第13眼 召喚の理由を聞かせて下さい! の2つ目
第一王妃長女ギーン・アーサー・キーロが遅れて姿を見せた。
普段から優雅な仕草で柔和な笑みを浮かべ、弱みとなるような激情を表に出す事が殆どない事で有名なアーサー・キーロが、まさか力の限り足を動かし必死の形相で入ってきた。それだけでも驚くべき事だが、この謁見の最中に迎賓する側であるはずの彼女が、あろう事か使者側である勇者の少女へ一目散に駆け寄って縋り付いていた。
本来勇者を牽引して現れるはずだったキーロが、その勇者から随分遅れて到着した事もさる事ながら、その突飛な行動に誰もが眉をひそめる。
王女キーロに向き直る勇者の顔が一層険しくなった事が、恐らくキーロと勇者である彼女との間に、何か少なからぬ問題が起こった事を窺わせる。
国王クロウを始めその異変を察知した全員が、直ぐにでもキーロに確認を取りたいと思ったが、当の勇者を前にそれができるはずもない。
「アイ様、どうか時間を!私に時間を下さいませ!ほんの少しで良いのです!」
「キーロ!?」
「キーロ!落ち着きなさい!」
「アイ様、お願いいたします!どうか私めに、家族だけで話をする時間を、何卒…!」
その様子を見ていて咄嗟に声を出せたのは、第一王子アッカーと国王クロウの二人だけだったが、その二人の声を聞いてもキーロの様子は静まるどころか明らかに熱を上げていた。
「キーロ、ちゃん?」
「キーロ、今は大切な話の途中です。静かにできないのなら追い出します。」
「黙って下さい!アイ様お願いいたします…。」
「キーロちゃん…ちょっと落ち着いてよ。ね?」
キーロの王妃に対するあるまじき態度に驚く者が殆どだが、残りの者たちは、それよりも勇者の王女キーロに対するあるまじき呼び方や言葉遣いに目を剥いている。しかし当の二人は周りの反応など我関せずと話を続ける。
「ですが…」
「キーロちゃんが追い出されちゃったら、私寂しいし。私も確認したい事とか、状況でまだわからない所とかも多くてさ。だからとりあえず、もうちょっと話聞かせてくれない?」
「アイ様…!」
「約束通り、後で話は聞くから。ね?」
そこへ更に遅れて入ってきたキーロの相談役であるムース・アンマンが、音を極力抑えながらキーロのもとへ駆けてきた。
「姫様、失礼いたします。」
「あ」
難しい顔をして立ち尽くすキーロの手を取り、本来立つべき場所である第一王子の隣まで引っ張られるままに歩いていく。
その場にいる者が呆気に取られている中、隣にいる国王にしか聞こえない程の小さな溜息のあと、王妃が毅然とした態度で話を再開した。
「娘が失礼いたしました。」
「別に、どうって事ないよ。」
「…では、先程の続きとなりますが。勇者召喚についての情報は、主に戦場を知らぬ者には眉唾物とされる風潮すらありましたが……この国は数少ない、実際に勇者召喚を行った国でもありました。それ故、過去の資料や文献から、当時の儀式にまつわる情報、儀式に使われる魔法をなんとか再現し、また当時勇者召喚に携わった者も僅かに残って居た為、その知識を頼りに、この度晴れて勇者召喚の儀を執り行うに至ったのです。そう、貴方はこの国の窮地を救って頂くために呼ばれた、新たなる時代の勇者です。その力、我が国の為に存分に振るわれる事願っています。…何か、わからない事はございますか?問題なければ、これからの予定を簡単に説明し、その上で今後の作戦に纏わる勇者の力…神より賜ったスキルについて話を伺います。」
「…いや、現状については理解できた。うん…理解はできたんだ、ただ、質問と言うか確認と言うか、あーー…。」
勇者は間延びした声を出しながら視線を右へ左へ。広間の人間ほぼ全員に目配せをするように見渡した後、キーロに向き直った。
そして彼女はおどけるように肩を竦めて、しかし悪巧みをしているとしか思えないような下卑た笑みを浮かべた。
不気味がる大勢とは裏腹に、当のキーロだけは極度の焦燥感で息を荒くしていた。キーロの様子に気がついているのは、傍にいるムースの他、兄妹等の王族近くに居る者だけだ。
「先に、念の為、あくまで念の為なんだけど…でも、そこがズレてると恐らくこれから先、話が噛み合わないと思う。とてもややこしくなってしまう。だからね。先に、ハッキリさせておきたいんだ。私の立場って奴をさ。」
「…立場、ですか?」
「そう、立場。つまり、私が貴方達に、この国に、どう扱われるかと言う話!今行われているのが、懇願なのか、交渉なのか、命令なのか。勇者とは救いの慈悲をこの国に与えてくれるかもしれない雲の上の人物なのか、戦力として傭兵として力を貸してほしい対等な交渉相手なのか、この国の為に命も力も差し出すのが当然の奴隷と大差ない」
「滅相もございません!奴隷など!」
「キーロ…!次に邪魔をしたなら、本当に追い出しますよ。」
「…」
突然大声を出して咎められるキーロ。口は閉じたが、その目は決して勇者以外を見ようとしない。
「何度も失礼。どうぞ。」
「ああ、えっとね。じゃあ、例えば例えばの話ですが、全部事が終わった後に私は国を救った英雄として感謝されるのか、お前の仕事は終わったなさあ帰れ…ってなるのか。そういうのって、事にあたる前に決めておかないと、もめる原因になると思わない?」
「…つまり貴女が言いたいのは、報酬が出るのか、と言う話でしょうか?」
「ああ、勿論お金は大事だ!そこの所もキッチリしておくべきだけど、コレはお金だけの話じゃ終わらない。言葉通り、私の立場についてさ。そちらからすれば、今の時点で『ああ神様、勇者様!自らの力ではもうどうにもできない非力な私達に、その力をお恵み下さい。』なのか、『その力をこの国の為に使ってくれるなら相応の報酬を出そう』なのか、『国王が命令してるんだから、あんたは黙って四の五の言わずに馬車馬みたいに働きなさいよね!』なのか。…ここの所を先に、明確に言葉にして欲しいわけですよ。」
「…そういう事ですか。」
王妃は国王の表情を伺い、国王はそれに無言で頷く。
「ではお答えします。」