第22眼 私達の全てを貰って下さい! の3つ目
「……………は?」
「…どうぞお受け取り下さいませ。」
わーい!いただきまーす!
………ってなるか!待て待て、ちょっと待て!
「いやいやいや、………え?いや、いやいや。あれ?だって、家族で話し合った、んだよ、ね??その結論がこれ?え、誰も止めなかったの?」
珠玉の間でハクとウルカスがやったように、今度はキーロとハクがかしずく。
なんで「この村一番の可愛い娘を生贄に差し出すので何卒怒りをお沈め下さい」的シチュエーションになってるの!?違うよ!ワタシワルイカミサマジャナイヨ!!
確かにキーロちゃんは、さっき「私の全部を捧げます」みたいな事は言ってた。だから全く理解できないわけじゃない。
けど、けど家族で話し合って、出た結論が、コレ!?
どうしてこうなった!?
「いえ、兄様には強く反対されたのですが…どうしても、と私がわがままを言ったのです。これは、私の望みでもありますから。」
…………あ?兄様には?
「には?…テメェ」
つまり?そこには、その場には父親も、そこのソイツも居たのに、強く反対したのは兄様だけ?
ああ、そうかそういう事か。まず殺さなきゃいけないのは、コイツか。
「テメェは、反対しなかったのか…!」
「っえ、ボ、ォォ」
睨むように視線を向けた。目があったかと思った瞬間、彼は謎の奇声を発しながら突如その場で口から何かを吐き出した。床を打ち付ける水っぽい音を発したそれらが嘔吐物だと認識する前に、吐き出し続けていたそれが血に変わる。
「え、お父様!?」
「あ、ヤバイ!」
無意識のうちに使っていた邪眼を即座に止める。
吐血の勢いが急激に衰えたかと思うと、衣服が汚れる事も気にならない程この一瞬で憔悴しきった様子で、その場に崩れるように両手をつく王。…もとい、「元」王。
「ごめんね、ついカッとなって…。」
あと数秒遅かったら間違いなく殺してしまっていた。
とはいえむしろ、良かったかもしれない。さっきは、今にも全力で殴りかかってしまいかねない程冷静さを欠いてた。そんな事すれば、ただの人間なんてそれこそ肉片だけ残して一瞬で弾け飛ぶだろう。絶対にトラウマレベルの光景だ。そういう意味では自分が冷静になれるきっかけになったと思うし、良しとしよう。
ああ、いやまあ、死んだ方が良いとは思うけど、ここで殺すのはまずいよねぇ。……本当に危なかった。
今ここで、キーロちゃんの前でそれをやったら、ミドリーの時の二の舞だ。
どちらかと言えば自分の事は、『直情的』と言う言葉とは対極にいる人間だと思っていた。怒りは、静かに密かに練り上げる方だ。
だがさっきのそれは、瞬間的に冷静さと理性が吹き飛ぶような、ふと頭に血が昇るような感覚だった。
反省しなきゃ……まださっきのもやもやが残って気が立ってるのかもしれない。冷静さを心掛けよう。
それにしても…
「それにしても、わかんねぇ…どういう風の吹き回しだ?私を一番目の敵にしてたのはテメェだろ。なのに、なんでキーロちゃんを止めない?」
キーロは父親を心配しながらも駆け寄る事に躊躇い、ハクとアッカーは動かない。唯一ウルカスが、倒れた元王の傍へ駆けつけ様子を確認しながらも、同時に扉の外を気にした素振りを見せていた。
私はそれらを視界の端にとらえたまま、未だに息荒く這いつくばるような姿勢をとるソレに向かって、問いかける。
「……私は、王だ……」
「あ?だから?」
「…私は、王として!このカー・ラ・アスノートの代表として、最も国の」
「ふざけてんじゃねぇぞテメェ!!!」
冷静を云々と考えた傍からこれかと自分でも思うが、気づけば生まれて初めて他人の胸倉を掴んで捻りあげていた。
「グッ…」
「テメェは王様の前に父親だろうが!」
言葉にあわせて手に力が入る。そのまま力任せに服で首をねじ切ってしまったりしないように様細心の注意を払いながら。
「私は!父であるより先に、この国の!民の為の、王でなければならないのだ!」
「ならテメェの娘はどうでも良いってのか!?」
「クッ、キ、貴様にはわかるまい!私がどれだけ家族を愛しているか!貴様には!」
「やっぱりここで殺すか…ああ、いや、もう…クソが。……テメェはもう、父親を名乗るな。」
そのまま自分の手と元王様の顔を、汚れた地面にぶつけた。手も汚れたが、気にしない。ただ、これ以上何か言われて冷静さを欠かないよう、ソレが喋る事ができない位には力を入れる。
「ガっ……」
「ああ、そうだね。私もちょっと冷静じゃなかったわ。確かに、テメェの言う通りだよ。王様とかやった事ないからわからんわ。正しい王様の判断の仕方とか、今のテメェの気持ちとかは、さ。でもやっぱり納得はできねぇわ。」
キーロちゃんの事は考えなかったのか?キーロちゃんがどう感じるかは考えなかったのか?キーロちゃんが何を考えてるかは考えなかったのか?キーロちゃんが不幸になるかもとは考えなかったのか?
