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がめついパイロット

がめついパイロット サラマンダーの汗

作者: 電子紙魚

 アレンは手を尽くして息子の病気の特効薬を調べた。

 存在を知った時には小躍りするくらいうれしかった。

 薬は薬剤師に頼べばちょっと金はかかるが作ってもらえる。

 問題は材料の1つが入手困難なことだった。

 伯爵のアレンにとって息子の命は財産よりも貴重だった。

 すべてを差し出して惜しくないほどに。

 冒険者ギルドに依頼を出したが、待てど暮らせど依頼を受けるものは現れなかった。

 時が経つにつれて症状は重くなってくる。余命は1年と医者に聞かされアレンはついに自分で取りに行くことを決意した。

 商人ギルドで道案内を探した。金のためなら命を張る商人もいる。

 武芸の心得がないアレンは身を守ることもできない。

 貴族として幼い頃に剣や槍、弓矢を習ったがどれも身につかなかった。

 武の道はさっぱりだったが、領地経営は順調で父親のころよりも栄えるようになった。

 護衛兼道案内に名乗り出る商人も現れなかった。

 途方に暮れたが、財力にものをいわせてある人物にたどり着いた。

 待ち合わせ場所にアレンは近侍とともに出向くとジャンがいた。

「あなたが私の願いをかなえ「金で人の面をひっぱたくな」」

 ジャンはアレンの言葉を遮った。怒りが含まれていた。

「私はそのようなことをした覚えはないのだが」

 顔色を窺うようにアレンは下手に出た。

 貴族なのに強気に出られない。武術が駄目だったのは身体能力ではなく性格に起因していた。

 帰ろうとするジャンをアレンが必死になって引き留めた。

 ものをいったのは聞くだけで金貨50枚だった。

 言行不一致なのだが両者ともに気にしていない。

 一通り話を聞いて、「道案内はする。だが護衛は無理だ。別に雇ってくれ」

 1本の藁に縋るつもりで七重の膝を八重に折った。

 ジャンがため息とともに、「道案内はジャンの一言を追加しろ。その中からあんたが選択すればいい」

 冒険者ギルドの依頼書にジャンのことを追加した。

 応募者が殺到した。二の足を踏んでいたのがウソのようだ。

 アレンの依頼は金額としては魅力的だったが場所が悪かった。

 身の程知らずの冒険者であっても命は惜しい。帰還率が1%にもならない場所に赴くものはめったにいない。

 だが優秀な道案内が付くとなればこれほど美味しいものはない。

 アレンは選抜に困り、冒険者ギルドにふるい落としを依頼した。

 ギルドとしても裕福な伯爵に貸しが作れるので喜んで請け負った。

 夜明けの旅人、妖精の角、ドラゴンの足跡の3つのパーティが選抜に残った。

 アレンはそれぞれのパーティと面接した。

 予定では10日の行程だが、同行者と相性が悪いなんて最悪の状態はアレンも願い下げだった。

 アレンが選んだの妖精の角だった。盾のイワン、剣士のアレクセイ、魔法使いのカリーナ、神官のタチヤーナ、

盗賊のイリアの5人組だった。

 バランスがよかったのとカリーナのマジックバッグの容量が多かったのが大きな理由だった。

 アレンは文官であり従軍経験がない。粗食になれていないし野宿も無理があった。

 専用の馬車でアレンは移動と寝泊まりをする。

 そんなことができるのもジャンが馬車での移動に太鼓判を押したからだった。

 馬車が立ち止まっていた。前を巨大な岩が塞いでいる。

 リーダーのイワンが盾職にふさわしい大きな体でジャンに詰め寄っていた。

「これはどういうことだ? 通れないじゃないか」

「ここは地盤は緩いし地震も多い。こんなこともあるさ。邪魔者が道を塞いでいた場合排除するのは

護衛の役目だったと思うけど」ひるむことがない。

 イワンはフンと鼻を鳴らし離れていく。アレクセイ、カリーナと顔を寄せ合った。

 イワンとアレクセイが岩の周りを見て回る。アレクセイが剣で印をつけた。

 カリーナの魔法で岩の一部が砕け崖を転がり落ちた。

 道といっても馬車が通れる幅ぎりぎりの比較的平坦な地面が続いているだけだった。

 誰かが削ったように崖はあるし、地割れが埋まってもいた。

 日程よりも2日も進んでいて、明日には予定の地点に到達することになっていた。

 こうなると妖精の角が狩りを願うのに躊躇がなくなった。

