1章EX 深緑乙女の暗中飛躍(ミスプラン) 2
「へぇ…」
キーロの直ぐ後にくっついて出てきたのは、キーロと同じか、それより少しだけ若く幼そうにも見える、目つきの悪い女だった。
体のラインが出る小さめの薄くも厚くもない服の上から、お父様と同じうちの国の黒いマントを羽織ってる。
成る程、この服、他では見ない変な感じだけど、動きやすそうではあるし、素材は良い。髪も結ばずにそのまま伸ばしていて、所々跳ねているせいで綺麗にまとまってはいない。けど、光っているように見える程艶もあり、知らない技術で手入れされているんだろう事は一目でわかった。
肝心の女本人は、壊滅的にダメだけど。
物乞いか強盗か、なんか犯罪して捕まった牢屋の中のゴロツキ共と大差ない、悪辣極まりない、つまりは下民顔。典型的な下民。異世界から来たと言うのは間違いないだろうが、こんなのに何ができる?
実際、王女である私と初対面であるにも関わらず、正しい挨拶もない。教養がダメだ。こんなの10歳児以下だ。かわいそうな女。
まあいい、女は目当てじゃない。本物の、男の勇者に声をかけなきゃ。
だが、女の後について出てきたのは、キーロのお付き二人だけだった。
「何でここに…!?」
驚いた顔のキーロ。ムカつく。本物の勇者を隠して出てきたって事は、私がここに居る事なんてお見通しだったってわけだ。なのに、わざとらしく驚いたような芝居をして見せた。まだ私を子供だと思って、馬鹿にして!早く本物の勇者連れてこいよ!
…と、まだね。落ち着かなきゃ。本物の勇者を見る前に大声を出せば、きっとキーロも私の目的に気づいて全力で匿うだろう。
「あんたこそ、駄目じゃない?キーロ。持ち場を離れちゃ。それとも、本物の勇者はまだ時間かかるわけ?」
「ミドリー!?貴方、なんて…」
…あれ?勇者は何がなんだかわからないって顔。キーロの慌てたような、女勇者を見る様な顔。
…嘘でしょ?勇者って、男が代表なんじゃないの?女だけしか来ない事なんてあるわけないでしょ?
いや、もしかして、勇者と口裏合わせてる、とか…?
「はぁ?…え?まさか、コレだけ?本当に?なに。ふざけてんの?隠してても良い事とかないんだけど?」
「この方は、勇者様よ!?」
勇者を守ろうとキレてる?こいつらしいキレ方か。でも、これでほぼ確定。勇者はこの女一人しか居ない。
何それ。皆勇者召喚に期待してたってのに。
ああ、ガッカリしたのは、私も期待してたから?こんな程度の女が来る、勇者召喚に?
…はぁ。
「うぇっ…良い部分なんて、着てる服だけじゃない。すんごい顔。ゴロツキみたいな目して、いかにも下民ございますって感じ。礼の仕方一つ知らないみたいだし、気分悪い。」
何が神の奇跡だ。
まあ、でも、こんなのでも勇者か。何かには使えるんだろう。
何に使えるかとかはどうでも良い。それはお母様が決めれば良いんだし。
「ミドリー!謝罪なさい、今すぐに!」
「やーよ。フンっ…!」
女勇者は、終始私の事を睨んでる。
最初に見た時は驚いたのか、一瞬だけ目が見開かれてたけど。
表情の変化が読みにくい。こいつ、何考えてんの?
別に知る必要も無いか。興味もない。
コレしかないなら、私はコレを持ってけば良いだけだ。
「まあ、無い物強請りしてもコレしか居ないわけだしね。」
「ミドリー…もう黙りなさい。二ール!早くミドリーを連れて行って!」
「聞きなさい。私はミドリー、王族よ。そこに居るのの妹なわけだけど…そんなのとただ歩いてても退屈でしょ?お母様の居る部屋まで私と一緒に歩きなさい。そうね、ちゃんとついて来れたら、数年、いえ、5年遊べる位のお金をあげるわ。」
ふぅ、ニールの作戦通り。
額についてはちゃんと言ってないし、少しもめるかもしれない…。もしかしたら相場をキーロとかに聞かれるかもしれないけど、それならそれで少しくらい多く払ってやっても良い。言う事聞けば物はちゃんと貰えるんだって理解したら、それから先も扱いやすくなるし。
一応これでとりあえず完了かしら。
「断る」
…は?
「…はぁ?」
は?はあ?何様こいつ?脳みそ動いてないんじゃないの!?
「王族、だって、言ったの!聞こえなかったあぁぁ!?」
「姫様。」
ニールが声をかけてくる。
うるさい!
今勇者と話してんだから黙ってろよ!
「何よ!?」
「そこな女も、突然つれて来られた国で、天上人の言葉だと言われて、ピンと来ないのでしょう。察しろと言っても…下民とは、そういう物です。でしょう?」
ああ、そうか。馬鹿なのか。馬鹿って理解が遅いもんね。
馬鹿が王族と初めて話して、ビックリしちゃったって事?
