1章EX 深緑乙女の暗中飛躍(ミスプラン) 3
「姫様、上手く行きましたな。」
「当然じゃない。失敗するわけないし。」
「ええ。まあ女一人と言うのは大分予想外ではありましたが…ただ、逆に御しやすい。色恋が関わる男ならいざ知らず、女であれば、アーサー様だけにつくという事もないでしょう。」
「そうね。そういう意味では、女で良かったわ。」
「それに、女一人で後ろ盾もなくここへ来たのです。場合によっては、金以外に、脅してでも言う事をきかせる、という事もできるでしょう。」
「……は?相手は勇者よ?」
勇者に勝てる人間なんて居るなら、そもそも召喚なんて面倒な事はしないだろう。
勇者に負けない、殺されないだけならまだしも、脅すなんて………無理だ。できるはずがない。
「確かに、一対一の実力では勝てません。それでも、方法はあります。ただ一人住む場所もなく、頼れる知り合いも居ないのに町に放り出される不安に付け込めば良い。ここにしか安心できる場所はないと。それが事実ではなくても、そう思い込ませれば良いのです。そう考えれば、いくらでもやりようはあるかと。手段が多い事は、良い事です。」
「成る程ね。まあ、そうね。…じゃあ、それら思いつく全部の利点とやら、貴方からお母様に教えて差し上げて。きっとお母様は喜んで褒めて下さるわ。」
「ええ、お喜びになるでしょう。」
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「と言う次第にございます。」
「よくやってくれました。ニール。ミドリー。しかし…」
珠玉の間。既に大勢がこの広間に居り、アーサー・キーロ率いる勇者の到着を今や遅しと気を揉む人々の、そわそわとした落ち着かない空気に包まれていた。
そこへ、一足先に勇者と言葉を交わしたニールとミドリーが足を踏み入れ、大雑把な勇者とのやりとりを伝えていた。
やりとりと言っても、実際に交わされた言葉は勇者への無礼千万な誹謗中傷も多分に含まれており、その上金銭的な約束事がある事は仄めかしつつもこちらも全貌は大きくぼかした為、『目つきや態度が悪く、無礼で、金にがめつい、女が一人』と言う、とても勇者として相応しくないと言わざるを得ない印象が淡々と伝わった事になる。
「女の勇者一人だけ……ハズレ、ですか。」
「残念ながら。」
人格、品格も勿論問題だが、一番は勇者として使えるか、使えないのか、と言う部分だ。
召喚される勇者は男。もしくは男を代表とした複数人。
それは絶対だと思われていた。
男と一緒に召喚された女性勇者は、攻撃の全てを男に頼り補佐や回復を担当するのが殆どで、必要な時以外は王都等の安全な場所に匿われ、そのまま子を成し戦線から退く。極々一部の前線へ赴いた者も男性の活躍には遠く及ばず、戦場から逃げたか死んだかで戻る事も無いと言う記録も残ってた。一件、他国へ亡命したと言う物まである。
勿論男の勇者に不祥事が無かったかと言えばそんな事はないが、一度の召喚で現れた勇者達の中には必ず優れた武功が残っている者がおり、それが全て男性勇者だった事がそんなイメージに拍車をかけていた。
戦場へ女性を率いない事は、多くの場合勇者達が自ら取り決めるルールであり詳しい事はわかっていないが、この度の召喚に際して改めて記録を漁った結果、多くの勇者の故郷である神の国『ニホン』に根付く風習が関係しているらしいと言う記載が確認できている。
そんな歴代勇者達のすったもんだを全て直接見た者など居るはずもないが、勇者召喚に関して一日の長があるカー・ラ・アスノートの、それも関わりの深い王城に残された記録である事を加味すれば、どれだけ信頼できる情報であるかは改めて口にする必要もない程だ。そんな信頼できる情報から、勇者の授かるスキルは性別による差異があり、女性勇者は補助に適した物が基本であると考えていたのだ。
女性一人。それは異常事態であり、ハズレと言う他ない結果だと誰もが考えた。
「このイレギュラー、何が原因なのでしょう。」
「一度だけの偶然なのかもしれませんし、過去の…魔人が居た時代とはもう、召喚で現われる勇者の質が違うと言う可能性もあります。でなければ…」
王妃の問いに答えたのは目の前のニールだったが、彼が言いよどんだ時、言葉の続きを横から掠める様に取っていった若く美しい女性は、笑うような陽気な声で続きを言った。
「神に、見放された、か。ですかな。カハハ!」
「…滅多な事を言うものではありませんよ。」
