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異世愛者  作者: 猫護
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不穏

 逃げるように彼女の後を追うと、車列から離れた人気のない草地に佇んでいる姿を見つけた。確かに奴隷と罵られて気分の良い者は居ないだろうが、それにしたってトンデモナイことをしでかしてくれたものだと、少しの憤りを抱きながらそばに寄っていく。


 だが、その憤りを吐き出すより先に彼女が口を開いた。


「なあ、そんなに、そんなに私の髪はダメなのか」


 質問の意図が分からず困惑に怒りが押しつぶされる。髪の毛、腰まで伸びたそれは確かにここ最近の出来事で汚れてはいるが、多分そういった意味ではないはずだ。


「お前は、私の髪が嫌いか」


「いやまさか」


 それを聞くとゆっくり深く息を吐き出し、その場に座り込んでしまった。つられて横に座り彼女を見ると、そこにいつもの活力に溢れるものはなく、力なくただただ遠くを見つめる瞳があった。


 こんな時、頭一つ違う少女にかけるべき言葉を俺は知らない。仲の良い友人や家族であれば怒りの原因を聞きだすこともできただろう。しかし、出会って間もない、ましてや奴隷の身分にまで落ちた彼女に何を聞けばよいかなど、希薄な人生経験から導きだせるはずもない。


 だから、先ほどの行動を叱ることもせず、ただひたすらに沈黙を続ける他ないのである。二十歳も超えた男が、少女の出方を窺うしかできないとはなんと情けないことであろう。


 だが、しばらく待ってみても彼女は一向に行動を起こそうとしない。それどころか、騒動のせいで一口も食事をすることが出来なかったものだから、胃が、食欲が体を急かして沈黙を維持する集中力さえ奪っていく。


「あー、そろそろ移動しない? 汁物だけじゃお腹もすくだろ」


 気が付けば慰めや気遣いの言葉を発するよりも先に、間抜けな台詞を口にしていた。そうしてゆっくりと自分に対する嫌悪感が湧いて出、きっとそれがなかなかに引きつった表情を彼女に向けているはずだった。


 そんな俺の言葉が空虚に消えていくと、彼女はこちらを見ずにゆっくり立ち上がった。


「そうだな」


 ぽつりと一言だけ放つと、ズボンをはたき群衆へ歩みを進める。優しい言葉の一つもかけてやれない俺はその後を遅れて追いかける他なかった。


「じゃあ何を食べようか。やっぱりお肉がいいかな」


 そう彼女の背中に言葉を投げるが、まるで届いていないようで、この状況を打破する一言にはならない。そんな顔色を伺う俺を気にもかけず彼女は黙々と雑多を進む。


 と、急にその足が止まり少し遅れて自分も立ち止まると、我々を呼ぶ声が前方から、群衆をかき分け近づいてくることに気が付く。


 ガンテインさんであった。


「いやー探しましたよ。騎士隊のところに居るって聞いたのに居ないんですもん」


「いやまあ、それで何か用が?」


「用もなにも解体が終了したんで清算に伺ったんですよ。それで」


 と、何かを言いかけると、彼女を一瞥し俺の傍まで来て耳元に顔を近づけてきた。


「彼女、騎士隊相手に何をやらかしたんですか」


「あぁそのことですか、それが少し嫌味を言われてそれが癇に障ったみたいで」


「はーそれで彼らもあんなに殺気立って」


 ちらりと彼女を確認すると、彼の気遣いが裏目に出たのか、訝し気に睨む瞳と目があってしまった。


「とりあえずその話は置いといて、清算に移りましょうよ」


 無理矢理話を断ち切ると、促すように彼に案内を頼む。そうして背中に機嫌の悪さを感じながら彼の横に付いた。


「そう言えば撃龍祭に参加するのに、何故事前に契約を結ばなかったんですか?」


「契約と言うと、解体業者の?」


「そうです。初日に現地契約なんてよっぽど順調に狩が進んでないとそうはありませんからね」


「恥ずかしながらそういった事情に疎いまま参加を決めてしまいまして」


「なるほど、まあそのお蔭でうちも仕事にありつけたんで、皆感謝してますよ」


「そんなこと言ってましたね。おかげで助かったとか何とか。ガンテインさんも契約していなかったんですか?」


「いえ、契約自体はしていたんですけど、その冒険者たちが壊滅しましてね」


「へ? 壊滅ですか」


 一瞬耳を疑ったが、彼はそれがさも当然のように言い放って見せた。


「ええ、全く困った連中でしたよ。夜中にも関わらず武勇を焦って狩に出たもんですから」


 確かにあの龍にはひどい目に遭わされたが、そうは言っても彼女一人で対処出来てしまったのも事実であり、我々より事情に精通しているであろう集団が、容易く壊滅させられるなんてことがあるのだろうか。


