第15眼 奇跡を信じて祈って下さい! の2つ目
「11、12、逆賊を捕らえよ!」
「っ…!やめろ、レン侯爵!」
声を上げて止めたのは第一王子アッカー。
アッカー自身も止めに入ろうと駆け出すが、直ぐに彼の相談役であるヤックと衛兵達に止められ、仕方なく声だけをレン侯爵へと向けていた。
「止めないで下さい王子!こやつ自身がこの国の敵と申したのです!何を憚る事がございましょうか!」
「あのさあ…今は国のダーイジな事を王妃様と私が話してる途中なわけでしょ?関係ない人は黙っててくれないかな?」
「無関係なものか!」
「でも、責任はとれないでしょ?それとも、君には権利と責任があるのかい?君の言葉は国の言葉としてとらえて良いのかな?どうなんだい、大臣君?」
「誰がダイジンだ!私の名前レンだ!」
「慎めレン!!ヤック、衛兵!私ではなくレンを止めろ!」
レンと勇者の会話を止めようとするのはアッカーのみ。アーサー・キーロの相談役であるムースは躊躇いこそ見せる物の主人であるキーロからは離れようとしない。守られるキーロ自身は、葛藤の表情をしながらも体を動かす事はなかった。
怒気とも殺気とも言える攻撃的な気配を醸し出す、レンとその護衛についていた二人の男女。
そこに冷やかな声をかけたのは、王妃キーン・ギーン。
冷静な声に静止されたかと感じたレン侯爵は一度身を竦ませるも、かけられた言葉の内容は想像に反する物だった。
「よろしい。レン。この場はお前に任せます。側近近衛を除く全城兵を一時的に預けます。ムラクモ直下の副官として動き、この目障りな者を私の視界から消して下さい。」
「は、ハッ!」
「母様!?」
「責任の所在を気にしていましたね?これで問題ないでしょう?勇者。」
王子の悲痛な声も届かず、動けずにいたキーロは祈るようにその様子を見守るだけだった。傍観していた者や衛兵ですら勇者を敵と認識しはじめ、警戒と敵対心を見せ始める。
勇者はその場で、これだけのやり取りをしている様子を一番冷静な顔で見守っていた国王を見据えて、これまで聞いた中で一番大きな声を出して言った。
「おい!あんた、良いのか?答えはコレで間違いないかよ、王様!」
だが、王は微動だにしない。答える言葉などないと言わんばかりに。
「確かに『どちらかと言えば敵だ』と言ったのは私さ。でもまだ私らは、切った張ったするような仲じゃないだろう?協力するかは別だとしても、ちゃんとこっちの話も聞いてさ。相応しい礼を尽くすなら…手助けするかは別として、仲良く手くらい繋げたかもしれない!だから今こうやって、言葉を交わしてたんだろ!?」
「…」
「まだ武器は、抜いただけだ。今すぐ仕舞わせれば、私は見ないふりもできる。でも向けられれば、振られれば、もう戻れないぞ。そうなりゃ私達は、敵だ。この国全部が、勇者の敵になる。途中で手を止めて貰えるなんてまさか思ってないよな?…なあ、それでも、答えは変わらないのか?…ああ、変わらないんだな。」
勇者は語りながら、それに対して眉一つ動かさない国王の表情を見て、答えを聞くまでもなく理解したようだった。
それでも王を見据えていた勇者に対して声をかけたのは、同じ壇上に立つ王妃の方だった。
「まったく。痛い目にあいたくないなら、はじめから素直に言う事を聞けば良いものを。今更、命乞いですか?『勇ましい者』の所業ではありませんね。見苦しい。」
「……ああ、言葉通り…単なる最後通告なんだがね……。大体勇者なんて、なりたくてなったわけじゃねぇってーの。まあ、もうどうでもいいか。どうやらあんたにゃ、皮肉以外素直に伝わらないらしい。猿相手には、躾の前に正しい言葉を教えてやらなきゃならんみたいだ。」
「…見苦しい。レン。抵抗する場合は仕方ありませんが、可能なら生け捕りになさい。腐っても女の勇者。例え戦では役立たずでも、子供を産める部分が無事に残ったなら、それはそれで使えます。」
「心得てございます!では、指揮下に入った全衛兵!共に勇者を囲め!」
「おい、レン。」
