ」


「そういうものなんですか」


「それにこいつ、街で食べると結構な値段になるんだぜ。高級品よ」


 えらいもの好きもいたものである。あれか、食べたことはないがジビエ料理に近いのかもしれない。


「ま、ここじゃいくらお代わりしてもタダだからな、遠慮せず食べてくれ」


「はは、それじゃあお言葉に甘えさせて頂きます……」


 えらい人に絡まれてしまった、そう考えながらパンのような物に齧りつくが、硬すぎてなかなか歯が入らない。


「違う違う、お前ザラスも食べたことないのか。こう汁に浸して軟らかくしてからたべんだよ」


「こうですか?」


 言われた通りに赤い汁に浸してみる。すると先ほどまでガチガチだった生地がみるみるふやけていく。


 頃合いをみて再度口に運んでみる。なるほど、確かに食べやすくなった。なったが、汁にまで溶け込んだあの龍の臭いがすべてを台無しにしてくれる。


 逃げ場を求めてコップの液体を流し込む。が、苦みが舌を通り、喉を突くような刺激にたまらず噴き出してしまう。


「げえ、なななんですかこれ」


「なんだ、酒はダメだったのか」


「お酒ですかこれ!?」


 言われてみれば故郷で飲んだお酒に似てなくもない、気がする。しかし、これほど強烈なお酒は初めてである。


「ああ! すみません、てっきり平気なものかと思って、お聞きすればよかったですね」


 ガンテインさんがそう申し訳なさそうに謝ってきた。


「いえ、飲めないわけじゃないんですけど、ここまで強いものは飲んだことがなくて」


「水、持ってきますね」


「そんな、大丈夫ですから。これくらい飲めます!」


 ここまで世話になっているのに、これ以上手を煩わせては申し訳ないので、平静を装って残りを飲み干す。


「おー、良い飲みっぷりだね。さ、お代わりもあるぞ!」


 壺のような水筒からコップになみなみと酒を注がれる。


「うわ、またそんなにたくさん注いで」


「大丈夫ですよ」


「そうそう、ガンテインお前は心配しすぎだ」


「だからってそんな、ミスイさんも無理なら無理って言ってくださいね」


 大量に飲めるような代物ではないが、あとコップ一杯くらいならなんともないはずだ。それに、知った味に似たモノに触れられたのが少しだけ嬉しかった。


 二口ほど飲むと、体に酔いが回ったのか気分が高揚してくる。そうなると、あのえげつない臭いも、アルコールに破壊された鼻腔内の前には何の脅威にもならない。


 風味もへったくれもなくなった料理を流し込むように食し、酒を飲む。ついには頭まで酒が上ったか、気分がいい、この食事も悪くないと錯覚できるほどに気分がいい。


 ああそうだ、こんなに気分がいいのは寝たきりの彼女に悪いな。食事を持って行ってやろう。


「ガンテインさん! 彼女の分の料理も貰えますか!」


「え、ええ用意できますけど、多分起きてはいないし、そもそも食べられないんじゃ」


「ありがとうございます!」


 ガンテインさんから料理も貰ったので彼女の様子を確認しにテントに向かう。中に入ると、彼女は相も変わらず静かに眠っている。


「よく食べずに寝続けられるなぁ、ほらご飯持ってきてたぞー」


 彼女の横に座り込み数回手を鳴らす。それでも起きる気配はない。まあいいか。


「起きないなら代わりに食べちゃうからなぁ。旨いんだぞこれー、うわやっぱマッズ」


 ここまで反応が無いのは、もしかしたら死んでるんじゃないか、そう思って耳を口元まで持っていくと、確かに寝息を立てている。


「寝る子は育つって言うけどなぁ、はぁ」


 他にやることもないので体を左右に揺らしながらぼーっとしていると、不意に魔術モドキをした時の黒いモヤを思い出した。


「そういや俺魔術使えるかもしんないんだよな」


 グウと拳に力を込めてテキトウに天井に向けて腕を上げてみる。しかし、なんの反応も起きない。


「おっかしいな、こう、こうか?」


 今度はアルコールのおかげで強く脈打つ腕に意識を集中する。


「おりゃ!」


 腕に一瞬強い熱を感じたかと思うと、腕からあの黒い煙が出てくるのが見えた。が、次の瞬間勢いよく煙が噴出し、辺りを包み込んだ。

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