第23眼 損得は愛故に捨てて下さい! の1つ目
「……え……アイ、様?」
「一国のお姫様を、『はいあげます!』『ありがとう!』なんて、なるわけないじゃん?ちょっと冷静になって見ればわかるじゃない。」
「そんな…嘘です!」
嘘だ。
真っ赤な嘘だ。
「そりゃ可愛い子は好きだから?貰って下さいって言われれば悪い気分じゃないけどねぇ。まあぶっちゃけ逆に言えば、可愛い子なら誰でも良いわけで。キーロちゃんがお姫様だからーって理由でそんな高い値段つけられても、ねぇ?」
「そんな……」
嘘だ。
吐き気がする程の嘘だ。
「だいたい、私これから野暮用で旅に出るつもりなわけで。戦えないお姫様とかお荷物って言うか足手纏いなんだよねぇ。」
「…」
嘘だ。
道中はアイテムボックスの中で快適に過ごして貰って、安全な場所でだけ外に出れば、問題なく一緒に旅ができる。きっと楽しいだろう。そうしたいと、考えなかったわけじゃない。
あの時、あの言葉は、魂からの叫びだ。
『妹になって欲しい。』
その言葉を、私は、嘘や冗談で言う事はできない。
でも、ダメなのだ。
「ああ、まあでもそこのダメ親父に愛想が尽きたってなら、アイテムボックスで連れて行ってあげるよ?思い出した時にたまに相手してあげる程度で良ければね。」
ああ、嘘だ嘘だ嘘だ!私は大ウソツキだ!
あれだけキーロちゃんを悲しませたくないと思っていたのに。
この口から出ている言葉はなんだ?
この言葉はいったいどれだけ彼女を傷つけるだろうか。
キーロの目を直視する事ができない。
…実は私の事なんてなんとも思っていなくて、全然気にならなかったりしてくれたら……それはそれで悲しいけれど、嬉しいんだけどな。
「大人の女は、簡単に信用しちゃいけないよ。」
ああ。そしてこれだけは、どうしようもなく本音だ。
そしてどうやら、私のこれが断り文句だと全員が理解したんだろう。重苦しい空気が流れる。
痛みに耐えるような表情をしながら立ち尽くす。私の話が終わって静かになっても、誰も次の言葉をつづけられないでいた。
たった一人、陽気な顔を見せたハクを除いて。
「そろそろ、よろしいか?」
!?
キエエェエェェェエアァァアァアシャベッタアァァアアァァァァアァア!!!!
ええ、ええええぇぇ!?お前何、普通に喋れるのぉ!?寡黙系女子じゃないのぉぉお!?って言うかなんでここに来て突然しゃべるの!?え、え、どういう事誰か教えてえええ!!
「約束だ。ここからはワシが引き継ぐが、問題ないかのぉ?」
「…頼みます」
一人称が『ワシ』っ…!?なんとなく位置とか所作から巫女っぽいと思ってたが、実はまさかののじゃロリババアでした!!
