第15眼 奇跡を信じて祈って下さい! の1つ目
誰も、何も言わなかった。
静寂を了承と取ったのか、勇者は姿勢を正しながら一層満足そうな笑顔見せる。
「あしからず。」
「………今、なんと言いました?」
「……?………あれ?伝わらなかったかな?んー…じゃあね。」
不思議そうに首を傾げる少女。
言葉が理解できないわけでは勿論ない。
その場の誰もが予想できない返答を前に、思考が停止しているだけだ。
だが合点が行ったように再度流暢に話し始める少女。それは真っ先に表面化するはずの怒りや驚愕と言った感情すらも正しく形にできない程、やはり理解できないものだった。
「私は、この国に住む人間や、領土等に一切の好意的な興味がありません。寧ろ私にとって害悪であるとすら感じています。敵か味方かに二極化する事にはあまり賛成できませんが、もしもどちらかと聞かれたならば、敵です。私が貴方がたにとっての敵である、と言うよりも、貴方がたが私にとって敵である、と言った方がより正確でしょう。貴方がたの自覚が有る無しに関わらず、私はもの凄ーく不利益を被りました。故に、どちらかと言えば敵であり、無条件で許す事などできるはずもありません。ただ、もしもそれ相応の理由があって、それについて謝罪があった上で、平身低頭の姿勢で協力依頼をされる場合がもしかしたら、もしかしたらあるかもしれない、そんな事になったら少しは心が動いたかもしれないと思って話は聞いていましたが。しかし、残念ながらそういった事はありませんでした。ええ、本当に残念です。ですので、現状は、協力だの交渉だのと言う以前の問題です。」
それから勇者は、自分が話しすぎたと感じたようで言葉を止めて返答を待つ。
誰も動かない。
誰も返事はできない。
誰も予想していなかった。
その反応に満足がいかないらしく、追い討ちをかけるように更にもう一言。
「端的に言えば…てめぇらの命なんざ、私が知るか、勝手にのたれ死ね。と、言う事です。…伝わった?」
「………何を差し出せ、と?」
「……うん?」
ようやく王妃が搾り出した一言に、今度は勇者が理解できないといった様子で応える。
「金だけでは不満と言う事でしょう?何が望みなのですか。何をすれば力を差し出すと言うのでしょうか。」
「…いやあ、あんたは本当に、面倒な上に穿った物の見方をするね。言葉通りにとらえておくれよ。こちとら協力する気なんてさらさらない。何を差し出すとかじゃない。」
「どういう意味ですか?」
「…話が進まねぇ…。誰か助けて…」
非力な弱者の嘆願にも似た苦悶を訴える目の前の少女に、他に声をかける者はいない。王妃もただ勇者の新しい言を待つばかりだ。
その様子に大きく溜息をついて、勇者はまた頭を働かせながらも声を上げる。
「あー……。何度も言ってるが、交渉する以前に、君達にはその資格がない。まだスタートラインにすら立っちゃいない。まあ、どうしてもこれを交渉の場にしたいと言うなら、認識をすり合せて、穴埋めをして、立場を対等にして、それからようやくって所だ。」
「対等……?それは、つまりなんでしょうか。今は我が国の方が立場は下だ、と。そう言っているのですね。」
「そう言う事。私から見れば、だけどね。」
「本気ですか?」
「本気ですとも。どうしてもって言うなら、理由教えてあげるよ?」
「もう、良いです。黙りなさい…」
溜息も、悩みも、頭をかかえる仕草さえも伝染するかの。
勇者と王妃は、お互いが理解できないとでも言わんばかりに相手を憎憎しげに睨んでいた。
「はぁ……頭の悪い者との会話がこうまで疲れるとは…。」
「安心しなよ。実は私も、大体同じ意見だ。」
「勇者と呼ばれ増長したのか、手に入れたスキルに余程自信があるのか。どちらにしても、この期に及んで、どうやらまだ状況を理解できていないようですね。」
「ハハ…理解できてないのは、はたしてどっちだろうね?」
語気を荒くせずに言い合っている二人だが、表情には言葉を数倍してもまだ足りない程の嘲笑、侮蔑、呆れ、怒り、そして何よりも自信。
怪しげに笑う声だけの応酬が繰り返されるが、またも第三者からの声がかかる。
一度は引き下がった若輩の侯爵、レンだ。
「もはや我慢ならん!」
「はぁ…」
「姫様だけに飽き足らず王妃様へのその態度、挙句王命を拒むだと!?万死に値するぞ、勇者!」
……せっかく国の戦力として召喚した勇者、殺してどうする。
そう考えるのが普通であるが、侯爵は明らかに冷静さを欠いており、叶うなら本当に命すら奪ってしまいそうな程だ。