レン侯爵の声に即座に反応する衛兵たちだったが、それと同時に発せられた勇者の剣のある声に体が強張り、実際に勇者の近くまで動けたのは数名だけ。その衛兵たちも、各々に武器を向けてはいるが迷いや躊躇いが見て取れた。
「フンッ!何か知らんが言ってみろ。何せ、手加減できずに命を落とすかもしれんのだ。ククッ…言い残した事があっては、死霊になりかねんしなぁ?」
「アンタは、何も疑問に思わないんだ?」
「なにを突然。何処に疑問を持たねばならん事があると言うのか。既に全てが明白ではないか。それとも、私を惑わすつもりか?」
「私が、この国に協力しないのは、なぜ?」
「は?そ、そんなものは…」
答えようとするレンの言葉を遮る様に、少女は初めてレンへと視線を向ける。
その目を見てレンは、続く言葉を失っていた。
「話し合いによる和解は、本当にできなかった?和解を試みないのは正しい事?そもそも勇者相手のやりとりに間違いはなかった?勇者と敵対してメリットはある?この場に居る兵士にすら勝てないくらい勇者が弱いなら、そもそも君らの国は召喚なんてわざわざする必要ある?…本当に私に勝てると思ってる?勝てば勇者は思い通りの手駒、じゃあ負けたらどうなる?この場には王族とやらが集まってるんだから、戦いが始まって自分が負けたら王族の命も狙われるかもとか考えなかった?…ちゃんと、考えてる?」
「ハ!貴様が従いさえすれば、全て問題ないものを!減らず口ばかりだが、私にはまるで…今戦えば負けるから、怖いと言っているようにしか聞こえんな!なんなら今からでも遅くはない。非礼を詫びて素直に従え!」
「…わかっちゃいたけど、馬鹿しかいねぇのか。この国は。」
「さあ、どうするのだ、勇者?」
レンとのやり取りが難航するあまり、頭を抱えて天井を仰いでいた少女。
だが次の瞬間、低く小さな声で何かを呟く。
言葉こそ聞こえないものの、そこには勇者と呼ばれた少女が始めて明確な感情を表していた。
「勇者は不機嫌さを隠す気がない。だからあんなに不機嫌そうな顔をしているんだ。」
ここに至り、腹芸の得意な貴族と言う群れが誰一人として疑わなかったその認識が、大きく誤っていた事を悟る。実は今この時が初めてだったのだと。
そう、この時初めて目の前の少女は、自分が不機嫌である事を露わにしたのだ……と理解する。理解できてしまう程、彼女の目と声は、針のように細く鋭く尖っていた。
だがその視線は王の居る壇上へ向けられている。つまりはレン侯爵から見れば、無視され王に対して何かを呟いたようにしか見えない。
「あ?」
「間抜けに何喋っても時間の無駄だ。ほら…やれるもんなら、やってみな。」
「どこまでも馬鹿にしおってぇ…!!もう良い!まずは四肢を潰せ!素直になるまで痛い目を見せてやる!やれ!」
レン侯爵の私兵である11、12の棍棒と騎士剣。それに5人の衛兵の槍を加えた計7つの武器が一斉に振るわれた。侯爵の指示通り、手や足のみに狙いを絞って。
だが、その中でただ一人だけ武器を振り切らずに急に体勢を崩した者が居た。
剣を武器とする12だった。
見えない何かが彼女を阻んだわけではない。12は自らの体勢の乱れすら厭わず、全力で足を止めたからだ。
剣を齧った程度の素人でもしないような不恰好な仕草だが、命じたはずの侯爵すらそれに咎める声をあげない。理由は二つ。一つはそんな事が気にならない程の意味不明な光景が目の前で繰り広げられていたから。もう一つは、そのまま12が進まない事こそが正解に思えてしまったからだ。
空中。
そこには、何もない。そのはずだった。
だが、空中には確かに、静かな水面に小石が落ちたような波紋が音もなく走っていて。
突き出した槍の先が消えている。
慌てて槍を引いたが、元通りではない。
5人の衛兵が引いた槍の先端は、一つ残らず刃が無くなっていた。
「な、な、な!?」
キヒ
勢い良く、空気が漏れたような『音』。
それが何の音なのか気づくより早く、聞きなれない音の出所を無意識に目で追う。
直ぐに、とある少女が発した笑い声だと理解した。