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邪眼は正しく使って下さい!  作者: たかはし?
世界転移の邪眼勇者編
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! 1章EX 欠落姉弟の離別日和(バイバイデイ) 3

「クロ坊や、既に道はないのだ。ここでアイ様を逃せばどちらにせよ国は滅ぶ……それ位はわかっとろう?」



 「召喚した勇者に、愛想を尽かされ逃げられた国。」「勇者に楯突いた国。」

 そんな噂がそう時を待たずしてたつ。内は混乱に満ち、外からは嘲笑と大儀を持ってこの国を攻めに来る。ましてやここは、勇者の威光に縋り栄え、その力で成り立っていた国、カー・ラ・アスノート。

 それが勇者に見放されたとなれば、民の心を支えていた物は即座に崩れて壊れるだろう。数瞬後の決壊を易々と想像できる程、張り詰めた糸のような緊張を強いられているこの国に、それは決定打となる。そうなればもう、その先には滅びしかない。



「交渉など、最早考えるまでもないわな。降服以外になかろう。」

「そ、そんな…!」

「クロ坊、こうしたのはお前とあの女だ。まだ、自覚が足りないのかのぉ?」

「……」

「ったく…無礼を働いたワシらが、許しを請うだけあれだけの要求。まして相手は神を名乗る者。だとすればなんだ、ワシらは神を地に引き摺り堕とした大罪人になるのかのぉ?それも、面の皮厚くも、こちらからの願いを叶えて頂こうと言うのだ。カハハ……王族の首を差し出して足りるかどうか。いや、それで聞いて下さる方には見えんしのぉ……ワシがもっと話せておったなら……」

「……あの」

「キーロ、どうかしたかの?」

「実は、一つ提案と言うか、お話したい事がございまして…」

「話?」

「はい、その、アイ様が心から望んでおられる…そんなモノに、心当たりがあるのですが…」

「なっ!?」



 なんだと!?

 そんな物が本当にあるのなら、あるいはやりようもあるだろう。

 だが、あるのか、そんな都合の良い物が。

 あるとして、何故キーロは今の今まで口に出さなかったのだ。

 


「…本当か?」

「その、確信があるわけではないのですが…恐らく。」

「っ……ええい、まだるっこしい!キーロ!アイ様と何を話した…!覚えてる限り聞かせてもらうぞ!」

「ええ、はい。ではまず、アイ様とお会いした所から掻い摘んで…」



 


