第20眼 銀幕の此岸で見詰て下さい。 の1つ目
「応急処置がもうそろそろ終わる!司教様は!?」
「まだです!」
「今日は青が使えない!終わり次第可能な限り早く司教の元へお連れする!すれ違わんように連絡は密にしろ!」
このままだとどうやら、ミドリーは運び出されるらしい。
その前に始めようか。
だがミドリーの元へ向かおうとする私に、未だ片ひざ立ちのままのキーロ姫は、それこそ姫に誓うかの様に、私の手に額を乗せ真剣な声で告げた。
「ありがとうございます、アイ様。このご恩に、私の全てをお捧げいたします。」
「いや、そんなの要らないよ。」
真剣な様子のキーロ。冗談めかして返事をしてはいけない、とは思う物の、そうなると当たり障りのない断り文句しか出てこなかった。
しかしキーロは引かない。
「いいえ、どうかお受け取り下さい。そして、どうか我が妹をお救い下さい。」
「……」
別にそんな、崇められたいわけじゃないんだよ。
本当に自分のためだ。
というか、ミドリーの腕をもいで原因を作ったのは私だ。
それで感謝されてちゃ、とんだマッチポンプじゃないか。
これは私の、ただのエゴなのに。
でも、今は言い争いしてる時間もない。
そしてキーロちゃんは引きそうにない。
とことん、思い通りにならない。
「仲良くなりたいだけなんだけどね………まったく、上手くいかないや。じゃあさ、変わりに後で、一個だけお願いを聞いてよ。」
「……はい。」
「…さて、行こうか。ねえ、ちょっとどいて。」
「邪魔をするなあ!!」
流石、王族の命を預かっているだけある。
近づく者は誰彼構わず噛み付く勢いだ。
余所者の私じゃ無理だ!困ったね。じゃあどうするの?こうするの。
代打、キーロ。
「どきなさい!」
「は!?で、できません!」
姫様が相手でも!?
……あ!そういえばそうか!
王様候補同士でもドロドロした敵対関係があるんだったね、この国では。
治療してるあの人からすればもしかしたら今のキーロは、死にかけたミドリーを殺す絶好のチャンスになんとしても乗っかろうとする人でなしのように見えているかもしれない。
違うんだが、説得できるような材料は私にはない。
王族の権力でもダメか……ならば!もう、こうするしかないよね!
選手交代、国王。
「ねえ、王様。」
「!?」
「助けたいなら、治療してるこいつら2分退かせて。」
「……」
「助かる見込みは薄いんでしょ?でもこれ、私がやったのは見てたでしょ?ミドリーちゃんの腕は消えたんじゃない、王妃様と同じく私しかしらない場所にあるだけ。……なら、助けられるのも私だけかもしれないぜ?そう思わないかい?」
王は反論こそしなかったが、親の仇を見るように睨んでくる。
まあ、彼の中では妻と娘の仇にリーチかけてる状態だし無理もないけどね。
どうしよう…他の、キーロより上の権力者と言えば?……王妃をアイテムボックスから出しても、私を信用するわけないし、そもそも今のミドリーを見て発狂して会話にならないだろうって簡単に想像できちゃうしなあ。
手詰まり。
…いっそ治療してくれているあの人には申し訳ないけど、説得できるかもわからない人に時間使ってられる状況ではない。彼をアイテムボックスにご招待すれば……
物騒な事を考えていると、先程まで壇上に座っていたハクが、いつの間にか杖を拾い上げて王の横まで歩いて来ていた。私がそれに気付くと同時に、王様の袖を引っ張る。
王がそんな少女の顔を覗き込むが、見られた少女の方は声すら出さずに何かを認めるように頷いた。
すると突然、王様は先程まで隠す様子もなかった敵意と殺意を霧散させる。代わりに面白くなさそうな顔をして、ミドリーの治療をする彼に声をかけた。
「……場所を明けろ。2分だけで良い、命令だ。」
「っ…」
決まったー!決めたのは交代直後の選手、国王陛下のクロウだーー!
圧巻の実力、流石の一言!一国の王ともなると、一発KOが当たり前なのかー?
いやー、権威が冴え渡る電光石火の決着でしたね!
……選手交代完了からあまりの尺の短い決着に対する衝撃に、脳が始めた解説ごっこ終了。
今は遊んでる場合ではないのだ。
私は後ろからついてくるキーロちゃんの足音と、背中に感じる国王やハクの視線、そして王を交えたやりとりで集まった沢山の注目する目線とを感じながら、しかし全て無視してミドリーの横まで足早に歩く。片ひざを立ててしゃがむ。
アイテムボックスを移動して、隠していた彼女の口を露にする。
風邪で気管に異常が生じた時の様に、呼吸音に異音が混じる。こちらに殆ど声は聞こえて居なかったが、恐らくこの数分で喉が壊れる程、ミドリーはずっと叫んでいたんだろう。
「ミドリー聞こえるかい?」
「…ぁ…」
「死にたくない?まだ、生きたいかい?」
「あ……ぁ……」
ミドリーはこちらを見るが、まともに返事が返ってこなかった。
答えたくないと言うよりは、意識が朦朧としているのだろう。私を勇者として認識しているかも定かではない。
「私はね、今日会ったばかりだが、多分君は死んだ方がこの国の為になると思ってるよ。」
私を見守る中から、幾つも声にならない呼吸が聞こえる。息を呑んだのか、溜息をついたのか、声を詰まらせたのか。誰がそうしたのかも、今は気にしない。
「でも、キーロちゃんにお願いされちゃったから、とりあえず命だけは助けてあげようと思う。」
「……」
「ただし、一度だけだ。もしも助かって直ぐ、勝手な事ばかり偉そうに喚き散らすようなら、二度目はない。次は誰がどれだけお願いしたってダメだ。良いかい?たった一度のチャンスをドブに捨てないようにね。ちゃんと良い子になるんだよ?」
返事はない、聞こえているかわからない、聞こえていても理解できているのかわからない。ただ、荒い息はまだ生きている事を強く主張しているし、虚ろな目は確かに私に向けられていた。
ちゃんと返事が聞けてからと思ったけど、意固地に返答を待っていたら最悪の場合返事が帰ってこないまま死んでしまうかもしれない。
助かってから、ちゃんと頭を使ってくれる事を祈るしかないね。
「…全員。ちょっと、離れてて。」
ミドリーの目の前に手をかざす。彼女が目を閉じる。
あまり意味はない。これは私の不安の表れだろう。
もしかしたらちょっと痛いかもしれない。だからリラックスしておいて欲しい。
私も片目を閉じる。
神の間で試験発動できなかったスキルが幾つかある。
これはその一つだ。
邪眼、その4つ目の能力。