第23眼 損得は愛故に捨てて下さい! の2つ目
…ふぅ。
OKOK。深呼吸だ。そう、クール。クールに行こうぜ、砂原愛。
とりあえず理解した。この国、絶対変。
「まあ、ちょうどあの…なんと言ったか、木っ端貴族が言っておりました答えと奇しくも同じ結論なわけですな!カハハハ!」
「要らないよ!心の底から要らないよ!」
「い!?」
「こんな滅亡寸前で厄介事と面倒事の塊みたいな国!って言うかそうじゃなくても国とかいらないよ!めんどくさいよ!心の底からめんどくさいよ!」
「い、いやはや……まさか、一国丸々差し出して何の躊躇もなく断られるとは………世界が違うと常識が違う、と言うのも改めてハッキリ感じますなぁ。ですが……」
ニヤリ、と笑って下からのぞき込んでくるハク。
「まだ、違いますのぉ。それもまだ、正確ではございません。」
ミドリーと同じか、それよりも更に若干若い位かと思っていた。ちょうどその時した、考えが読めないというか、意地の悪そうな笑顔は、どこかで見た事があると思えばミドリーのそれとそっくりなのだ。だがこちらを馬鹿にするというよりかは、私の勘違いを楽しんでいるような、邪気を含んているはずなのに無邪気としか言えないような、そんな笑みだ。
この笑顔を見てようやく、彼女がやはり王族の一人である事を認識した。
…?
……あれ、なんだかさっき誰かが言ってたような気もしないでも……気のせいか?
だが、それはそれとしてだ。
彼女と話していて感じるこの違和感はなんだ……
これまでもそうだが、この少女、なんだか、と言うかかなりおかしい。
この世界で話したどの相手とも違うし、ましてや地球でも同じような相手に遭遇した事はない。強いて言えば、まるで現実ではない、漫画やアニメに出てくるキャラクターのような作り物めいた雰囲気を感じる。そして外見の幼さに見合わない強烈な個性。
持っているスキルの事もあり始めから警戒対象ではあったのだが、ここに来て私の中の警戒心は煩わしい程の警鐘を鳴らしている。
「じゃあ…早く正解を教えてよ。」
「カハハ!ええ!まあ、この国を全てアイ様の財産として懐に収めていただきたいと言うのは相違ないのですがのぉ?より正確に言うなら、この国の美味しい所だけ、利益だけ、良いとこ取り、と言う訳ですな。つまり『この国にある物で欲しい物を、欲しい時に、欲しい所から、欲しい分だけお渡しする』と言う、そのような提案でございます。」
……はあ?
「勿論面倒事全般の方は、許していただけるのであれば我々アスノート家の者が引き続き行わせていただく事もできますのでご安心くださいませ。統治、人員物資情報の統制管理、帳簿が煩わしい財政管理まで。全て私共でやらせていただけますし……アイ様からのご提案を頂ければ実現可能な物は全て実行いたします。ああ!それも勿論このままでも良いのですが、口約束が不安と言う事であればこの国に王より上の位を作り、それをアイ様にお譲りするというのも一興ですなぁ。」
何言ってんだ、コイツ。
「おや、まだ想像できないと言ったお顔ですな。それでは……金はもちろん、物、人、地位、情報、知恵、技術。他にも個人ではできない人手……まあ情報操作や市場操作、後は噂の流布から諜報・扇動のサクラもですな。この国にある物は路傍の石から、例え王の命でさえも……全てアイ様の自由に御使い頂けるわけです。アイ様の担うご用事とやらの一助として頂ければ、と。如何でございます?」
「いや如何じゃねぇよ、なんだよその話全く信用できない…」
さっきまで命狙われてた気がするんだけど私…
落差がすごい、って言うかなんでこうなったのかわからない。ここに来て手の平の大どんでん返し。
理由も結論も意味不明過ぎて胡散臭いにも程がある。
タダより高い物はない。美味しい話には裏がある。
「って言うか、この国を守ってほしいって話じゃなかったのこれ!?なのに、それを、その国を差し出すって。本末転倒ってレベルじゃねーぞ…」
「いいええ。それも、違うのですよ。アイ様。」
「はぁ?」
「ワシらは全てを差し出しますが、それに対価を求めません。」
「………」
人間は、混乱が過ぎると思考が停止すると言う。今、ハクが何を言ったのかわからない。
言葉が頭の中に、自分の中に入ってこないで、自分の周りをぐるぐる回っているような感じ。