「あんた等はさ、今みたいに少数で、家族で話してたんじゃないの?そりゃ一人二人違うのも居るけどさ、わざわざ人前でできない相談をして来たんでしょ?ならさ、なんでテメェは、そんな時にまで、自分の気持ちを伝えてないの?王様としては、キーロちゃんを止める事はできなかった、と。ああそう。で?行って欲しくないとか、危ないかもとか、本当に大丈夫かとか、心配だとか、他に方法は無いかとか、そういう事は言わなかったわけ?反対しなかったって事は、そういう事でしょ?」
「……」
「……まあ言ってないんだろうね。そうだろうね。でもさ、まだ私の事が憎いでしょ?信用してないよね?ついさっきも『貴様ニワー』とか言ってたし。そんな相手に娘を渡すってのに、それってどうなの?もう会えなくなるかもとか考えなかったの?王様としては反対できなくったってさ、それが本意じゃないとか、別に方法が思いつけばそうしたいとか、何にも言えなかったわけ?………何も言われなかったキーロちゃんが、自分は父親に必要とされていないかもしれない、大切にされてないんじゃないか、愛されてないんだろうかって…そうやって不安に思うかもとか、考えなかったわけ?家族で内緒話してる時でさえ?最悪、これで話せるのが最後かもしれないのに?キーロちゃんの為に何をしようと思ってたかってのもそうだけどさあ。キーロちゃんが、それでどう感じるかとか、そこらへん何も考えてないでしょ。」
「……」
「アイ様…」
おおむね言いたい事は言えて、大分冷静さを取り戻してきた。が、とどめに汚れた床の上を転がすようにソレを投げる。
「テメェの中身が、頭から爪先までもう全部王様だってんなら……子供の為も思えねぇし、子供の気持ちを端から無視して当たり前だって思ってんならさ…父親だなんて名乗るなよ。虫唾が走る。」
そこまで言って、私はようやく自分自身で理解した。
私が何に怒りを覚えていたのかを。
そして私が言葉を区切ると、ハクが歩いてきて私の手と腕を拭った。
胸倉を掴む手を、血とゲロで塗れた両手で鷲掴みにされてベッタベタになっていた事に今更気が付く。
うへぇ………くさい…
それに、他人に体を拭かれるのはなんだかなれない。
作業を終えたハクが無言のまま再度かしずく。
そしてウルカスが再び元王近付くが、本人がそれを制止し、自力でなんとか立ち上がる。
無言の中、代表だと言っていたアッカーが蚊帳の外になっていた事を思い出す。
沈痛な表情を浮かべながらも次の言葉が出て来ないのは、現状があまり芳しくない事を理解しているからだろう。
ここまで悲愴な顔をされると申し訳ない気持ちにはなる。
キーロちゃんの為になら、少しくらい融通を利かせてに良いとは思う。
けど、この条件では受けられない。受けたくない。
だから。
私は、そして一番言いたくなかった言葉を口に出す決意をする。
「……それとさ、キーロちゃん。」
「はい。」
「多分だけど私が、私の妹になってよって言ったから…だよね。そんな事言い出したのは。」
「……はい。」
「……やっぱりね。」
その言葉に、それぞれが反応見せる。
キーロは決意。アッカーは驚愕。元王クロウは警戒。ハクは納得。ウルカスは…無表情。
だが、全員の反応は次の言葉で逆転した。
「まったくさあ……キーロちゃんも良い大人なんだから。冗談を真に受けないでよ。」
本日のミリアン一言劇場
「……それが、貴女の…お姉ちゃんの、選択なのですね。」