0章EX 高校一年の邪眼女子(イビルガール) 2
「…えと、入部希望って事だよね。今日は見学?とりあえず座って。」
「………挨拶だけなので。今日はこれで。」
「いやいやいや!挨拶も何も、名前も聞いてないから!」
「っ…!?」
忘れてた。
名前、どうしよう。
「さ、あー、愛、です。」
「…?えっと、愛さんね。名前だよね?苗字は?」
「黙秘します。」
「……入部するんだよね?」
「はい、名前だけ!」
「もうわかったから、名前だけ入部にしたいのはわかった。ああもう、じゃあとりあえずフルネームを教えなさい。私は飯島薫、部長ね。」
飯島 薫。
そう名乗った彼女は、天然なのか人工なのかはさておき、あごよりも少し長いくらいの髪が半回転ほどカールしていて、キリっとした顔立ちに妙にはまっていた。
低くはないが、少し落ち着きを感じる声音。
間違いなく女性なのだが、ちょっとだけ、ほんのちょっと力強い印象があると言うか、アクションがオーバー気味な気がする。
ここは文芸部ですよね?演劇部と間違えてないですよね?
それにしても、名前…
「カオル…?」
「そう、薫。…なに?」
「……いえ。別に。」
「別に珍しい名前でもないと思うけど?……まあ私の名前は良いわ。さ、兎に角フルネームを言いなさいな。」
「………どの名前が良いでしょうか?」
「…テストに書く時の名前でお願いします。」
「砂原、愛。」
「…うん。わかった。砂原さん。文芸部にようこそ。で、今日は見学?」
当然ながら部活は大抵、一度以上見学に来てから決めるが、この学校では部活への入部が必須なので、クラスで配られた入部希望の用紙を担任に提出すればそれで完了なのだ。
入部手続きに、わざわざ部室に来る必要はない。
「いえ、あの……ほんとに、ただの挨拶です。入部してから顔も見せないつもりなんで。」
「あなた、すんごい事言うわね。ねえ、もしかしてこの後予定あったりする?」
「……いえ、別に。」
「なら少しだけ話聞かせてよ。」
「……いえ、間に合ってます。」
「名前だけの入部認めてあげるから、事情位聞かせてよ。」
「……いえ、結構です。それ位なら別の部に行きます。陸上部とか。」
「うわあ、なんだこいつ!すんごい変な奴だ!」
「部長…」
本を読むような仕草をしながら、部室に入ってからずっとこちらの様子を伺っていた部員の一人が部長の飯島先輩に声をかけた。
…部長なら、当然先輩だよね。
「ああ、近くの空き教室行くから。皆はそのままで良いよ。」
「じゃあ私はこれで。」
「あなたも行きます。」
肩が揺れた。
と思ったら、荷物を奪われていた。
面倒な。
………まあでも、話が終われば返してくれる事はわかってるんだから、そこまで怒る事でもないか。
これ以上は抵抗するより、ほどほどに話に乗っかった方が速かろう。
「取って喰いやしないよ。ついておいで。」
ハハ。私は人喰い鬼らしいので、食われるは貴方かもしれないですが。
話題の『近く』の空き教室とやらは本当に近く、廊下に出て30秒もかからなかった。
「さ、どうぞ。」
「…」
ドアを開けて中へ入っていった飯島先輩は、空き教室の後ろに並んでいる机の一つに向かって真っ直ぐ歩き、その上に置いてあった椅子を半分投げるように置いた。先輩はそのまま、椅子が無くなった机の上に飛び乗るように座る。
私が椅子に座ると、向かい合う形だ。
「文芸部ってさ、結構幽霊部員が多いのよ。知ってた?」
「……はあ。」
「……いや、ごめん、良いわ。無理に返事しないでも。まあ、幽霊部員が居るわけよ。私の年もそうだし、去年もそうだった。」
ほう、飯島先輩は3年生のようだ。留年していなければ、だが。
申し訳ないので相槌をうった方がいいか。
「留年はしてないんですか?」
「…誰が?」
………またやってしまった。
主語と思考の言語化が抜けていた。
やっぱり極力黙って聞く事にしよう。
「………いえ、別に。」
「…?まあ良いわ。それでね、幽霊部員は8割9割が、黙って入部して、数日来て、その後来なくなるのよ。」
「非常識ですね。」
「そう言うあなたより非常識な新入部員なんて、私は見た事ないわ。」
部員になるんだから、挨拶は必須だと思うんだけどな。私は黙って入部する奴らより常識が無いと言う判断をされたらしい。心外です。
「わざわざ面と向かって幽霊の宣言をしに来た人も、幽霊確定の入部希望者も、どっちも初めてよ。どっちの方が非常識かなんて言うまでもないでしょう。」
「…私としては、そう言えば常識と言う言葉が示す意味は人それぞれだったなと、今思い出した所です。いわゆる価値観の相違ですね。」
「じゃあ離婚ね。でも今でも好きよ。」
「ヒヒ、ヒヒヒ。」
「……笑うなよ、そこはつっこもうよ。って言うか笑い方怖いよ。」
え、そこは先輩が先につっこむタイミングでボケたからじゃないですか。理不尽だなあ。
でも、笑ってるとわかって貰えたらしい。なかなか珍しい事だ。普通なら大体、怒ってるのかと聞かれる場面だ。
「先輩とは気が合いそうです。」
「何を根拠に言っているかはわからないんだけど!?私は絶対に合わないと今確信したわ…」
「価値観の相違ですね。」
「話を戻すな。」
またやってしまった。
高校デビューの言葉が頭をちらつくから、時折積極的に話さなきゃいけないような気がしてしまう。
やっぱり、できるだけ静かに立ってよう。
木だ!樹木になるんだ!
「で、わざわざ幽霊部員宣言された手前、わかりましたよーってスルーするわけには行かないのよ。部長としては、顧問からグチグチと言われるわけでね。一旦来なくなり始めたら大体そのまま卒業まで来ないか退部するから、ずっと言われるわけじゃあない。でも特に新入生部員の話題だと、そこらへん敏感になる訳よ。まあ事情もあるんだろうし、無理に全部聞き出したいわけじゃない。でも、砂原さん。あなたは無言で幽霊決め込む奴らとは違う。幽霊したいって、それ自体は褒められた考え方じゃないけど、でもそれを予め口にしてくれた。それは良い所だと思うんだ。だから、私も、少しくらい力になってあげたいって言うかさ。話せる所まででも言ってくれたら、力になったり、フォローできるかもしれないでしょ?だからさ、だから………」
「…」
「…だからなんか喋れよ。」
「面倒なので早く帰りたい。」
「素直でよろしい。でも違う。」
喋れと言われて喋ったのです。理不尽です。この扱いは不当です。
…これも言わない方が良いだろうか。
「…なんで文芸部?やっぱ、文化系の方がサボりやすいから?」
「……いえ、本が好きだからです。」
「………至極全うな入部動機じゃない。なら普通に文芸部員になれば?なんで幽霊とか言い出すのさ。」
「……いえ、人間が嫌いだからです。」
「お、お………おう、そうか…」
「はい。帰っても良いですか?カバン返してください。」
「待て待て待て。まだ文芸部を選んだ理由しか聞いてないって。用事はないんでしょ?ならそう急ぐ事もないじゃない。」
「……幽霊になりたい私の力になってくれるんですよね?なら、黙って見過ごして下さい。それが一番嬉しいんです。」