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邪眼は正しく使って下さい!  作者: たかはし?
世界転移の邪眼勇者編
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第22眼 私達の全てを貰って下さい! の1つ目

 案内された部屋は、大きな窓から青空が見える明るい部屋だった。

 広い部屋は暖色の家具に彩られ、その中に真っ白な椅子とテーブルが場違いに置いてあった。椅子はバルコニーに出入りできる窓の前にある為、座りながらでも地平線まで続く美しい青空が眺められるようになっている。


 ……嘘をつきました。

 実際には、バルコニーの塀に遮られて地平線は見えないんだけどね。別にそれは、大した事じゃないし。


 私はその青空をただぼんやりと眺めていた。

 青い空、白い雲。

 どこまでも広がる青空の中に浮かんで、少しずつ進んでいく形のない雲。

 それは見慣れた光景でもある。

 「ここだけを写真にして切り取れば、きっと地球の光景とそうかわらないだろう。」

 「ここは本当に異世界なんだろうか?」

 ただぼんやりと空を見つめながら、そんな風に考えていた。

 そんな事だけを考えていた。



「…」



 出されたお菓子は、少しだけ甘いクッキーのような焼き菓子。

 何も考えずに手をのばす。

 口に入れると香ばしさにあわせて、クッキーの上に載っているジャムのような物の香りが鼻に届く。

 きっと果物のジャムの一種なのだろうが、地球で見た事のあるクッキーと果物から想像していたどれとも違った。

 

 美味しい。

 それは、良かった。

 でも、違う。

 お茶とは言った。逆に言えばお茶としか言わなかった。

 私が想像していた紅茶に近い物の他にも緑茶らしき物を同時に用意した上で、「お好きな方をどうぞ」と言われた時にはさすがに驚きはしたさ。

 クッキーもどきが悪いわけじゃないし、私個人の意見としては口の中で紅茶が染みていった時に少しだけ味と香りが混ざるスポンジケーキ系の御菓子の方が断然紅茶には合うだろうに何故クッキーを出すんだと思ったけど、そういう言う事でもない。


 全部、知らない味。

 人の価値観が世界で、国で、地域で、家庭で違うのと同じだ。

 自分でそう言ってて、なんで口に入れるまで気がつかなかったんだろう。

 食べ物の味だって、国で、地域で、家庭で違う。

 世界を跨げば、知らない味と出会う。

 もとの世界の味には、もう出会えない。


 当然だったろうに。何を今更。

 ミリアンに会った事より、自分の体が頑丈になった事より、スキルなんてファンタジーな力を手に入れた事より、この味が、ここは異世界だと体に嫌と言うほど教えてくる。

 

 もう一枚つまんだ堅めのクッキーもどきを歯で砕く時の、ゴリッっとした音と振動。体の中に響いて、体中にヒビを入れて、心まで壊されてしまいそうに感じた。

 だが、壊れてはくれない。



「…はぁ」



 透き通った青空の見える、豪華な城の一部屋で、趣のある調度品に囲まれて、美味しいものを食べながら、心だけがこんなにも上の空。

 椅子とテーブルと私だけが、この部屋の中で異質な物のように思えた。

 次の一枚が本当に自分を壊してくれるんじゃないか?なんて期待してもう一枚口に入れても、やっぱりただの美味しいクッキーもどきが鼻と舌を喜ばせてくれるだけなのだ。

 出されはしたものの、とても一人分とは思えない量が乗った大皿だった。にも関わらずどこか満たされないまま呆けた私は、気づけば最後の一枚になるまで食べ続けていた。


 もう、残り1つだけ…。


 …もうこんなに食べてたのか。

 満たされない、満ちりない。そんな気持ちが、私の手を最後の一枚に伸ばす後押しをしてくる。

 満たされないのはお腹?それとも…

 わからない。

 もはや自分が、まだお腹が減っているのかどうかすらわからない。

 わかるのは、未だ、満たされてないと言う事だけ。



「…ああ」



 そう言えば私は、いつもこんなむしゃくしゃした気分になった時は、のめり込む様に本を開いていたっけ。

 最初に本を読むようになった時もそう。学校で、家で、会社で。イライラの原因がわかる時も、わからない時も。いつだって私は本の中に飛び込んで、それらを紛らわせていた。

 その本が、今、手元にはない。

 空腹だったと言うのも本当だけど、多分私は本がないから、次に気持ちを落ち着けられそうな物として食べ物を選んだんだ。


 じゃあなんで?