長く鮮やかな朝焼け色の髪を携えた女は肩を竦める。
王妃に窘められたが悪びれもせず、大げさな身振りをしながら話続けた。
「カハハハハ!恋焦がれた勇者様相手にも木偶の坊役を仰せつかっておりますのでね、皮肉の7つくらいは出て来ますとも。今のは一番御喋りのミリアンガー様の分、残りの6つも喉から腹で声がかかるのを今か今かと待っております。いかがです?」
「黙りなさい。」
「…」
ニヤニヤと笑い続ける女を無視して、王妃キーン・ギーンは改めて声をあげる。
近くに居た第一王子のアッカーへ視線を留める。
「兎に角、たとえハズレでも女と言うなら…それはそれで使えます。」
アッカーは答えず、目もあわせない。ただ苦い顔をするだけだが、逆に言うならその表情こそが、声が届いている確たる証拠でもあった。
「…よくやりましたね、ミドリー。勇者も今後貴方を頼りにするかもしれません。その時も上手くやるのですよ。」
「はい!」
少しだけニールの予定と差異が出た部分はあるが、ここまで概ね順調だ。キーロの居ないこの場で勇者の情報を引き出して来たと伝える事で、目標の8割は達成したと言って良い。
既に関係者には『ミドリーと勇者には繋がりができている』と知らしめられる程の情報だろうし。
だから、珠玉の間までの誘導者の名前を私だと名言させる件で勇者にあげる『お小遣い』について、流石に奮発し過ぎではないかと珠玉の間に入る前にニールには問うていた。
答えはNOだった。
現状は、当初の目的以上の成果を発揮できている状態。
だが、ここで満足する必要はない。
今のままでは、「ミドリーと勇者の距離が近い」事は伝わるがあと一歩足りない。この上で「勇者もまたミドリーとの関係に利益を見出している」と思わせる事ができれば、それだけ手元にある手札の価値は上がっていく。その意味では、勇者がわざわざ共に歩いたキーロより自分の名前を優先して出したなら、誰にでもわかりやすいアピールになるだろう。ミドリーと勇者は、お互いに強い繋がりで結ばれていると、誰にだってそう見えるはずだ。…当初の想定を超えた最上の結果と言える。
ただこれは今回が特別なだけで、キーロが相手だからこそこの程度だが、実際はもっと確実な手段が必要になって来る。この程度で油断して手を緩めていては、いつか足元をすくわれる。と、ニールの曰くそういう事らしい。
まあ今回それは当てはまらないなら、これ以上考える必要はない。
リスクを最小に、利益は最大に。…これ以上リスクが増える余地はないなら、投資が増えたって何処まででも利益を求めるべきだ。
そう考えると、上手くできたと思う。
今回は珍しく、純粋に自分の力で手に入れた結果だ。
…ニールの手柄は私の手柄でもあるのだし、ニールの力も含めて全て自分の力だ。
「皆聞きなさい。予定通り進めますが、この度来たモノの質によっては、落ち着いてから新たに召喚を行う必要が出るかもしれません。…ただ、用済みになると知ればどのような行動を起こすかもまたわかりません。もしもの場合は、不用意に口には出さず、各々で予め動きなさい。必要な事にはヤタを使います。宜しいですね?」
国王と王妃、そしてその隣に立つ女以外が、それぞれ位に合わせて承服を示した。
「ではミドリー。」
「はい、わかっております、お母様。」
「さあ。勇者も、じき着くでしょう。…皆、黙して待て。」
それから先、勇者アイが珠玉の間への扉を開ける時まで、誰もが必要最低限しか音を出さずに、少しも動かないようにと声を殺して静かに待っていた。
聖櫃の間から来たミドリーが急いだ事を含めても、同じ道程を来る勇者とそう時間が空くはずもないと思うのは当前だ。
勇者が到着するのに、まさか更に30分弱の時間身じろぎ一つせず立って待つ事になるなど、この場の誰も知るよしもなかったのだ。
立ち尽くして何分過ぎただろうか。疲れてきた足の軋む様な痛さに、ミドリーが顔を横にずらし、玉座に座る父を見る。
下民とキーロ如きになんでこんなに待たされなきゃいけないんだ!それに………こんな時でも、お父様は一人座ってる。ズルイ。本当にズルイ。ねえ、お父様?その席が相応しいのは、お父様なのかしら?丁度良い機会だし、そろそろお母様か、もしくは私に譲るべきじゃない?
……ああ、もういやだ。ほんと足が痛い。痛い痛い痛い!これが終わったらドレスのままベッドに寝転がってやる!
ミドリーは、王座に座る父をこれほど羨ましいと思った日は無かった。