第13眼 召喚の理由を聞かせて下さい! の1つ目
本日分から入る第一章後編では、本編内にも主人公・砂原愛ちゃん以外の視点で進行する話があります。
また戦闘描写に伴い、幾度か暴力的だったりグロテスクな表現が含まれる場合があります。
予めご了承下さい。
「良くぞ参った、遠い異世界の民、勇者よ。」
「…ハハッ…」
珠玉の間へと足を踏み入れた少女。
鋭い目つきの少女が、肉声が不都合なく届く距離まで歩いて来た時、カー・ラ・アスノート王国国主、ハイ・シロウ・クロウ・カー・ラ・アスノートは王座から腰を上げ直接声をかけた。
対した少女は、そんな国王シロウ・クロウの半生分も生きていないだろう、年端もいかぬ少女だ。
彼女は国王の声にようやく受け入れ難い現実を直視したかのようで、その手で額を押さえ、痛みに耐えるかのような苦い表情をした。漏れ出たのは、砂漠を一晩中歩いた後のような、擦れた笑い声それ一つだけ。
勇者。
ここにいるほぼ全ての者が勇者である彼女とは初対面だが、その服装や外見から、特に年齢に見合わない鋭く険しい特徴的な顔立ちから、彼女が勇者であると言う事を疑う者は一人もいなかった。
歳若い女性、それだけで人を射殺せそうな凶悪な目つき、会話による意思疎通は一応可能、ただし理解力に難ありと思われる、礼儀の教養恐らくなし、着用物は簡素で奇抜なれど品質高し、金銭による交渉はかなり有効。総評、『身形を取り繕っただけのスラム民みたいな者』が妥当と思われる。
第一王妃パール・キーン・ギーン・カー・ラ・アスノートの末娘、ギーン・フーカ・ミドリー・カー・ラ・アスノートによって、この度召喚に応じた勇者についての情報は既に周知の物となっている。
牽引者不在、謁見の式順を無視した勇者一人の登場はあまりに衝撃的な初対面。しかし事前の情報のおかげで、広間の者へ「勇者の礼の無い行動にも極力目を瞑るように」と先んじて声をかけ、また国王自身も心の準備ができていた事もあり、その驚愕を誰一人声に出すまでには至らなかった。
本来であれば先にある「代理をたてた伺い」、「初対面の挨拶」から始まる本題までのやり取りを、求めても無駄だと察した国王が全て省略させた形になる。
部屋の中、来訪者の正面に構える玉座の置かれた壇上には、王と第一王妃とその付き人が護衛を含め計4人。玉座に向かって右側には、第一王子アッカーとその付き人。更に右へ大きな間を空けて第二王女ミドリー達が並んでいた。
だが、この広間で勇者を出迎えたのは王族やその付き人だけではない。
軍事から始まる各部門の顧問、実務を担う長達、実務を任される各派閥に属した将来有望の貴族達、いくつかのギルドの長と副長が概ね身分の順で並んでいる。そして衛兵の他に許されている各々の護衛達。
勇者を護衛しつつ警戒する目的で配置された衛兵は等間隔に、玉座までかけられた吊り橋の如く左右に別れて立っている。参列者の殆どは衛兵の壁越しに勇者を見ている事になる。
全てをあわせると、この広間には100人以上の人間が敷き詰めている事になる。
これだけの人数だ。目があったとしても勇者は、恐らくここに居る人間を一人一人記憶する事はないだろう。たとえこちらは勇者しか見ていないとしても、勇者からすればこちらは、直接言葉を交わさず見守る有象無象だ。それだけの人数だ、仕方がない。
過去、現王が生まれてから今日まで、これだけの人数が珠玉の間へ配備された事はないはずだ。
そもそも珠玉の間は普段ほぼ使われる事がない割りに広く作られており、100人程度入ろうとも手狭に感じる事は決してないのだが。それでも過去のどの光景よりも多い人数である事には変わらず、広間の空気は浮き足立っていた。
これだけの大人数であるが、勇者を迎えるにあたりこの珠玉の間への人員配備は滞りなく終わっていた。
寧ろ勇者の到着は、想定していたよりもいささか遅すぎる位だ。
だが、そういった感情を言葉にする者はここには居ない。
本来の形式とは違えども、王が口を開いたのである。
気軽に口を挿める者などそうは居ない。
「さて、勇者よ。既にこの国の現状、聞き及んでいる所もあるかもしれんが、」
「あ、んや!?まだ全然。」
「…そうであったか。混乱を避ける為、詳しい話は全てこの場にて行うと周知していた。道中不快な思いをさせた者がいたかもしれんが、王命に従う我が国の忠臣達の懊悩、どうか寛大に受け止めて欲しいと思う。」
「いや、問題ないさ?ソコは、大して気にしてないよ。でもさ、まさかこのまま?…場所移さなくて良いの?」
「どういう意味だろうか?」
「こんな大勢の前での話で……いいの?」
「勇者の存在はこの国に光を齎す。少しでも多くの者に知らしめるべき事だ。それとも、何か?大勢の前では言えぬ事でも?」
「…まあそっちが良いなら、別に私はこのままでも良いだけどさぁ。私は、どうなっても責任取れないからね。そこんとこヨロシク。」
「そうか。では早速となるが…子細な話は、我が妻にさせる。妻のキーン・ギーンだ。妻の言葉を、私の言葉として良く聞くように。」
クロウ国王は隣に立っていた女性の一人である第一王妃を紹介し、自らは席に着く。
「キーン・ギーンです。雑務を任されております。我が言葉、我が命は全て王命と遜色ありません。心して聞きなさい。」
「…はあ。雑務、ね。」
「何か不満でしょうか?」
「いいえいいえ、滅相もない。」
「では…。我が国は、現在隣接する内の一国と既に交戦状態。更にこの機に乗じ別国が宣戦布告、もう一国開戦準備の兆しがあり、ほぼ間違いなくその侵攻先は我が国だと推察されています。」
「うわぁ…」
「既に疲弊しつつある前線、これから開かれる第二の戦端。それら目に見える現状だけに死力を尽くせば、今度は第三国にいつ寝首をかかれるかとわからない状況。手をこまねいていればこれから先、野蛮人共にこの国を蹂躙されるのは必死。ですが既に使える物を使っての現状、この国を確実に守る為には…圧倒的な力が必要でした。我が国はそれを勇者に見出したのです。国によってはただの御伽噺としてしか語られない勇者の存在ですが、先の大戦乱時代、勇者召喚に成功した経緯のある我が国には確かにその為の手段が残されているはずでした。魔ほ」
「アイ様!」