 なんで、本が欲しいって言わなかった?

 …そんなの自分でわかってる。

 怖かったんだ。

 例えば私が今、娯楽としての本が欲しいと言ったとしよう。

 もしも異世界人の私では共感できない内容だったら?

 もしも読めない文字で書かれていたら?

 もしも、「ない」と、言われたら?


 自分の望む物が存在しない世界かもしれない、そんな恐怖を、確かめる勇気がなかったんだ。私は…

 私の、この世界での私の心の拠り所は、はたして何になるんだろう?そんなものは、はたしてあるのだろうか。

 もしないのなら、ああ、本当に正しかったのか?私がここに来た事は、本当に正しかったのか?来るべきではなかったのだろうか。私は、帰りたいのか。


 そう考えた時、真っ先に笑いがこみ上げてきた。

 だってなんとも可笑しいじゃないか。

 人は、失って初めて大切な物に気づくと言うけれど、ここまで色々考えた結果、「本が恋しいから帰りたい」だなんて。それが真実なら私は、元居たあの世界では本以上に大切な物がなかった事になるのだから。

 それが可笑しくて仕方がない。


 本以上に大切な物がない。

 それは、文字通りの意味でだ。

 私の中で、本は逃避の為の優れたツールでしかない。

 つまりだから、私にとってそれほどに本が大切だ、と言うのではないのだ。

 私にとって、それ以上にあの場所に、どうしても取り戻したい大切な物がない。それだけなのだ。


 結局ミリアンは、私が勇者としての資質が高いと言ったが、それがどういう意味なのかハッキリと明言しなかった。

 案外それは他人との、あの世界と私の。あの世界の人々と私の繋がりが薄いからと言う事なんじゃないのか?

 因果はなんちゃらの繋がりでどうちゃら、とかも言ってたし。


 ああ、帰りたい。帰る?

 ふと、私が「帰る」と言う言葉とともに思い出した情景。それは自室の、あの本の前のはずなのに。チラと思い浮かんだ、今日できたばかりの妹と話した、あの、真っ白い部屋。


 …………はて。

 私は、どこに帰りたいんだろう?

 わからない。

 帰りたい。帰りたいはずだ。

 気持ちはあるのに、肝心の、帰りたいと言う気持ちの中身が不透明で見えない。


 …全く、こんな益体のない事を考えるのもどうかしてる。

 ああ、これが本当の、ホームシックって奴なのかもね。



「あー…、もー…………いいや。」



 うん。

 もういいや

 無い物を強請っても仕方ない、無い物はない。悪い方を考えるのやめよう。

 私が来なければ、キーロちゃんが王都と一緒に吹き飛んでいたんだ。

 私はキーロちゃんとミリアン、二つの笑顔を守ったんだし。とりあえず今の所はそれで良いや。2人とも可愛いし。

 この世界に本はあるか。

 本は、あって欲しい。でも、来た初日から命と自由を狙われる物騒な世界で、娯楽としての本が流通なんてするんだろうか。文明的に遅れがあったとしても、日本よりも遥かに早い段階、日本で例えるならライトノベルが戦国時代以前に大ブームを引き起こしていたりはしないだろうか。

 うわぁ……。自分で考えておいてなんだけど、ないない、ありえない。絶望しかない。


 一応確かめて見るけど、あきらめておいた方がよさそうだ。

 何か、他の生きがいを見つけないと、早急に自分が壊れてしまうような気がした。


 本はない、スマホもない、PCもネットもない……確かにポケットには入れてなかったけどさ!本はずっと手元にあったんだし、スマホも手の届く距離にあったんだよ!?私の装備品として服と一緒に送ってよ!これじゃ『スマホで検索したりチートしたりしてハハハ無双ダハハハー!』なんて事もできないよ!


 こんな娯楽の無い殺伐とした世界は半日で飽き飽きだよ。

 少しでも早く用事を済ませて帰ろう。…でもそれは一日で叶えられる願いじゃない。だから少しでも早く、私の理想の異世界ライフを実現しなければいけない。私の心の安寧の為に。

 これはわりと最優先事項。

 ならとりあえずはまず、最初にやる事は



「妹が欲しい…」



 部屋のドアが開いた。



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