第2眼 名前を正しく覚えて下さい! の2つ目
居住まいを直して、真面目に聞く体制をとる。
頭を撫でて、肩から背中にかけてを擦ったり軽く叩いたりして落ち着くのを待ちながら考える。
唯一最後まで神々しかった顔面が、涙と鼻水で見るも無残な惨状と化していた。
残念ながら休日に自宅のソファーでごろついていた所をそのまま身一つで拉致されたため、ハンカチやらティッシュやらは持ち合わせていない。
極力手で拭ってあげるが、効率は悪い。
長袖だったなら、涙くらいは拭いてあげたかったのに、と思う物の、『無い袖は振れない』のだ。
金銭的な意味ではなく、物理的に。
粘液が素肌に触れる不快感に対しての「コノヤロウ!チキショウメ!」と言う悪態と、「女神の体液なら例え何処から出てようがきっとご利益があるさ」とかの自分に対する言い訳を心で呪文のように繰り返しながら。
ふぅ。
後は女神様の力でなんとかしておいて欲しい。
拭った上でそのあたりに、ペイッと捨てさせて貰ったはなみじゅとか。
鼻の近くがカピカピになっている気がするのとか。
…頑張った方だと思うよ?私。
そしてようやく落ち着いた様子の女神様は改めて話し始める。
まだちょっと声が震えていたが、無視してあげる位の優しさは持ち合わせていた。
「セステレスの人々はですね。んぐっ」
やっぱり気になり過ぎた。
もうちょっとだけ念入りに鼻の下をゴシゴシ。グシグシ。ペイッ。
…よし。
「セステレスの人々はみんな、ミリアン様ミリアン様って呼んでいたんですよー。
でもちゃんと、もっと長い正しい名前があるんだぞって言ってくれる人も中にはいたのですよー?
で、その人なんて言ったと思います?
セステレス、ミリアン、ガードン?
ミリアン・ガーデーン?
ガーデウス、ガーデン、ガードナー、ガードルフぅう!?
『あーはいはいガーなんとかガーなんとか。あのミリアンガー・ナントカ様ね。で、なんだっけ?』
『ちょっ、なにこれー。聖典読んでも書いた人ごとに違うんだけどー?』
『っていうかもうミリアン様でよくなーい?』
はぁ、はぁ…」
語気が荒くなってきたと思っていたら、なんだか、落語のようなモノが始まってしまった。
喋り疲れたようで肩で息しているし。
だが、ああ、まあそりゃ…怒りたくも、泣きたくもなる。
「ハン!ガーデゥーだって、言ってるじゃないですか!?
ダレだミリアンガーって!くそー!私だよー、知ってるよー、うるさいよー!
食って寝て交尾してにしか脳みそ使わない猿の癖に!
その残りの部分に新しくミリアン欲捻じ込んでやろうか?あ?あぁん?ハン、ハン!…はぁ、はぁ…」
だから、顔が近い。
「私に凄まれても困るんだが。つまり、私には」
「ふぅ…。はい。神の真なる名を、正しく、布教して欲しいのですよー。
最低の最悪、別に愛さんが正しく発音できなくても良いです。
せめて、せめて他人の発音が正しいかどうかだけでもわかる程度に覚えて行ってください!」
どうやら面倒事を依頼されているらしい。
うーん。まあ、かわいそうだし名前くらいは覚えてあげても良いかなって気にはなるけど。
「私、そもそも勇者として異世界に行かなきゃダメなの?帰りたいんだけど。」
まずはその辺から話をはじめて欲しい。
自己紹介からはじめた方が速いとか言ってたのはどの女神だ、と。
「え…」
「帰りたいんだけど。」
「え、じゃ、じゃあ、私の真の名の布教が」
「帰れるんなら、帰りたいので、別の誰かにお願いします。」
「いや、あの…」
おや。この反応は、帰れるんだろうか。
ミステリーが一番好きな私だが、一時期は異世界召喚モノも好んで読んでいたのも私です。
題して『異世界召喚されたが断って帰ってきた!』(完)
あなたの名前の件は同情します。
しかし私には読みかけの小説に書かれていた犯人の名前の方が重要なのです。
だから、帰して。さあ。ハーリ-アップ。
「あのー…実を、言うと、無理ー…」
女神はこちらの様子をちらちら伺っている。
こう言う時は、無言でまっすぐ見つめているのが一番だ。
人からすれば、睨んでいるように見えるらしい。
「…」
「…ではー…ない、の、ですけどもー…?」
「じゃあ」
「いや、でもでもでもですね!それをしちゃうと大災害と言うか!何千何万と死者が」
「なら行きますよ」
「いや、だから、もの凄い沢山の、え?ええ、良いの!?」
「その代わり、一旦部屋に戻して下さい。せめてあと1ページ読ませて。その後なら」
「それだと結局同じなのですよ!」
「なら逆に、名前布教したらすぐに帰してくださいな。」
「それ、も、ちょっと厳しいと言うかですね…」
「…わがままだなぁ」
「悪いのは私じゃないのですよ!」