! 1章EX 浅黄乙女の暗中模索(イディオムエラー) 2
「姫様…もう、これ以上は、時間が取れません。お入りになるしか…」
「わかってる、わかってるのよ?ええ、わかっています。でも、えっと、そう。他に何かできる事は、何か忘れている事はない?ムース、ねえ…教えて?」
首を横に振るムースに引っぱられるように促され、珠玉の間への扉に手をかけるキーロ。しかし開けない。開ける決心などつくはずがない。
「この国がしたのは勇者召喚じゃないの!?ミドリーが何かした?兄様が間違った?それともお父様かお母様?誰が?何が?それとも、何、私一人が騙されている?違う召喚魔法だったとか?でもじゃあ、そんな魔法何処で作られて、誰が試せる?どうやって…お願い、誰か、教えて…」
おかしい。
不可能なはずよ。
何か、全く予想できない事態が起きてる。
セステレス・ミリアンガー…なんと言っていた?
兎に角彼女は言った。
紛れもなく、この世界と同じ名前の、神の名を。
アイと名乗った少女は、先程行われたばかりの勇者召喚の儀を通じて初めてこの世界に降り立った。
…そのはずでしょ?
実は替え玉だった…とかは…?ありえない。
召喚の魔法陣は反応していて、光が晴れた中に彼女は居た。
召喚されたのは彼女以外に居なかった。
私だってこの目で見てたのよ?
彼女があの召喚に応じてあそこに現れた唯一の人間。
詐欺?ハッタリは…?ありえない。
召喚を終えてまっすぐここまで歩いてきた。
女神の名前は何処で見た?世界の名前は?
「セステレス」と「ミリアンガー」の名前をそれぞれ聞いていたとして、それらに加えて『失われた第三の名』がある事なんて、そんな短時間で手に入れられる情報?
はは…馬鹿か、私は。
その隣にはずっと、私がいたじゃないか。
召喚されてから一時も離れず、あの瞬間まで。
彼女の目に耳に、世界の名も、女神の名も、届く隙なんてなかったじゃないか。
それは私が目の前で見ていたじゃないか。
勇者の力で…?ありえない、ありえない!
だってもう彼女は見せたじゃないか!
あれだけ異様な光景を魔法で再現できる?
それこそ馬鹿な、だ。無理だ、不可能だ!
「アイテムボックス」と呼ばれたスキルの中に、私の手が入ったのを忘れたか!?
「アイテムボックス」…あれは間違いなくスキルじゃないか!!
替え玉じゃない。ハッタリじゃない。スキルじゃない。
なら簡単だ。
…この地に呼び出されるより以前から、その神の名を知っていた。それしかない。
勇者召喚の儀式と同時に現れた、彼女が。
実しやかに噂されていた、「勇者は召喚の際に神に出会う」なんて話。
だが神の姿を教えて欲しいなんて冗談半分の戯言に、彼女は悩む様子もなく快諾した。
その彼女が、その神こそが我が妹だと言ったのだ。
いや。
それ以前に。
彼女は自分で名乗っていたじゃないか。
アイと。
それが答えの全てじゃないか。
つまりそれはなにをいみしている・・・?
いくらさがしたってほかのこたえなんてあるわけ
だって。でも。まさか。
まさかわたしたちは てんにおられる あがめたてまつるべき あの あの あの あの あ あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!
だめだ。
だめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだ!間違っている間違っている間違ってるまちがってるまちがってる!おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい!!誰か教えて!教えてよ!私に教えてよ!知らなきゃいけないの、今すぐに!だから教えてよ、誰か!!
立ち尽くすキーロの手は震え、力が入らず、そのまま扉に頭を預けた。
扉を開けて入らなければ、今直ぐに入らなければ。…でも、心の準備なんてできるはずもない。考えなければいけないのに。これからどうするのか、もしくは他に可能性があるのか?考えれば考えるだけ、「その答え」しかないと、繰り返し頭の中で結論が出てしまう。それを必死に否定して、でも他の答えなんてあるはずがないと思いながら、なのに最初からもう一度思い返して、やっぱりその答えが出る。無限のループを繰り返す。このたった数分で酷使された血管や細胞が、脳が危険信号を出し始めても、頭痛で思考をやめろと主張されても、己の意思で止められる筈もなく、繰り返し続けるしか道がない。
これまでの人生で、最大の後悔に苛まれていた。
「誰か、教えてよ…私達は、何を、呼び出してしまったの………!?」
大衆の前で毅然としているべき王族の、そんな懺悔にも似た姿を後ろから見ていたが、その場の誰も咎められない。
しかし、キーロの心は決まらなくとも、時間は彼女の事など知らんとばかりに進み続ける。
そして、先に珠玉の間へ入って行ったアイの事を思い出す。
彼女ともう一度見える事に、恐怖しかない。だが、思い出して数秒も経つと、逆に、件の彼女が視界に入らない場所で何かが起こるかも知れない…と言う恐怖に押されて、気がつけば扉に力を込めてしまった。
珠玉の間の入り口は、叫び声をあげるように開いた。
ギイィ、ガゴゴ、グググ。鳴り響いたはずだ。振動が手に伝わる。なのに、どんな音が鳴っていただろうか、わからない。耳に届いていない。
化け物の口に、望んでいないのに体が勝手に足を踏み入れているような錯覚。
吐き気がこみ上げる。
もう、開いてしまった。
もう、キーロは止まれなかった。