「交換条件ではない、これは自主的な献上なのです。そう。供物を、神へ、奉納するのと同じ事なのでございます。」
「…………素直に信じられると思うわけ?そんな話」
「勿論ワシらにも思う所……願いは、ございます。なれどアイ様におかれましては、難しく考える事は何もございませんし、信じる必要もございません。先程も申し上げました通り、これは条件等ない、最早交渉ではございません。この国を差し出す事は、決定事項でございます。アイ様が例え今ご納得されずとも、言って頂ければ……その時にこの国が残っていれば、好きな時に好きな物を持って行っていただければと。ただ一言、そのお許しを頂きたいのです。ワシらカー・ラ・アスノートと言う国が、勇者アイ様の所有物であると言う事実に。」
「……」
ハクがまた頭を下げて姿勢を低くすると、今度はその後ろにいたアッカーを始めとする全員、同じようにかしずく姿勢を取る。
どう考えてもそこらの一般人に王様がして良い態度じゃない。それを、新たに王様になったはずの彼も、だ。
なんだよこれ……無茶苦茶過ぎるだろ。
「ハク、だったっけ。」
「はい。」
「その提案を考えたのはアンタなの?」
「ええ。左様でございます。」
この話題になって話し始めた事もそうだが、その意図を説明する時に次々に言葉が出てくる事からそうだろうとは思っていたが間違いなさそうだ。
「成程。私にとって利益ばかりの良い話なら断る理由がない。……本当に利益ばっかりなら、ね。」
「……」
「良い話には裏があるってのは、どこでも一緒だろう?ならテストをしようか……この国を素直に信用できるかのテストだ。なに簡単さ、君たちの、ないしは君の本音を聞かせて貰えればいいだけなんだ。」
「本音でございますか?」
「ああ。少しでも嘘が混じったとわかれば、例えメリットがどれだけ多かろうと断るからそのつもりでね。じゃあ早速だけど、この提案の主旨を教えて貰おうか。この提案に至った、一番の理由…目的はなんだ。本音を言え。」
「……言って、良いのですかな?」
「ああ、包み隠さず全部だ。」
「…あっ!?アイ様!!」
突然キーロから声が上がる。その声色は、後悔だ。
心配するような、間違いを咎めるような、失敗を未然に防げなかったような。
直後、ではなく直前。キーロの声が聞こえたと認識するよりも早く、それは動いていた。
キーロちゃんの声がしたと気が付いた時には、既にハクが目の前に居た。
今の私に対応できないはずの速さではないが、完全に油断していて反応できていなかった。
自分が傷つく事はないだろうがあまりに突然の出来事のせいで、咄嗟に殺すかどうか逡巡してしまった。
その隙にハクの手が自分へと伸びていた。
…そういえばコイツのスキルは私と同じ四文字+四文字。どんな効果だっけ。もしスキルを使われたら、私もしかして今………
瞬間。
躊躇う心は捨てた。今こそ人を殺す時だ。
左手を手刀のように薙いで…狙うは首。落とす。
「愛、でございます!」
「………………」
ハクの首に触れる直前で手が止まった。オレンジ色の長い髪が数十本切れて宙を舞い、残りもつむじ風のような風圧に舞い上がる。
風圧に遅れて気が付いたハクは、それでも一瞬も怯える事無く私の手を握る。
愛?
私?
「………あ?」
「ワシは勇者様を、勇者と言う存在を!愛しておるのです!敬愛しております!慕っております!我が魂が震えるのです!勇者と言う尊き存在に!これは愛!いやさこれを愛と呼ばずこの世に愛が存在し得ましょうか!いいええありません!勇者様とお近づきになれるのであれば国も家族も自分自身もどうでも良いと言うのが人間のあるべき姿でありそれこそが人類平等の幸福の形でございます!純潔は是非勇者様にと大切に大切に守っておったのでアイ様が女性だという事だけは誠に心残りではございますがワシはそんな些細な事を気にはいたしません!この命がある内に勇者様と見える事が出来た事は奇跡と言う他無い幸運!望外の僥倖でございます!なればワシはきっとこの日この時の為に、アイ様と一つになるために生まれてきたのだと確信しております!少しでもお近づきになるその為であれば何を投げうってでもそうするのは最早魂に刻まれた本能とすら言える行いでしょう!ワシは-」
「ぎゃあァアイャーーー!!!」