表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
邪眼は正しく使って下さい!  作者: たかはし?
世界転移の邪眼勇者編
43/162

0章EX 高校一年の邪眼女子(イビルガール) 12

本日、エピローグと合わせて2本立て。


 翌3月。

 卒業式の日。

 今日に至るまで、先輩達との話す機会は減りに減り、この一ヶ月位の間に2度しか顔を見ていない。


 

 私は元部長の趣味に毒され、推理小説を好んで読むようになっていた。

 ベンジャミンはシリーズ作品の一作目だったらしいと言う事に後から気がついたのだが、無事今年の頭に二作目も発売。未だに有名にはなっていないが、本屋でも少しだけ扱いが良くなって来ているように思う。ベンジャミンシリーズの後を追いつつ、似たような作品を見つけては手に取り、推理をしながら読む面白さを部長とも共有しながら読む本の幅を広げていた。

 部長の影響で、私の趣味が変わったのだ。でも、変わる事は悪い事ではない。卒業と言うイベントだって同じだ。悪い変化ではないはずだ。


 でも私は不機嫌だった。

 原因は明白だ。でも理由はわからない。

 私の人生で、あの二人程言葉を交わした相手は居ない……妹の香くらいしか。

 そんな二人が、もう会話が随分減って、殆ど私と関わらない所で生きている二人が、完全に私と関わらない所で生き始める。

 この数ヶ月に比べればそこまで大きな変化ではないはずなのに、それがなぜか凄く大きな事のようにも感じる。そんな目印みたいな日だ。

 一見平坦だった木材に突き立てられた、不和が目立つ楔を見ているような気分で。

 …だから、私はなんだか朝から不機嫌だった。


 入部のあの日から今日に至るまで、沢山の変化があった。

 一番は、先輩からの呼び名だろうか。

 先輩は私の事を、もうあんたとか番長とは呼ばない。

 もうずっと前。二人が引退するよりも早く、元部長と同じように、「砂原」とか「砂原さん」と呼ぶようになった。正確にいつからとかは覚えていない。いつの間にかだ。

 私は、私に対して話しかけてくる部長との会話を適当に済ませて、できるだけ本に没頭しようと過ごしてきた。意味は特にない。

 でも、今日で話すのが最後かもしれないと思ったら、無性に部長達と話したいと思った。私は、初めてかもしれない、自分に芽生えた名前の知らない気持ちを自覚した。



 今日は朝から卒業式に関する行事に全ての時間を費やされている。

 当然、先輩達とは言葉を交わす機会はないまま。

 今日の部長は真っ直ぐの綺麗な髪を肩に乗せ、乗った毛先の辺りだけが少しカールしている。先輩は髪を結い上げていた。普段とは違う和服姿は美しく、特に先輩が言葉遣いとは裏腹に大変良く似合っておりお淑やかそうに見えた。

 今居る場所は校舎前。

 卒業式は、つい先ほど終わったばかり。


 学園物の漫画やアニメだと、先輩と感動のお別れシーンをする為に玄関の外で見送るのがセオリーだろう。

 場面の見栄えはあるし、現実に則したイベントのようにも一見見える。

 この学校でも部活の先輩後輩の挨拶とかを見越してなのか、卒業生を見送るために在校生が玄関を出た先で少しの間だけ見送る事を許されている。

 ………けど、けれど。卒業式なんだから当然、先輩達も親御さんが来ていて、ずっと彼女達の近くに居るのだ。

 先輩達だって、と言うか誰だって自分の家族をまず優先して、そして家族に交友関係を見せるのは恥ずかしいのか、今日でもう二度と会わない相手だって居るだろうに、友人知人同士ではそれほど言葉を交わさない。

 まあ、私は持っていないが、今の時代は携帯があるんだ。

 本当にまた会いたい友人には、自発的に連絡を取れば簡単に会えるだろう。

 私は持っていないが。


 ……私は話そうか、どうしようか。

 そんな風に遠巻きに見てまごついている内に、在校生は各自教室に戻れという指示が聞こえた。

 このまま。私はこのまま言葉も交わさず、あっさりと消えていくサヨナラをする事になるらしい。

 先輩達を最後に一目見ただけで満足して今日を終えて、それから二度と会わないんだろう。そう思って校舎へ向かっていたが…

 後ろから声がかかり、振り返る。



「砂原さん」

「砂原」



 二人連れ立って近くまで来ていた。

 …わざわざ、私と言葉を交わす為に?