なんだこいつ属性がてんこ盛りだよ…オプション全部乗せかよ……濃い、濃いぃよ…
アッカーが小さな声で呟いたのを聞くと、満足したような表情で話し始めるハク。
持っていた杖のような物をその場に置き、それまでかしずく時にしていたよりも更に姿勢を低くした。
「勇者様。アイ様。まず本題に入る前に、ワシとこの国が働いた数々の御無礼に謝罪を。何より、相対しながらここまで挨拶が遅れた事、お詫び申し上げます。」
そう。彼女はずっと無口を通してきた。
あれだけ偉そうな場所に居ながら、興味がなさそうなわけでもないのに、一切の言葉を発しなかったではないか。最初からスキルの突出した異常さもあってただのモブキャラとして見てはいなかったが、逆に言えばそれ以外には情報が無いと言っても良い。そういう意味でも全くどういう人物か読み取れない。
顔をあげるハク。
長い長い美しいオレンジの髪が、それにあわせてサラリと揺れて主張した。
巫女らしいと言ったが、彼女が身に着けている衣服はこの国で見た他の人物たちとはかなり違う雰囲気を持っている。肌の露出は他と比べて多いのだが、布面積が少ないというわけではない。オレンジと黒の大きな帯で飾り付けでもされたように、ぐるりぐるりと全身にアシンメトリーに巻き付けられている。そしてそれらは場所によっては体のラインを見せるようにぴったりと、反面だらしなく巻いたマフラーかしめ縄のようにダラリと下がり、遊びを持った所が彼女の動きに合わせてゆらゆらと揺れる。先程はこの格好のままとてつもない速度で駆ける姿も見たが、とても動きやすいとは思えない。実用性のある普段着としては絶対に選ばれないだろうと断言できる、奇抜な恰好だ。
それらの上から、さらに長いオレンジ色の髪が背中側へと添えるように流れて伸びている。
「ワシはこのカー・ラ・アスノートのヤタ。名をハクと申します。」
「…ヤタ?ヤタって…何?」
「この国のヤタです」って言われても、いやヤタってそもそも何ですか。聞いた事がない。
「……?『ヤタ』は、神語…多くの勇者様方が使ったとされる、『ニホンゴ』だと記録には…」
「日本語!?」
ヤタと言う単語より、そちらの方が無視できないインパクトを放っていた。
全く予想して無かったわけじゃないが、ここまでストレートに出てくるとは…
多くの勇者が使ってたって事は、やっぱり勇者は日本人に偏ってた?もしくは全員が日本人?なんでそんな事になるんだ…?
………気になるけど、答えが出ない問題か。今考えても仕方ない。
「日本語、ねぇ。まあ確かに、日本語は知ってるけどさぁ……」
「御無礼を申しました。」
「いや、別に。でも、日本語……神語って言ったっけ。それって、この国の人たちの名前に入ってる、アッカーの赤とかキーロちゃんの黄色みたいな?」
「っ!ええ、左様でございます!」
「うん…」
間違ってないらしい。だが、そうなると尚の事わからない。
「いや、っていうか、それでも……ヤタって言われてもわけわかんないんだけど。」
恐らく言い方から察するに役職か何かだろうと思うが、記憶の中にそれらしい物はない。
「ふむ、そういう事もあるのですなぁ……なら、細かく言えば違う所も多くございますが……他の国で言う所の宰相であり参謀、といった所ですかな。」
「ああ、それならなんとなく。じゃあ王様の相談役って感じ?」
参謀と言うのは記憶にある言葉ながらピンと来ないが、宰相ってのはわかる。
「え?いや、その、なんとも……いえ、大きな括りで言えばその通りですな。」
…この反応。当たらずとも遠からず、と言った所かな。うん。
…うん?
「……で、その、ヤタのハクも、私に渡そうとしてたの?……この国の宰相を!?」
ええええええ、もう本当に意味わかんないよこの国!何がどうやったらこんな答えが出てくるんだよ!
いや、ほんと、頼む、ほんとに誰か、1から教えてくれぇ………
「……それも間違いではございませんが、まず訂正をさせていただきたいのです。アイ様。アイ様は勘違いをされております。」
「勘違い…?」
ほう?散々人の勘違いを指摘してきたけど、まさか自分が指摘されるとは。
「あえて誤解が無いよう言い直させて頂きますと、ですなぁ……アイ様が納得する物をワシらが、この国が選ぶと言う事そもそもが間違っていると考えます。アイ様が先程、ミドリーにしておりました『何を渡したならば許せるか』と言う話がございましたが、まさにアレと同じでございますな。ワシらが選ぶ物で納得頂こうと言う事がそもそもの慢心。それは言うならアイ様の価値をワシらが決める行為に他ならないい。それこそ無礼と言うの物です。だからと言って欲する物を口に出せ、と言う事もまた下品。それはワシらが見せるべき、誠意と言う奴ではないでしょう。故に先程お伝えしたのはあくまでも、覚悟の表明なのでございます。」
「…?」
ああ、そういえばそんな事を言ってたね。
……でも結局、何を出せて、見返りに何を求めてるの?
何が言いたいのか…ここまでちゃんと聞いてたのにわからないんだけど。
「つまり?」
「端的に言えば、この国全て、アイ様へ献上いたします。」
………………わけがわからないよ!?