0章EX 高校一年の邪眼女子(イビルガール) 10
部長が笑い疲れるまで、しばらく待っていた。
一度終わりそうだった所に、もう一度私の顔と本を見て噴出して再開。呼吸困難に陥って、このままでは保健室に運ばれかねないなと思う頃に、ようやく二度目の波が過ぎたらしく静かになって来た。
待っている間に、既に先輩は毒気が抜かれたような、でも思い通りに行かなくてちょっとふて腐れたようなお顔をしていた。
おお、落ち着いたかな?そろそろ続きが読めそうだ。
「続き、読んで良いでしょうか。」
「…いや待ちなさいよ。」
まだ何かあるんだろうか……。
もういい加減話し合いは飽きた。
ジャスミンがぁぁああ!私をぉおお!待っているんだぁぁあああああ!
「何よ今の。」
「…?ベンジャミンですが。」
本を掲げて、開いていたページを指差す。
「わかるわよ!そうじゃなくて!」
「はー…。ツッチー。もうやめよう。そういう子じゃないってわかったでしょ?」
「話し始める前よりわかんないわよ!どういう事なの!?どうしてあそこでベンジャミンが出るのよ!真面目な話してたでしょう!?」
「そこにベンジャミンがあったからですが。」
「どこの登山家よ!」
つっこみの速度とバリエーションが凄い。
「今、結構良い所なんで続きが気になって仕方ないんです。」
「……本が好きってのが本当だってのはわかったわ…。」
「待て待て待て。待つんだ砂原さん。色々言いたい事もある。まあ残念ながら、ただ本を読むだけでは部活にはならない、とか。」
なん………だと……!?
衝撃の事実だ。え、本だけ読んでようよ。
他に何するの。
既に昨日、黙々と小説を書いていた少女の後姿なんて記憶の彼方だ。
「そう、感想を言い合ったりする時間を設けたり、読むだけではなく書いたりも文芸部の活動の一つと言えるわけだがね…まあ、それもあるが、私が今止めたのはそうじゃない。」
「…?」
「わからないと言う顔をしているな。なら、教えてあげよう!」
部長はバッと横を向き、部室の壁を見たかと思うとその上方を指差す。
「下校時間だ!」
……時計は、17時半を過ぎていた。
「いつのまに…。」
「まあ、かなり集中していたからね。私が席を立った時、既に17時を過ぎていたし。と言う事で、帰り支度をするんだ。」
「…部長。」
「なに?」
「本、持って帰っても良いですか?」
「ん、ああ。ダメなのもあるけど…」
部長はそう言いながら自分の机まで歩いていき、机の上にいつの間にか乗っていた袋を差し出して来た。
「こっちは大丈夫。はい。」
「あ、いえ…そうじゃなくて。」
「…?」
「コレ」
『私はその死体がベンジャミンのはずだと言ったが、死んだのはどうやら別の誰かのようだ。』
「このままじゃ、続きが気になって眠れません。」
「それは!」
「ダイジョーブだ!!」
「は!?ちょっと!」
……先輩が何やら驚いて焦っている。
先輩もまだだっただろうか?
「先輩が先読みますか?」
…少し名残惜しいが、差し出してみた。
「い、いや、私は…もう読んだし。」
「なら良いですね。」
そして即座に引っ込める。
部長はもう一度袋を差し出して来る。
「こっちは良いの?」
「読みたいですが、今日はコッチだけで。」
どうせ明日も学校はある。今日だけでこれを読みきれるかわからないくらいなのに、わざわざ他も持っていく必要はないだろう。重くて疲れる上、本を持ち運んで傷つくリスクは少しでも減らしたいしね。
「…うん、そっか。」
「はぁ…ねぇ、これの何処が噂の番長なの?」
「だから何度も言ってるだろ。」
「…番長?」
バンチョーってなんぞ?
「説明を要求します。」
「…なんでもないわよ。」
「…」
質問しても答えてくれない先輩。
だめだ。と思って部長に目を向ける。
「それはね、」
「ちょ、裏切り者!」
代わりに、部長が教えてくれた。
部員の後輩から、二つ名の噂を聞いた際、「二つ名があるなんて番長みたいよね」なんて言う台詞をのたまったらしい。
ほう、番長ね?面白い事を言うもんだ。
そんなの、漫画とかアニメでしか見た事ないわ。
私は先輩から送られた新しい「番長」と言う二つ名を繰り返し呟きながら帰り支度を進めた。
先輩は何やら恨めしそうに言っているけれど、なんて言ってるか聞こえないから無視しよう。