 元部長が右手を、先輩が左手を握る。

 握られるのは、これが最初。それに、きっと最後。



「砂原さんのおかげで、私の高校最後の一年、すんごく楽しかったよ。」

「………疫病神でも、役に立てて良かったです。」

「…疫病神なんかじゃないよ。絶対。素敵な一年を、ありがとう。」



 2学期中ごろまでで饒舌になり始めていた私の口調は、すっかり鳴りを潜めていた。

 話せないわけではない。頭では考えているのだ。

 でも、しばらく人と話していなかった事もあり、自分が考えた言葉を何の吟味もせず口に出すのが、どうしても躊躇われてしまうのだ。

 …おかしいな?この前はアレと話した時はそんな事なかったのに。

 


 『疫病神』と言うのは、文芸部に災厄を齎した私が一度、皮肉かつ照れ隠しで言った言葉だった。

 初めて言った時も部長には、笑って否定された。今日は、真剣に否定された。

 部長を信じていなかった、というのとは違うが、あの時の言葉と今日の言葉は色んな物が違った。

 その真剣さを帯びた言葉は、すんなりと私の胸に入ってきた。

 『そうか。私は、疫病神じゃあなかったのかな。』なんて。

 それは遠い昔の出来事に対してであり、今更ではあるのだが。

 でもきっと、あの時の事だけではないのだろうなとも思う。

 居て良いんだよ、居てくれてありがとう。そんな風に、心に、届いた気がした。

 本当にそうなら、それは、良い事……なのかもしれない。


 会話に隙ができると直ぐに左手を握られた。

 顔も先輩に向け直す。



「砂原。最後に私の名前ちゃんと覚えてね。」

「……先輩の名前…土谷?」

「津田だっつってんだろ!」



 元部長はケラケラと笑う。


 部長が私になってからも変わらず、『部長』『先輩』としか呼んでないから覚えてないよ。

 名前…と言うか苗字についても何度か言われているが、未だに覚えていないし、多分今日も覚えられない。

 これはもはや、私と先輩がたまにする、儀式みたいなものだ。

 ……でもそもそも覚えられないのは、元部長がツッチーって呼ぶのが原因だと思う。

 チはどこから来たのだ。


 あ!

 そうだ。ちょうどいい。



「そう言えば先輩。部長。」

「何?」

「ん?」

「……名前で思い出したんですけど、言ってなかった事が一つあって。丁度良いので言っておこうかと。私、」



 そう、言おうか言うまいか悩んでいたが…先輩達とは、私の勘違いじゃなければ………仲良くなれた、気がする。

 人との距離を測るのが極度に苦手な私が、ハッキリとこう感じたんだ。きっと間違いない。



 だから今なら、言ってもいいかもしれない。



 私、-



「砂原って苗字で呼ばれるの嫌いなんですよ。」

「「今更!?」」



 驚いて、笑われて。

 その後に、「そう言うのは入部した時に言ってくれ」とお小言を言われてしまった。

 …どうやら遅かったらしい。むぅ。


 怒られたのが、なんだか嬉しかった。もっと話したいなと思った。

 でも、元部長の母親がそろそろ帰るよと声をかけにきた時、もうお開きの時間だった事を思い出した。在校生も殆ど校舎の中だ。でも、玄関はまだごった返している。もうちょっとだけなら何か言える時間があるんじゃないかな?


 こんなんで終わって良いのかな?


 そう思った。

 まあけど、できなかったと思ってた話もできたしね。

 十分なのかな。少しだけ考えたけど。

 もう、他に言葉は出なかった。



「砂原さん。頑張ってね。」

「またね。」




 手を振っていた。手を振り返した。

 二人は背を向けて歩いていく。







 ああ。

 ねえ、先輩。


 またですか?

 またって、いつですか?

 また部室来てくれますか?

 来てくれますよね。

 来てくれるって事ですか?

 そういう意味ですよね?

 これで最後じゃないですよね?

 もっと、話したいです。

 名前と同じで、言ってない事沢山あるんです。

 仲良くなったって思うから、今なら話せる気がするんです。

 まだ話すのはやめようって思ってた事、沢山。

 もう話して良かったんですか?

 私はそういうの、良くわからないから。

 どんどん、二人が部室に来るの少なくなって、もやっとしたんです。

 今かな、もっと後かな、ずっと後かなって、いつ言えばって、そうずっと考えてたんです。

 ほら、そう聞くと聞きたくなったんじゃないですか、先輩。

 聞かれたらちゃんと全部言いますよ。

 わからない部分があればちゃんと細かく説明もします。

 でも時間がたくさん必要ですよね。

 もし今が忙しそうなら、次でも良いんです。

 だから。

 だから、また、部室に来てくれますよね?

 今まで言わなかったのには理由があるんです。

 入部してから時間は沢山あったけど本ばっかり読んでましたね。

 本が楽しかったのもあります。

 でもそれだけじゃないんです。

 こんなに人と話す事なんて今まで無くて、何を話せばいいかわからなかったんです。

 だから逃げるみたいに本を読んでたんです。

 でも先輩、知ってました?

 私結構、お喋りも好きなんですよ。

 部長は私の事を全然怒ったりしないし。

 先輩も最初は少し怒りっぽかったけど、直ぐに笑って話してくれるようになりましたよね。

 思い返せばいつだったかハッキリわかるんですが、毎日部活で話してた時は気づかなかったんです。

 どこまで行ったら「仲が良い」になるんだろうとか。

 どこまで行けば何まで話して良いんだろうとか。

 私、今までこんなに話をした人なんて居なかったから。

 全然わかんなかったんです。

 気づいたのは、先輩達があんまり部室に来なくなってからでした。

 後悔先に立たずって言葉がありますが、あれって本当ですね。

 ちょっと後悔してるかもしれないです。

 だから。

 だから私頑張ります。

 私も応援します。

 だから先輩達も頑張ってください。

 私も頑張るから、先輩達も頑張って下さい。

 そして、頑張ってる私を見に来てください。

 また部室に来て下さい。

 あ、でも最近の部室の事と言えば、知ってますか?

