第14眼 家族は仲良く話して下さい! の2つ目
「そう、チャンスだ。私はもう終わらせたい。けどキーロちゃんはその前に家族だけで話したいと言う。望みを全て叶えてあげられるわけじゃない。けど、家族と話したと言うなら、『チャンス』はあげよう。どうだい?」
「…ありがとうございます。ありがとうございます…!」
「うん。じゃあね。今から一分間この場でキーロちゃんが、家族を説得してよ。」
「説得…ですね。」
「うん。それで、キーロちゃんの家族全員が、家族会議したいって言うなら、…その時は私も、幾らでも待つよ。」
「全員…!?全員とは、全員…」
「そう、全員。キーロちゃん以外の、4人全員。だって、ほら。大切な家族とは、仲良くしなくっちゃ、ね?」
「……わかりました。」
その瞬間まで、この場に居たかなりの人数が心の中で同じような事を思っていただろう。キーロと言う少女の心が壊れてしまったのか…?そんな猜疑心だ。
一国の姫として相応しい礼節を備えたはずの少女が、ある日突然人の目も気にせず、癇癪を起こした小さな子供のような駄々をこねるのだ。普段の彼女を知っていればいるだけ、正気を疑うというものだろう。
だがその考えが、勘違いだったと理解する。一度大きく呼吸をしてから冷めた声で呟き、ゆっくりと壇上の国王や王妃へと振り向く彼女の顔を見た瞬間。
普段からその美貌で持て囃されるアーサー・キーロだが、ここに居るのは一晩泣いて腫らした後よりも更に酷い充血した目や蒼白な顔の、生気の薄い女性。今の姿はもう、柔和という言葉で表す人間は一人も居ないだろう。だが美しいはずの姫の、そんな直視しがたい醜い姿であるのに、目が離せない。
つい数秒前まで取り乱していた姿がまるで幻ででもあったかのように、彼女の所作は流麗でありながら人里離れた湖の水面の如く静かだった。そして何より、その顔は決死の戦に挑む武人かくやと言う程、はっきりと決意が見て取れたからだ。
「お父様、お母様…」
「キーロ…いったい何があった。」
「どうか、お願いいたします。大切なお話があるのです。この国にとって、大切なお話です。」
「…わかった。ギーン、良いか。」
「…ええ。」
「ありがとうございます。」
二人からの返事に安堵と満足の表情をしたキーロは、それでも緊張は緩めない表情のまま溜息のように一つだけ息を吐き出す。
次に、壇上から下って直ぐの場所に立つ王子へと向き直る。
「お兄様」
「聞くさ。勿論だ。」
「ありがとうございます…!」
「当然の事だ。さあ。」
対した王子アッカーも、既に理解しているといった表情だった。
「キーロにこれだけの決意をさせる、この勇者に関する話。これは間違いなく重要な事だ」と。そして、自分の後…最後に説得するべき相手が、最も説得し難い相手である事も。だから自分に使う時間は省いて、直ぐにそちらを向けと手で促した。
そして最後にキーロは、彼の隣の隣。自分の立つべき場所を過ぎて更にその横の、フーカー・ミドリー一行に顔を向けた。
「ミドリー…」
「やーよ。」
「ミドリー、お願い。今だけは素直に言う事を聞いて…!」
「なんであんたの思い通りになんかならなくちゃいけないわけ?って言うか、そもそも私が」
「ミドリー!」
「うるっさいわね!?何よ!」
「貴方が、家族の中で一番、貴方が聞かなければいけない話なの…!」
「はぁ!?意味わかんないんですけど!?」
「一回くらい、私を信じてよ!!!」
「っ…!?」
涙を流していた。
叫び、息を切らすほどの肺の空気をめいっぱい使って叫び、顔を上げたキーロの目からは、止まらない涙がこぼれていた。
それを見て息をつめる妹と、叫んで乱れた息を整える姉。
「今だけで良いの…信じて…」
ゆっくりと頭を下げる。
既にこの短い時間でキーロの奇行としか呼べない振る舞いを何度も見た者達も、改めてその光景に息を呑む。
だがそれでも望む答えが帰ってこない事を知ると、頭を上げないままその場に座り込む。そして額を床へと擦り付けた。
見間違いようもなく、土下座だった。
もうざわつきすら起こらない。誰もが息を忘れる光景だった。
風の流れもない静寂につつまれた広間で、王女の声だけが響いた。
「おねがい、します。」
「あんた、そこまで…」
その嘆願を一身に受けたミドリーは、本人も知らぬ間にその気迫から逃れたがるように一歩二歩と後ずさっていた。
得体の知れない物を見る目で、自らの姉を見ながら。
キーロは動かない。ミドリーは思考を巡らせたまま話さない。他はただ見守る。
もう誰も、何も言えない時間が続いていた。
静寂を割ったのは、キーロの後ろに立つ少女だった。
「そろそろ時間だ。どうする?ミドリーちゃん。」
「………アンタの考える事はほんといつもわからないわ、全く。どうしようもないわね。そこまでして話したい事がある……って事、なのね?」
思いのたけを全て形にし、答えを待つだけの少女キーロ。
最近ではもう余り聞かなくなった、落ち着いた静かな声を向けてきた妹ミドリーの顔を見上げた。
幸せそうな、優しい笑顔。
花で言えば、満開。太陽で言えば、真夏。例えるなら、宝珠。
何年も不機嫌に皺を寄せてばかりだった少女の顔には、鬼気をどこかに置いて来たような、やわらかい笑顔があった。
その声につられるように、キーロは自らの妹を見上げた。
「わかったわ、キーロ…」
「……ミドリー…!」