「ほら着きましたよ」


 連なる二つのテントに、解体器具を載せるのであろう大きな荷車、談笑をする者や器具の手入れをする者、そして、それらを見下ろすようにありありとその存在を示す、あの龍の姿がそこにあった。


 清算はテントで行うとのことで、周りに軽く会釈を交えながら中に入っていく。寝具であろうかけ布に枕が隅に積まれ、鍋などの調理器具が置かれる中、大層重厚な作りの箱が目に付いた。


「用意しますんで少しお待ちを」


 そう言うと軋みを立てながら箱を開け、中からずっしりとした布袋を取り出し差し出してくる。


「どうぞ確認を」


 確認と言われても秤も無ければ単位も分からないので、袋の口を開けそれらしく中身を見る。白濁とした不透明な鉱石がゴロゴロと顔を覗かせた。


「大丈夫だと思います」


「それはよかった。ところで話は変わるんですけど、今夜はどこでお休みになるつもりですか?」


「今夜? あ、」


 質問の意味が分からなかったが、言われてみれば今夜またザイウスさんのお世話になる訳にはいかなかった。あんなことの後で戻るような度胸はないし、第一彼女が受け入れないだろう。


「そこで提案なんですが、良ければうちに泊まっていきませんか?」


「いいんですか!?」


「ええもちろん」


 渡りに船である。今すぐ二つ返事で承諾してもいいのだが問題が一つ。


「私はごめんだね」


 予想通りの反応が横から飛んでくる。


「お、おいお前それは失礼が過ぎるぞ」


「いいんですいいんです。無理に引き留めるつもりもありませんから」


「ほら、こいつもそう言ってるしさっさと出てこうぜ」


「あのなぁ、そりゃ相手も悪くないとは言わないけど、そもそもこうなったのはお前が原因で、それを折角の提案まで断るってのは流石に看過できないぞ」


 と、彼女の顔が一層険しくなる。


「お前も、私が悪いっていうのかよ」


「いや、だからそういう話じゃなくて」


「うるさい! ならてめえ一人で厄介になればいいじゃねえか!」


「ま、まあまあ二人とも落ち着いてください」


 なだめるのも聞かずに彼女は出口に向かって行ってしまう。がそれを引き留めようとしたとき、急に足をふらつかせたかと思うとその場にしゃがみ込んでしまった。


 彼女の前に回り込むと、肩で息をし右手で胸を抑え込み苦しそうに俯いてしまっていた。


「おい、大丈夫か?」


 そう言って手を伸ばすが、力ない左手で払いのけられてしまう


「うるさい、かまうな」


「か、かまうなってそんな」


「いいから!」


 これまた息も絶え絶えにそう叫ぶとゆっくりと立ち上がり歩き出そうとする。が、その瞬間ふっと力が抜けたかと思うと、前のめりに倒れ込み、それを寸でのところで抱き止める。


「し、しっかりしろ! おい! どうしたんだよ急に!」


 突然のことに狼狽えてしまうが、ガンテインさんが駆けつけてくれた。


「落ち着いてください。とりあえず布団に寝かせましょう」


 すぐに布団を敷いてもらい言われるがまま寝かせるが、やはりぐったりとして起き上がる気配のない様子に、頭が働かなくなる。


「どどどうしたら」


「気付け薬を使ってみて、それで様子を見てみましょう」


「それでよくなるんですね!?」


「様子を見ないことにはなんとも、私だって医術に長けている訳じゃないですから。とりあえず座って落ち着いてください」


「落ち着けってたって……」


 こんな時でさえも、自分の無能さに嫌というほど向き合う他なかった。

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