 二人があんまり来なくなってからの部室。

 文芸部室で一人だと静かで過ごしやすいはずなのに、ちょっと変なんです。

 違和感があるんです。

 なんて言えば良いのかわからないけど、先輩達が居た時の部室と、何か違うんです。

 学校が終わっても家に帰らなくて良い場所があるって嬉しいなって思うんです。

 この一年、部室は私にとって、そういう場所だったんだなって最近思います。

 でもその最近になってから、違うんです。

 部室に私一人になってから、それまでと何かが違うんです。

 人数だけじゃなくて、何かが変わった気がするんです。

 私の気のせいかもしれない。

 けど、でもこんな私の気のせいも、気にしなくて大丈夫だと思うんです。

 それもきっと先輩達が、部室にたまに遊びに来てくれるなら大丈夫な気がするんです。

 根拠はないですが。

 でも、確信はあるんです。

 私、入学した頃、自分を変えたいって思ってたんですよ。

 毎日になんとなく、心の中で点数をつけてたんです。

 最高で25点になるようにです。

 その位が最高だと思ってたんです。

 多分自分を変えられた時に、もっと良い点数にできるんじゃないかなって思って。

 でも先輩達と部活してた時は、違ったんです。

 25点よりも上の点数、毎日ついちゃったんです。

 知ってましたか、先輩。

 知らないですよね、部長。

 言った事ないですもん。

 でも。

 だから。

 だから先輩、部長。

 また来ますよね。

 また来てくれますよね。

 また、会えますよね。

 また話せますよね。

 また話したいんです。

 足りないんです。

 これじゃ。

 また。

 まだ。




 ああ。

 あああああああああああああああ!

 私!おい自分!

 なんでさっき言わなかった?まだまだ言いたい言葉は沢山あるじゃないか!

 言い忘れてた事、言葉にできる感情。まだこんなにある。


 ……そうだ。

 もう一度。

 もう一度、彼女達が振り返ったら声をかけよう。

 なんだ、まだ大丈夫じゃないか。たったそれだけで良いじゃないか。

 教室なんて、ちょっとくらい遅れたって良いじゃないか。

 家族なんて、ちょっと待たせておけば良いじゃないか。


 さあ、部長。

 さあ、先輩。

 こっち向いて。



 ---でも、彼女達はもう振り返らなかった。



 そう言う時って、バイバイって、振り返って手を振るのが普通じゃないの?


 自分勝手な思い込みでしかない。それはわかってた。でも、なんとなく二人なら、そうしてくれるんじゃないかと思った。

 それは正しいけれど、間違いだ。私はただ、引き止める勇気がなかったから、きっかけが欲しかっただけなんだと、小さくなっていく背中を見つめてそう自覚した。家族のもとまで辿り着いた二人。もう理解できていた。『最後』は、もう過ぎたのだと。


 どれだけ一緒に時間を過ごしても。

 やっぱり、人と完全にはわかりあえないんだな。

 心は、言葉にしなきゃ伝わらないんだな。

 私は話すのが、下手なんだな。

 気づくのが遅かったんだな。

 わかってたんだけど、な。

 そう改めて思いながら、二人とその家族が去る校門を見つめていた。






 先輩達の姿が見えなくなってからも、しばらくそこに立ってた気がする。

 ああ、行かなきゃ。そう思って、頭がぼんやりとしたまま校舎に入った。

 気づけば部室に居た。

 ホームルームには参加しなかった。

 部室で、部長の座っていた席につっぷして。

 振り返らなかった二人の背中を、ただただ思い出していた。


 ねえ、部長。ねえ、先輩。二人はいつだか、部員が減ったのに、部活が楽しくなったと言いました。

 私が。自分を、人生を変えてくれたと。

 私はどうでしたか?私は出会った頃に比べて、何か変わりましたか?

 私の中で、趣味以外の何か、変わった部分はあったんでしょうか?

 私は……………………私は自分では、わかりません……。

 変わった自覚は、ありません。



 窓の外には花びらが流れるように舞う。

 本当は香りも形も、それぞれ少しずつ違うはずの花びら。

 同じ花びらは二枚と無いのに、全部が特徴のない同じ物に見えてくる。

 きっと私は先輩達の、花びらになる。

 明日は換気をしよう。

 今日はまだ、まだ微かに先輩達の匂いがしたような気がした、この部室に居たい。

 だから換気は、明日にしよう。

 この部屋に新しい季節の風を、春の風をいっぱい入れなきゃいけない。

 きっと花の香りのする、それはそれで良い部室になる。だから。

 春の風と春の香りで埋め尽くさなきゃいけない。

 だってほら。閉めっぱなしにしていたせいで、部室の中にはまだ冬の空気が残っているんだろう。


 だってまだ、こんなに静かで寒いんだから。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