ならそう先に言いなさいよ。まったく。
「フンッ…」
「ニール!?」
「先程も申しました通りです。…共に歩かずともよいのですよ。」
「…わかってるわよ。」
そうだった。キーロが何か仕込んだかもしれないし、こんな時のために第二案があるんだった。まあ、言われなくても、今思い出そうとしてたけどね。
「ニールあなた、ミドリーに何を言っているのです!?」
「アーサー様…なに、ただの簡単な、儀式のようなモノですので。これ以上は姫も、そう、そういう事は申し上げませんので。どうかご容赦を。」
「ニール、貴方は止めるべき立場のはずよ!」
それにしてもキーロがさっきからうるさい。私の手柄になりそうだからって邪魔するなっつーの。
「姫様も。順番を間違えただけなのです、順番を。…そうですね?」
「ええ…そうね。確かに、少し間違えたかもね。少しだけ。」
「ミドリー…?」
「…仕方ないわね。」
今度は理解できるかしら?さっきと条件が変わるんだから、そこんとこ理解できるように、とりあえずゆっくり、順番に言ってあげよう。私は、優しいんだし。
「勇者。…じゃあ、一緒に歩かなくても良いわ。契約…約束ね。約束しなさい、この私と!お父様とお母様の話を聞くって!」
「もともとそのつもりだけど」
はあああ??その「いくつもり」は、キーロとの約束でしょ!?違うでしょ!?なんでわかんないの?なんで「わかった」って、そんな簡単な言葉が言えないの!?なんなの!?
「約束、しろっていってるの!私と!あんたの気持ちとかねえ!理由なんてどーでも良いのよ!今すぐ、わかったって言えば良いの!」
「姫様」
「ミドリー!アイ様、申し訳ありません…本当に、申し訳ありません…!」
外野がうるさい。今勇者が返事する所なんだから、黙ってろよ!もうこいつらは無視で良いや…
「なんなら、そう、それだけで、さっき言ってた分の半分位ならあげるわよ!」
「…わかった。」
「っ…!そうよ、良く言ったわ。最初からそう言えば良いのよ。」
まったく、面倒くさい奴。
こんな10秒あれば終わりそうな会話に、変につっかかって来て。
まあでも良いか。
この勇者も金で動く。なら後は、アッカーとかキーロに邪魔させなければ、私の思い通りに動くって事だ。
あの、伝説と言われる勇者がだ。最高に、気分が良い…!
ニールが耳打ちしてくる。髭が耳に触る。相変わらずきもちわるい。
「姫様。あの勇者、常に何かを考えながらこちらを警戒しておりました。多少頭が切れるかもしれません。念の為、アーサー様がこの後交渉できないように、『アーサー様が言った額の倍出す』と言っておきましょう。それで、アーサー様は自ら手を引くかと。」
ああ、成る程。それは良い手だ。
横でそれを聞くキーロの顔が歪むだろう事が目に浮かぶ。
ニールはきもちわるいが、やっぱり頼りになる。
「聞きなさい!もしその女が、私と同じような約束を持ちかけてきても、みんなの前で聞かれたら、私と約束したって言いなさい!そうすれば、その女の倍まで出してあげるわ!」
よし、これで無事完了。少しでも先に行って、お母様にお伝えしておかなきゃ!
「ちょっと待ちなさい。」
驚いて振り返ると、キーロや周りの奴らが驚いて勇者の顔を見ていた。
…は?今、命令した?あの勇者が?下民が、私に?はあああああああああ!?
「何よ!?下民が命令-」
「誰か、一人。証人が居た方が安心できるでしょ?お互いに。だからそっちの付き人で信用できる人を一人、置いて行ってくれない?…そうすれば、ね?」
そう語りかけてきた勇者はこちらに、初めて笑った表情を見せた。
恐怖。
提案にではない、その表情にだ。
それはゴロツキの下卑た、と言う見た目の印象をぶち抜いた遥か先。
まるで、悪魔が取引を持ちかけているようだった。あの顔を見ては、裏がないとは思えなかった。
何言ってるんだ、こいつ、この勇者!?
目的はわからないけど、私側の人間を一人、しかも私が選んで良いって事は…わざわざ自分に監視つけて下さいって言ってるようなもんだ。馬鹿なのかこの勇者。
でもさっきニールは、この勇者が切れ者だって言った。
不安になってニールを見上げるが、我関せずと言う態度を示している。
ニールは口を挟んでくる様子はない…つまり、勇者の言うとおりにしても良さそうだ。勇者もニールの作戦に乗り気って事?あの表情で?絶対に悪巧みしてる顔なんですけど…
…!ああ!きっと、ちゃんとお金が払われるかどうかの、担保にしておきたい、その為の手段とか、そういう事なんだろう。こっちに損はない。なら良いのか。
「それは、そうね。……ロウ、残りなさい。」
「ハッ…」
これで今度こそ、完璧だ。
私を子供だと思ってるから、そうやっていつも失敗するんだ。
甘いから、頭が悪いから、大事な手柄は全部横から掠め取られるんだ。
ざまあみろ、キーロ。