第19眼 過ちは素直に認めて下さい! の1つ目
初めて人の目にふれた彼女のそこは、まるで小さくも美しい一枚の絵画のようだった。
赤・桃・白の三色で月の出を描いた抽象画。だがそのキャンバスはすぐに赤一色で覆われる。
赤。赤、赤。赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤。
赤い赤い、赤くて黒い、湧き水。
想像とは違う。サスペンスドラマの殺人風景や大河ドラマの殺陣のような飛沫は、なかった。
2秒程遅れて、絶叫。2つの声が、空気を引き裂いくように鳴り渡った。
勢い良く滴る鮮血は、鼓動に合わせて止め処なく、リズム良く、流れ続ける。
濃い緑と間から覗く白とで彩られた美しいドレスは、真紅と赤黒いアクセントを両脇から勢い良く下に広げながら全身の色彩を変えて行く。
リバーシの終局間際で大逆転する盤面のように。急激に、一方的に。緑色は一方的に蹂躙されていき、それが戻る事はない。
体を伝い落ちる血が、ドレスの内側からも斑点のようにそこかしこに色をつけていく。大きく開いたスカートの下に見える足も靴下も靴も、直ぐに真っ赤な川が流れ始める。彼女の足元の赤い絨毯は、そこだけ黒に染まって広がっていく。
体の小さな少女から発せられているとは思えない、何人分にも匹敵しそうな絶叫。
目の前で実際に見ているにも関わらず違和感を覚える程、華奢なミドリーの体や普段の声のイメージとかけ離れている。滝壺に打ち付けられる水の音を聞いているような、反響して聞こえる程の音の濁流だった。
きっと痛みに叫んでいる。そして頭を抱える事すら出来ない、この現状に叫んでいる。
少女は倒れた。バランスを簡単に崩し、踏ん張る事を忘れたように。
意図的にそうする程の余裕があったか、それとも無意識だったかはわからないが、斜め後ろに倒れる際に無くなった左肩の断面が地面に当たらないように少しだけ体が捻られた結果、背中を強打した。
だがその衝撃でも、叫び声は若干の濁音を混ぜただけで止まる様子はない。
耳障りだった。
再度片目を閉じ、アイテムボックスを起動。レンにやったのと同じく口と、今度は鼻も塞ぐ。これで彼女の叫び声は私のスキルが作り出した空間の中にだけ響く。
彼女の小さくて大きな声が消えた瞬間、それに応えるように、もう一つ悲鳴が聞こえる。こちらは叫んでいても優しさが残る、私がこの世界で一番聞きなれた可憐な少女の声。絶叫の主の姉、キーロの声だった。
キーロは誰に止められるより早く駆け出していた。
そこへ更にその兄であるアッカーも走り出す。
王は先程の佇んでいた位置からもう一度走り出そうとしたが、先程から位置が変わらない事もあり直ぐ兵士に止められた。
「ミドリー!ミドリーーー!」
「ミドリー!!」
「ミドリー!誰か治療士を!」
絶叫、悲鳴、怒号、怒号。悲鳴、怒号、怒号、悲鳴。走る音、怒号、悲鳴。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
私は一人笑っていた。
ヒゲは対面で固まっていた。
音が飛び交う中、それでも私の声は届いたようで、私に視線を向ける。
「キヒヒヒヒヒヒヒヒ!!ヒー、ヒー。はあ。……なあヒゲよ、これで証明になったかい?」
だが、返事はなかった。
彼はただずっと、ずっと立ち尽くしていた。
珠玉の間から人が何人も走って出て行く。
兵士は武器を持ってもう一度私を取り囲むが、一番近い者でも5歩分程は離れていて攻撃をしかけて来る様子はない。攻撃の指示を出す者もいない。
私を警戒し、ミドリーを気にして、また私に警戒して、周りの兵士や王族の様子を伺い、ただ私を取り囲んだまま誰も次の行動に移らない。
どれだけ立ち尽くしていたかわからなくなる頃、ようやくヒゲが唇を動かした。
「バカな。………嘘だ、姫様に……攻撃できるはずない。」
「攻撃無効の、スキルがあるから?」
「ッ!?…なぜ!?」
何故それを知っている!?と言いたいのだろう。
「そうか、やっぱりか。王と似たスキルがあるから、少なくともミドリーを傷つける事は絶対できないと。そう思ったから強気だったんだね。」
「ど、どう!?どうやって!?」
驚愕は、ミドリーだけの話題の時の比ではない。
人はこれだけ驚いて正気で居られるのかと思う程、彼の全身はただその驚愕だけを表していた。
「いや、違うか。逆だね?ヒゲよ、君はこう考えたんだろう。あらゆる攻撃スキルが効かないはずのミドリーちゃんに対して、私がスキルを使った所を見た。だから、勇者のスキルは絶対に、攻撃スキルではない…と。そして、こう。こう考えたんだろう。『槍の刃がなくなった、姫様は一瞬で移動した。姫様に効果があったんだから、姫様のスキルで消えなかった事から考えると、勇者のあれは攻撃スキルなわけがない。だからと言って防御でもない。このスキルは転移。勇者に攻撃の手段はないなら、負ける事は決してない。』ってところだろう?」
「何故王の力を、貴様が知っているのだあ!!!」
「ヒミツ♪」
言う訳がないのはわかってるんだろう。
……本当は私がイーグルアイのスキルを持っているおかげで相手のスキルを見抜けるけど、そもそも勇者はこの世界の人間と根本的に違う。勇者はスキルなんてなくてもステータスを見れたりするのだ。なら王様のスキルがばれたのも「私が勇者だから、きっとそういう物なんだ」…と、そんな風に理解できそうな物なんだけどな。