 アレンは帰りならばと譲歩したが、ファイヤーラビットが姿を現したことで歯止めがかからなくなった。

 ファイヤーラビットの毛皮は防寒に優れている。

 火山地帯にいるためとても希少性が高い。この2つが相まって少し傷があっても1枚金貨20枚になる。

 冒険者としてぼろ儲けのチャンスは逃せない。

 半日近く追いかけて1匹を狩った。一度ついた金への妄執は果てがなくなった。

 妖精の角は護衛を忘れて狩りに夢中になった。

 ラッキーはいつまでも続かない。イリアの目と鼻の先にファイヤータイガーが立ちふさがった。

 前足の一振りでイリアの右半身は焼けただれた。

 急な出来事に妖精の角の動きが止まった。ファイヤータイガーが立ち去ってタチヤーナが駆け寄った。

 虫の息のイリアに回復魔法をかけたがタチヤーナの手に負えなかった。

 イリアの瞳から生気が消えていく。イワンがアレンにポーションをねだった。

 目的を果たすまで指示を厳守することを条件にポーションは使われた。

 イリアはかろうじて死の淵から舞い戻った。

 温厚とはいえあまりの身勝手さに怒りを覚えたアレンはイリアを馬車に乗せることを拒否した。

 イリアはイワンが背負った。アレンと冒険者たちにひびが入った。

 馬車の御者はアレンの家臣が務めていた。炊事も彼の仕事だった。

 彼の作った料理は妖精の角にもふるまわれていた。

 仕事は伯爵家の兵士で騎士見習いだった。

 御者に抜擢されたのは料理ができることだけでなく、忠誠心が高いためだった。

 主である伯爵の譲歩にもかかわらず冒険者どもは勝手な行動をし迷惑をかけた。

 それでもファイヤーラビットの肉の1つでも持って詫びをいれればよいのにしなかった。

 それまで食事は同じものを用意していたが、伯爵には黙って別にした。

 馬車にある魔法の倉庫にはまだ食料が余っていたが、足りなくなったと大幅に質を下げた。

 彼はずっと伯爵と別なものを食べていたので、自分と同じものに切り替えただけだった。

 アレンは食通というわけではなかったが好みにはうるさかった。

 味付けについての会話が偶然イワンの耳に入った。

 昼に食べたものと違っていた。夕飯かと思ったが、耳を澄ませているとやはり昼食らしい。

 聞き捨てならないと御者に怒鳴った。

「俺たちは伯爵と同じものを食べる権利がある。伯爵の謝罪を要求する」

「身分をわきまえろ。伯爵様のお心の広さにつけあがるな。食事を与えられるだけありがたいと思え」

 イワンも黙っていない。言い争っているとアレンが御者台に顔を出した。

 双方の言い分を聞きながらジャンに顔を向けた。

「ジャン殿は私の用意した食事を一度も食べていないようだがどうしてかね?」

 すました顔で、「舌にあわないからだ。塩がきつすぎるし、味も単調だ」

 腕に自信がある御者が食って掛かった。「俺の腕が悪いというのか?」

「そうではない。この世界の調理技術が低すぎるんだ。調味料もないし」

 アレンが興味を持った。「ジャン殿が食べているものを分けてはくれないか?」

 しばらく視線を斜め上にさまよわせて、「一食一人前金貨20枚なら提供しよう」

 御者とイワンが目をむいた。貴族御用達の店でも金貨1枚で一食一人前が食べられる。

 庶民に至っては一食銀貨1枚以下なんてざらにある。

「ならば今夜7人前を頼む」アレンは平然と返した。「伯爵様、わたしには分が過ぎます」

 御者の慌てぶりに、「お前の料理が馬鹿にされたのだ。ジャン殿が豪語するだけのものか比べてみよ」

 御者は納得できないものの主の命令でもあるし、がぜん興味が湧いてきた。

「イリアはまだ回復していない。いらないだろう」イワンの言葉に背中のイリアが反応した。

「じょ、冗談じゃないぜ。それ、それほどのものが食えるんなら何とかする」

「何とかなるわけねぇだろうが」イワンにジャンが、「金貨10枚出せば即座に回復するポーションを分けてやる」

「そんなポーションあるはずがない」疑わしそうにイワンがジャンに返した。

「本当なら払う」イリアがイワンの肩を叩いた。「即金なら受けよう」

 ジャンの言葉にイリアが詰まった。妖精の角に金貨10枚の持ち合わせなどない。

 アランが助け舟を出した。「わたしが一時的に肩代わりしよう。依頼料からの差し引きでいいかな」

 イワンに顔を向けた。苦い顔をしながら、「それで頼む」

