0章EX 高校一年の邪眼女子(イビルガール) 5
「……いらっしゃい。良く来たわね。」
「…」
翌日。
一日が、いつもより少し長く感じた日だった。
授業に慣れ始め、昨日いつもと違う放課後を過ごして疲れていたからかもしれない。
部室にあると言う妹が登場する系ラノベが、私が読んだ事のある作品ではない事を祈りながら過ごしていたからかもしれない、とも思う。
だが幾ら遅く感じても、時計の針をじっと見ていれば確かに進んで行くし、それをずっと見ていればいつの間にか授業は終わっている。
そう言えば元々授業であてられるのは珍しいほうではあるが、今日は一日無かったかもしれない。珍しい。アンコモンとかレアとかじゃない、ハイパーレアだ。
そんな数奇な一日の授業を終え、入部希望用紙に文芸部の名前を書いて担任に提出していた分少し遅れたが、私は昨日来たより少し遅い程度の時間にまた文芸部の部室に訪れたのだった。
ドアを開けると、文芸部員達が出迎えてくれる。
ただ、昨日とは明らかに、部室の様子が違った。
原因はわかっている。
「…部長」
「なに?」
部長の前まで歩いて近づき、思い切って聞いてみた。
「全部、私が読んだ事ない奴です。凄い楽しみで、どの本が、部長のお勧めですか。教えて下さい。」
大き目の本棚が二つあるがそれだけでは収まらず、部長の机の上にも計3山に分けられた7作品のラノベが積まれていた。それ以外の本も1山分……厚めの本が1、2、3…8冊程あるが、とりあえず私の目にはラノベしか写らない。
一応本棚にも少し入っているようだが、どちらかと言えば部長の机に乗せられている分の方が多い。なる程、昨日は部員達に声をかけてこれだけの本を回収したと言うなら、昨日帰らされた理由もわかる。
「……あんた、この部室見て最初の台詞がそれなわけ?もっとあるでしょ。」
「やめてツッチー。」
ツッチーと呼ばれた女性は、腕を組んで威圧的な表情を此方に向けながら立っていた。
腰まで行かないがロングと言って差し支えないのではないか?と思う程大ボリュームの髪が、結びもされず重力に引かれるがまま真っ直ぐ下へ伸びていた。
私と比べるとまだかなり可愛い方ではあると思うが、目尻が切れ長で美しさと一緒に若干のとっつきにくそうな怖そうなと言うイメージも滲み出ていた。
うん。まあ、そうだ。先輩(恐らく)の言う通り、本よりも目立つ部分にも違いはある。
昨日より人数が4人程少ない。
今居るのは、年上らしき声をかけて来た女性と、目の前の部長だけ。
……ミンナクルノガオソインダネ。
と言うのは冗談。
そう、つまり本を回収する為に私が今日来ると部長が話した結果、他の部員がボイコットするに至ったわけだ。
殺虫剤をかけられた虫よりも必死に逃げてるじゃないか。ハハ!見ろ、人がゴミ虫のようだ!
私が来るとわかっただけでこの効果。一目散どころか一耳散だよ、なんだよ一耳散ってどんだけだよ。
部室は人が一気に減ったせいでガランとしていて、むなしくも思えた。
昨日は、専用の席っぽい所に座る部長と、これまた離れた専用席に座る何かを書いている人の二人。そしてそれぞれの近くに一つずつ、計二つの空き席があった。あとは部室の中央に、机よりも少し低めのテーブルと、それを囲む5人分のソファーがあり、残りの人たちはそっちに座っていたと思う。
今は、部長が昨日と同じ席。もう一人は部長の一番近くの空き席に座っていた。
部屋の隅に追いやられている長机の上も、昨日は荷物置き場として大活躍していたようだったが、今日は一つしか乗っていない。
…あれ、一つ?部員が二人居るのに?
見回すと、部長の荷物は部長の席の横にあった。
あれだけ荷物置き場が空いてるんだから、そっちに乗せたら良いのにね。ともあれ。
「………荷物の置き場所には困らないですね。」
二人とも唖然としてしまった。
「良い度胸してんじゃない。笑えないんだけど、その皮肉。」
「…?」
皮肉?タイミング的に私の事かと思ったけど、私は皮肉なんて言っていないし。誰がいつ皮肉を言ったの?気がつかなかった。ヤバイね、会話に乗り遅れてるよこりゃ。
こんな時の解決方法は勿論ただ一つ。
本だ。本を読めば良いのだ。
本を読んでいれば、会話に参加しなくても文句を言われないぞ。良い作戦だ。
「で、部長のお勧めはありますか?」
「…」
「…」
再度二人が唖然としてしまっていた。
…え、何?やっぱり、皮肉がどうのって私の事なの?何を言っているのかわからないんだけど。
「……私は、純然たる事実を言ったまでですが、何か?何もなければ、とりあえず本を読みたいんですが。好きに読んで良いんでしょうか?」
「…あ、ああ…どうぞ。」
「………で、お勧め…」
「ああ、って言うか、お勧め、こだわるね。」
「……いえ、別に。」
こだわったつもりはない。
ただ、ラノベを読む自分以外の人と話をした事がないから。ただ、なんとなく興味があったのだ。ただなんとなくだ。
「そうね……………」
「…」
「マイナーだけど、ベンジャミンとか。」
「ちょっ…!?」
突然、隣に座っていた先輩が立ち上がる。
続いて立った部長は、彼女を押し留めるように仕草だけをして、それからゆっくり本棚へ向かった。
ああ、机のの方が多いけど、ベンジャミンとやらは本棚にある方だったか。
「あんた、正気?やめとこうよ。」
「きっと、大丈夫だから。……はい、砂原さん。」
見せられた本のタイトルはこうだ。
『私はその死体がベンジャミンのはずだと言ったが、死んだのはどうやら別の誰かのようだ。』
………え、なんだこれ。ってか、厚い。
「……部長。私が思うにこれはライトノベルではありませんが。ライトノベルと言うのは、もっとこう、なんと言うか…」
「大丈夫、私も、これがライトノベルだとは思ってない。」
どういう事だろうか。
別にラノベ以外読まないわけではないが、これは…死体がどうだとか書いてあるし、殺人物の推理小説か?手を出したことがないジャンルだ。
確かに部長の言う通り、マイナーなのだろう。少なくとも私は、こんなタイトル見た事がない。
「………聞いておいてなんですが、パスします。少なくとも先にラノベ読みたいです読みます。」
「砂原さん。」
「……はい?」
「ベンジャミンにはね、ジャスミンって言う可愛い妹が居て」
「はい、読みます。」
食わず嫌いは駄目だよね。なんでもとりあえず読んでみなきゃ!
「…何、どういう事?」
先輩(部長じゃない方)が呟いた。
部長はそれに答えず、ただ笑っているだけだった。