第22眼 私達の全てを貰って下さい! の2つ目
「アイ様、失礼いたします。お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「どうぞー。」
畏まった態度で挨拶をしてきたのは、先程よりも少し華美な礼服と豪華なマントを身に着けたアッカー王子だ。
赤い礼服の上に羽織ったマントは漆黒。私のそれとデザイン自体は大きく変わらない物だ。
そして王子の他にクロウ、キーロ、ハク、そしてウルカスが部屋に入る。他にも居た2人程の御付きは扉より中には入らずそのまま出て行った。私の座っている椅子の近くまで5人が歩いて来て、アッカーが話し始める。
「先程は慈悲を戴きまして、本当にありがとうございました。」
「ん?別にー?」
慈悲?え、何の話?わからないけど返事しちゃった。
「早速で申し訳ないのですが、カー・ラ・アスノートの…代表として。ご提案いただきました捕虜交換に関する返答をさせていただきたく思います。」
「ああ、別に私はかまわないけどさ。…このままここで?…場所移さないの?」
「……」
…なんで黙る。
「さっきの場所、なんていったっけ。珠玉の間?あそこで話さなきゃってんなら戻るよ?……ここで良いの?」
「はい。アイ様がよろしければ、このままここで……」
「ああ、大丈夫だよ。と言うか、王子が代表?って事は…」
「はい。私、クロウ・ミズー・アッカー・カー・ラ・アスノートが本日よりこの国の王となります。」
へー。あ、良いんだ。ビックリ。我ながら無茶苦茶な要求したなと思ってたんだけどなぁ。
やっぱり王妃ってのはそれだけ大切なんだろうか……たとえあんな人物であろうとも。
「ただ、実質私が王を担う事にはなりますが、先達ての助言の通り、先王となる父クロウには暫くの間執務の補佐を任せるつもりです。」
「わかってるわかってる。」
私としては、国の代表として私に接してくる相手が王と妃である事が嫌だっただけ。王が変わってくれるなら細かい所は正直どうでも良い。
「また本来の王位継承に関わる式事等はどうしても時間がなく……公布や王位継承に纏わる祭事は、大分遅れてしまうかと…」
「ああ…いや、そこらへんは別にいいよ。」
「ありがとうございます。他の要求につきましても、全てお請けさせて頂きます。」
「おおう……」
……要求はすべて通ってしまったらしい。
そりゃ家族で話して、少しでも意見がまとまってくれればうれしいなとは思ったけど、まさかここまでスムーズに行くとは思わなかった。というか最初からこうであって欲しかった……なんと言う徒労感!
……ま、結果良ければ全てよしとしておこう。
これからの話し相手は、理知的なアッカー王子。魔法技術を見せて貰って、そのうち勇者召喚を含む危険な情報は処分。向こう二か月間の生活の目途も立って、ミリアンちゃんの名前についても宗教関係者に伝手ができる。
最高だね。
「そして、勇者アイ様。恥を忍んで、改めて申し上げます。どうか、この国をお助け下さいませ。どうか…」
「……」
ああ。
まあそうなるよね。成程。
どうしても力を借りたい。もうなりふり構ってられない。だからこそ要求は全て呑んだと。あっさり呑んじゃうのも、本題はここから先って事ね。
「まあ一応ね…?交渉したいならまず誠意を示せ、的な感じの事言ったのは私だし。私としてはさっきまでの事を水に流してもいいかなくらいの気分にはなったし。だから話くらい聞いてあげるよ。でもさ、それは改めて、私と交渉したいって事で良いんだよね?」
「その通りでございます。」
「良いよ、何度も言ってるけど、対等な相手との平和的な交渉なら拒む理由もない。でも、さ。君らに差し出せる物なんてあるのかい?多分そこも勘違いしてるんじゃないかと思ってるんだけど。」
「……勘違い、ですか?」
おばさんが報酬がどうのと言っていたのを思い出す。あれは私を動かす為のエサのつもりだったのだろう。
私が断る度に値上げ交渉だと勘違いして様子だし、まず間違いないだろう。
「私は別にセステレスに永住したくて来たわけじゃない。まあ、来ちゃったついでだし?幾つかやりたいと思ってる事はあるけど……用事が終われば、帰るつもりだよ。」
「…はい、それは承知しております。」
「そんな私が、この世界でしか使えないお金貰っても嬉しくないわけだけど、そこもご承知で?」
「っ…」
「まあとは言え?お金はこっちに居る間色々する為に使うかもしれないから、貰っておいて困るとまでは言わないけどさ…」
莫大な褒賞金を受け取ったとして、使い道がないとは言わない。だが、たとえこの世界で贅沢を尽くそうが、それに意味を見出せない。それくらいなら、早く帰れる方が余程嬉しい。
「困らない、けど、使う分以上受け取っても意味ないんだよね。だからって、もちろん物で貰っても持って帰れないなら同じだし。地位とか名誉とか尚の事なわけですよ。その他で必要最低限欲しい物は、さっき出した条件で全部なんだよねぇ。さて。で、君らは私に、何を出してどう交渉しようって?」
「………」
眉間に皺を寄せ苦悩の表情を浮かべるアッカー新王。
まさに「苦虫を噛み潰したような」と言った顔だね。
………いや、実際に苦虫を噛んだ人を見た事があるわけじゃないけどさ?って言うかそもそも苦虫ってどんな虫だよ。見た事も聞いた事もねーよ。
「…キーロ」
「はい。」
この部屋に入ってから初めて声を上げたキーロ。名前を呼ばれ、ゆっくりと前に歩み出た。
どうやら彼女も御召し替えをしたようだ。ドレスのデザインや色味に大きな違いはないものの、光沢のあるアクセサリーが模様のように散りばめられている。
そして一歩遅れてその斜め後ろを追従するハク。
くっ…何故ここでキーロちゃんを……!?
キーロちゃんに何をさせるつもりだ!上目使いでお願いされたらなんでも聞いちゃいそうな私が居るぞ!
「アイ様。不安はごもっともでございます…なので私共としては、浅はかだとは承知の上、アイ様が望む物でこの国がお渡しできる物は全て、お渡しする覚悟でございます。」
「望む物全て…ときたか。」
「はい。そしてその覚悟の証明としてまず…私と、ハク。王の血族を二人、献上させて頂きたいと思います。」