第14眼 家族は仲良く話して下さい! の1つ目
彼の名はレン。ギリー・ギリー・レン・バーン・ガルド。身分は侯爵。国内貴族だけを並べても決して身分が低いわけではないが、この場に居る面々に対し発言するには些か霞む程度の存在である。
彼は言葉を続けながら衛兵を押しのけて、自らの護衛2人と共に勇者に近付いた。
「先程から黙って聞いていれば、王族に対し何処まで無礼に振舞えば気が済むのか!一国の姫に対してその馬鹿にした呼び方、陛下が見逃そうと、」
「レン、黙りなさい!」
言動や行動はとても褒められた物ではないが、レン侯爵の言はその場の貴族が皆思っていた事ではあった。その上、真っ先に止めるはずの王妃がその光景を声を上げずに見ていた為、その場から動きはせずに、納得はしているとばかりに首肯する者も多い。
だが誰もが止めない中声を上げたのは、あろう事かレンがその名誉を守りたいと思ったアーサー・キーロその人だ。
一瞬の戸惑いの後、怒鳴り声にならないようにと注意しながらも侯爵は続ける。
「おさがり下さい姫様!人間の名前も呼べぬ野蛮な猿には躾が必要です!」
「貴方は今誰の命に背きました…?さがるのは、貴方です、レン。この呼び方は、私が許しました。いえ、寧ろ私がそう呼んでいただける事を望んでいるのです。差出口はおやめなさい。命令です。」
「しかし…!」
「黙れと、言っているのです!!王族の権威についての話なら、部外者は、口を慎みなさい!姫は私であり、貴方ではない!それとも、貴方は呼び名一つで、王族の権威が揺らぐと?まさか本気でそのような事を言っているのですか?」
「ぅ…いや、」
勇者に対する態度とは明らかに違う圧力を感じさせる声に、レンだけではなくその傍にいた護衛の二人すらたじろいでいる。
「まあまあ。落ち着きなよ、キーロちゃん。私は逃げやしないからさ。ね?」
「アイ様…!ありがとうございます!」
キーロの様子は、どう見ても異常だった。
特に長年彼女を見て来た、普段から王城で生活する面々からすれば、それが唯事でない事は既に理解しており、その内容が気になってもいた。
勇者の行動には寛大に、そして賓客である彼女自身が時間を望んでいるのなら、と王族が認めれば、他の人間は大抵なにも言えない。
困惑の表情を浮かべながら、近くに立つ者と最低限でも情報をやりとりしようと声を潜めた話声が広間を包むが、それを誰が咎める訳でもない。
そんな事が些末となるほど異例の自体が、その広間の中心で始まっているからだ。
「ただね、キーロちゃん。焦る気持ちもわからなくはないけど、正直もう殆ど結果は出てる。」
「そこを、何とか、お慈悲を、お時間を!ほんの少しだけ、家族と…せめてお父様とお母様と話す時間を、本当に少しだけで良いんです…」
「それは今じゃなきゃ駄目かい?この話が終わった後にでも、私ならキーロちゃんの話、いくらでも聞くし、その後でも…まあ、平和的な話し合いなら、喜んで応じるよ。それでも、今かい?どうしても?」
「それでは遅いのです…もう遅いんです。もっと早くに言うべきだったんです。私が馬鹿だったんです。それでも、まだ、まだ間に合うなら…」
既に、キーロは膝立ちのまま勇者である少女に縋りついている。
そして戸惑いを見せていた少女は、受け入れるようにキーロの頭に手を乗せてそっと引き寄せて言った。
「………そうか。大切なんだね。家族が。」
「…」
「なら、チャンスをあげよう。」
「ちゃ、チャンス…ですか?」
勢い良くキーロの肩に手をかけた勇者は、目を合わせてそう宣言する。
言われた当人は喜びながらも戸惑いに満ちた表情をしていた。