 ジャンのゲルに入ってアランは感嘆の声を上げた。

「まるで宮殿の一室のようだな」部屋の中は涼しく、昼間のようにまぶしい光に満ちていた。

 外は汗が噴き出るほどの暑さだというのに中は別世界だった。

 真ん中に10人が楽に食事できる大きさのテーブルがドンと置かれていた。

 ジャンの隣にアラン、その隣に御者、ジャンの正面にイワン、アレクセイ、タチヤーナ、カリーナ、イリアの順に座った。

「冷たい食べ物というリクエストだったので3品用意した」

 ジャンが指を鳴らすと全員の前に野菜たっぷりの冷製パスタ、ゆで豚のピリ辛ソース、ビシソワーズ風冷製スープが現れた。

「おっと忘れていた」もう一度指を鳴らすと、それぞれの前にガラスのグラスに銀製のカトラリーと

水の入ったフィンガーボウル、テーブルナプキンが出現した。

 使い方の知らないアランたちのためにフィンガーボウルで指を洗い、手を振って水を切った。

 テーブルナプキンは2つ折りにして膝にかけた。

 もう一度指を鳴らすと赤ワインのボトルがそれぞれの前に出てきた。

「ナイフにフォーク、スプーンを使って食べてくれ。マナーはあるんだが、今日は難しいことは言わない。

ただ手づかみだけはやめてくれ。それとワインも勝手に飲んでくれ。食事が終わったらデザートとコーヒーも

ある。まぁ中座しても咎めたりはしない。ではいただきます」ジャンが手を合わせた。

 アランたちもジャンをまねた。

 マナー違反だが食器がカチャカチャと音を立てる。もぐもぐと咀嚼音が響く。さらにスープも音を立ててすする。

 ジャンは苦笑いしながらも黙って口を動かした。

 アランと御者は無口で味わっているが、イワンたちは口にものをいれたまましゃべっていた。

 皿の上がきれいになってアランが声をかけた。

「まさかジャン殿は毎食このようなものを食しているのか?」

「この中の時はだいたいそうですね。たまにファストフードで手軽に終わらせることもありますが」

「これを食べてしまっては明日から何を食べればいいのやら」

 アランが物欲しそうにジャンを見つめた。

 ジャンが両手を胸の前でクロスして、「今回限りです。でもまぁ世の中には1日に1回の食事すら満足に

食べられない人たちもいますから、ぜいたくを言ったらきりがありませんよ」

 大きく頷いて同意した。「全くです。ビリーよ。明日からはわたしもお前たちと同じものを食べよう。

それでいいかな」質問を向けられたイワンが慌てて、「伯爵様に従います」

 デザートのレアチーズケーキに舌鼓を打ち、ホットコーヒーでくつろいだ。

 翌朝から妖精の角からの要求は一切なくなった。

 1匹の巨大なサラマンダーと妖精の角は対峙していた。通常のサラマンダーなら妖精の角の力量で

何とかなったかもしれないがそれは大きすぎた。体長が10m、体高が5mあり、通常の3倍近い。

 御者も攻撃に加わっていたが、全員がぼろぼろになっていた。

 1人として死んでいないのが不思議なくらいだった。

 サラマンダーの炎が地面をなめた。熱せられて土が融けた。

 このままでは『サラマンダーの汗』が手に入らないと見たアランが、

缶ビールを右手にロッキングチェアで観戦しているジャンに呼び掛けた。

「サラマンダーの汗を取ってきてもらえませんか?」

「手を貸しますから伯爵様自らで採取することをお勧めします。汗はご子息の命を助けますが、

その下にあるものは伯爵家に栄光を与えますよ。おっとここから先は有料です」

 ジャンが左で口を押えた。

 伯爵はためらうことなく、「いくら出せばよい」「金貨50枚」

「それで頼む」

 アランはジャンが説明したコースを合図に従って走った。

 事務作業ばかりで身体を動かしていなかったのですぐに息を切らした。

 イワンたちも頭上から響いてくるジャンの声に従ってサラマンダーをけん制した。

 20分後にジャンは『サラマンダーの汗』の欠片と下にあった瓶を肩から下げたバッグに入れていた。

 伯爵の息子は7日後には完治した。さらに10日後、国王から王女の命を助けたものに

王女との結婚を約束すると全国に公表した。

 アランはジャンから聞かされていた通りに『サラマンダーの汗』の下から出てきた瓶を献上した。

 瓶内の薬で王女は床を払い、息子は王女と婚約した。


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