※------------------※





「と私は考えています。…お父様。どうかお許し下さいませんでしょうか。」

「…」

「カハハハハ!カハッ!カッハハハハ!」



 勇者だから、と言うだけではない。

 聞けば聞くほど理解不能な人物だった。

 ただし、先ほどまでの雲を掴むような人物像とは違う。確かにそこには、人間らしい感情の起伏や好き嫌いがある。まるで、一人の歪な人間だった。

 まあ、神とは人より人らしき者とは聞くが、成程腑に落ちる。



「ハッ!いやいや、成程、成程!それは良い!」



 クロウは答えを口に出せていないが、既に決まっているのは表情からも明白だった。



「でかしたキーロ!活路が見えたわい……となると、ああ。やはり、そうだのぉ…」



 悩むような素振りをしているが、それはもう考えるフリだ。

 もう、どうすればいいのか。どうしたいか。どんな答えを出そうか。咄嗟に言葉にして良いものかと良心が止めただけで、自分の中で答えは既に完成しようとしていた。



「で、ムラクモの。そろそろ教えてくれんか。場所と数だ。」

「…そこまで信頼されても困るのですがね。距離はわかりませんが、方角はほぼ真北。1000や2000ではないでしょう。」

「だそうだ。」

「…何の話をしてる?」



 クロウだけでなく、アッカーやキーロも同じように困惑を見せる。



「勇者様を攫いに来た不届き者御一行様が、間も無くご到着だと言っとるのだよ。」

「…!?い、いや待て、北だと!?まさか、魔王の軍勢が…」


 カー・ラ・アスノート以北には、かつて魔界と呼ばれた場所がある。逆に言えば、この大陸に、国より北側に位置する国は存在しない。

 だが、私とウルカスが出した答えは違っていた。



「スキルだろうのぉ。」

「恐らく。それも、この国では確認できていない類の、かなり強力なスキルでしょう。」



 大規模な転移を可能とするスキル。

 国内はもとより、敵対するどの国の戦力にも、そのような存在は確認できていない。

 だが現実に、突如として居るはずのない場所に大勢の人間が現れたのだ。他の可能性よりも幾分か現実味がある。

 だがそれは、事実以上の意味がある。

 それを認めらない気持ちはわからないではないが…



「そ、そんな……馬鹿な…」

「クロ坊や。お前が認めんでも、もうすぐそこまで来ておるのだよ。目と鼻の先までの…」



 決して、この国の事を特別視されていない事はわかっている。

 なら今のまま戦となれば、きっとこれ幸いと勇者様はこの地から姿を消すであろう。

 それではダメなのだ。

 もう、本当に時間がない。

 もう、体裁を取り繕ってはいられない。



「……クロ坊や。…ワシは降ろさせて貰うぞ。」

「なんだ、突然……おりる?何を…」

「ヤタを降り、勇者様の下へ行く。」

「っ!?…姉さん!?」



 ……姉、か。

 またそう呼ばれるとは思っても見なかった。今では、複雑な気分だ。



「俺を、捨てるのか、姉さん!!」

「…クロ坊。」



 勝手だ。勝手が過ぎる。

 今更だ。今更私を姉と呼ぶのか…。

 それは違うだろう、クロウ。

 そう呼ぶ資格はもう、お前にはない。

 不愉快極まる。



「……先にワシを捨てたのはお前だろうて。」

「それは…!」

「……それは?それは、なんだ。…違わんから、その先を言えんのだろう?」

「いや、許さん!この国の王はまだ私だ!王として、そんな事、許すわけにはいかん!!」

「クロ坊…」



 「まだ」。そう言ったのは、もう答えが決まっているからだろう。そう。今日、王を辞するのだ、お前は。

 ならもう、必要ないではないか。国王を辞するお前に、もう私は必要ないではないか。

 …なのに何故。

 何故なのか。

 何故そこまで頑なに拒むのか。

 クロ。



「クロ……」

「っ…」

「…もう、自由にさせてくれんか。」

「……今更、自由など得て何ができる…」

「知っとるだろ。一生に一度、最後のチャンスなのだ。ワシにとっては…の。」



 私には二つの夢があった。

 一つはもう、歪ながらに叶ってしまった。

 残った一つが、この年になってようやく目の前に現れたのだ。


 勇者。

 恋焦がれた英雄。

 思っていたそれとは随分違っては居るけれど。これはこれで良いと、そう感じている。

 あの少女を、もしくは神か、ないしは自称神の姉。その言葉に、その動向を気にして気が逸る。鼓動が鳴る。年甲斐もなく、胸が躍ってしまう。


 クロウと同じように。

 私の心ももう、決まっている。



「ワシもお前も、頑張ったさ。もう良かろう……理想の王には未だ遠く、父様の肩にも届いとらんかったがの…それでももう、立派に大人になったろう。もう、こんなに大きくなったろう。もう、とっくに…姉離れしとろう。なあ、クロ坊?」



 あの日からずっと。

 足りない弟を補って。

 父の背中を追いかけて。

 望んで置いた距離が、望まぬ今を生んで。

 それでも王子と、相談役として。

 いつしか王と、ヤタとして。

 休む事なく、二人で共に。

 失敗ばかりを繰り返し。

 補足千切れそうな繋がりを。

 それでも今日まで、見守るように。



「ワシはもう、必要なかろう」

「そんな事は…!」

「……ワシを遠ざけて、それを証明したのはお前自身だろうて。なあクロ坊や。なら最後くらい、たった一度くらい、わがままを聞いてくれんか。たった一つ残ったワシの夢。知っとったろう?」



 これが最初で、最後のチャンス。

 これが最初で、最後のわがまま。



「今日までお前を支えたワシに、たった一つ褒美をおくれ。お前にもうワシが要らんなら…どうか、自由を、返しておくれ……」

「……」



 固く眼を瞑る、ずいぶん老けた弟の顔を眺めていると、突如体が浮き上がったように感じた。

 ふと、体が軽くなったのだ。

 私と弟を繋いでた、目に見えない重さが消えた。

 泣きそうな顔をする弟を見たからか、もしくは途切れた繋がりが唐突に恋しくなったのか。私はクロウに飛びついて、静かに声を出していた。



「……ありがとう、クロ。クロももう、頑張らなくて良いんだよ。」



 そのまま、小さな嗚咽が聞こえなくなるまで、私は、私より何倍も大きくなってしまった弟の背中を、きつく抱きしめていた。



 

※------------------※




「アッカー。覚悟は良いか。」

「…はい。」

「カハハハ!良い返事だ!まあ本当は、その倍は声を出して欲しい所だがのぉ?」

「…努力します。」

「カハハ!」



 新しい王は第一王子であるアッカーに決まった。本人が及び腰なのが気になるが、人格や能力を考えれば彼以上の適任は居ないだろう。


 そして残る問題は、どう交渉を進めるか、だ。

 だが、ここからは私の出番だろう。

 話をどうすれば上手く進められるか。懐柔するのか、丸め込むのか、力で押すのか、引いて誘い出すのか。相手を見てそれらを見極める事こそが、ヤタの腕の振るい所だ。

 ここは私の領分なのだ。



「さて、クロ坊。お前さんに、このカー・ラ・アスノートの王として、最後にして最大の仕事を任せようかと思っとる。ワシもこれでお役御免、お互い最後の仕事と言うわけじゃが……実はの、先のキーロの話を聞いて、恐らくほぼ確実に上手くいくだろう…という方法がある。が、採決を任すにはまだアッカーでは日も浅い。クロ坊の意見を聞きたい所なのだが、どうだ?」

「……仕事だと言うなら、聞くしかないだろう。貴重な、ヤタの意見だ。」

「カッハッハ!どの口が、と言いたい所だが、まあ良い。ならば、ワシから最後の助言だ。この国を救えるかもしれんが、それはこの国が痛みを背負う覚悟が必要なのだ。クロ坊の覚悟次第、と言う事だがの?」

「覚悟、か。」

「ああ、そう。覚悟だ。お前さんで決めかねるなら投げ出すが良い。アッカーの初仕事になるだけだがのぉ。」

「…なんだ。その覚悟、とは。」

「己の欲を貫く覚悟。そして、己が欲の為になら、他人を犠牲とする事を厭わない覚悟。小のために大を犠牲にするエゴを、汚名を受けてでも貫く、そんな覚悟が必要なのだ。自らの為に家族を巻き込み、家族の為に国を混沌に陥れ、国の為に世界を生贄に捧げる。そんな覚悟だ。」

「…前置きは良い。早く聞かせてくれ。」

「カハハ!結構結構!ではのう、クロ坊や……心して答えんさい。」



 地図を広げた東西に伸びる大国、カー・ラ・アスノート。

 この国のある場所を音が出るほど思い切り叩きながら、私は至高にして最悪の思い付きを口にした。



「あの勇者様に、アイ様に……この世界の半分を差し出す覚悟はあるかや?」



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