1章EX 深緑乙女の暗中飛躍(ミスプラン) 1
番外編。
ミドリーちゃんってこんな女の子です、というお話。
本編にかけるスパイス程度に、お好みでどうぞ。
ミドリーは、王座に座る父をこれほど羨ましいと思った日は無かった。
きっかけは二日前。
「なんでアイツなのよ!」
それは勇者、砂原愛がセステレスへ召喚される二日前の話。
戦争の現状とそれについての対策は、関係者間で既に何度か話し合われていた。
国王をはじめ、その側近近衛、第一王妃、位と年齢の高い王位継承候補やその相談役までの王族関係者の他、政治・軍事・戦争に深く関わる人物達、当日の警備統括を担当する騎士の長達等を集めたかなり大掛かりな会議となる。
今回は先延ばしにされてきた最終取り決めについて、つい先程発表されたばかりだ。
奥の手としてこの地に勇者を招く事が決定し、実施日は前回既に決まっていた。
今回は、当日の具体的な人員配備、中でも儀式を実施する魔術師の役割分担や配置と、実際に勇者を召喚した際の出迎え役の決定通知。特にこの会議に顔を出している人間達には、この出迎え役の通達こそが重大だと捉える者が殆どだった。
白羽の矢がたったのは、国王と第一王妃との間の第二子にして長女、ギーン・アーサー・キーロ・カー・ラ・アスノートと言う名のうら若き少女である。
重大事項の通達が行われた『蛹の間』の扉を出て直ぐの場所、声を上げたのは大役を任されたアーサー・キーロその人………ではなく、彼女の同腹の妹、王女フーカ・ミドリー。
廊下を歩くのはそのギーン・フーカ・ミドリー・カー・ラ・アスノートと、フーカ・ミドリーの相談役と言う役職を請け負うニール・サッカーナー・グラン・アスノート。その後ろに数名の護衛と給仕の子供達。
発表された内容に憤慨し声を荒げる主人ミドリーに対して、相談役のニールは冷静さの下にある感情を決して見せない能面のような顔で付き添っている。
元々背が高い上にその高所から見下ろす目は、そのまま相手への興味の薄さを表しているようでもある淡白で力のこもっていない目に見えるが、主人のミドリーはそんな彼の表情が普段と何一つ変わらないため、今更口に出して非難するような事はない。
おかしい!
私は第二王女だけど、一番頭が良くて、一番上手く立ち回れる!一番偉いのは、私のはずじゃない!
なんで、あんな大役を、私じゃなく、バカキーロなんかにさせようとするの!?
「姫様。」
「なによ!」
ニールがその高い位置から声を投げかけてくる。彼の声は大きくはないが、その高さの特殊さからか、少しくらい騒がしい状況でも耳に届く。
一度声をかけたニールはその腰をぐっと曲げて、耳元まで口を近づけてきた。
こいつは髭を無駄に伸ばしてて、いつも口元は下から見上げていてようやく辛うじて見える程度。体や顔の線は細いのに、髭が顔の下半分を一回り二回り大きく見せているせいでシルエットのバランスが悪いのに、それをこいつ本人はまるで気にしない。
よく耳打ちして来るけど、いつも髭があたると注意するのに聞きゃしない。あんまり近づかれるのはきもちわるい。
「このままでは中に聞こえますよ。なに、問題はありません、ご安心下さい。まずはここから離れましょう。」、ニールはそうつぶやいた。
フンッ!気に食わない。
ニール。こいつは確かに頭は良いが、私は知ってる。その目は明らかに私を馬鹿にしたように見ている時がある。こいつの話を素直に実行してやるのは、こいつの言う通りにしていれば、大抵失敗しないからだ。
利用できるからしているが、人間としては、好きか嫌いの二択が出てもコンマ1秒迷わず嫌いと言える、そんな奴。
だから、心の底から嫌いな奴の言葉ではあるが、問題ない、という言葉は、素直に信用できた。
それから暫く、ニールから声がかかるまでは無言で歩いた。
そして角を二つ曲がった頃。
「姫様、あの役はあれで良いのですよ。」
「…あんたまで、アイツが適任だっての!?」
「アーサー様が姫様より有能だと言う意味ではありませんよ。ただ、適任と言う言葉は言い得て妙ですな。」
「…はぁ?どういうことよ!」
「人の居る場で明言はありませんでしたが、まだ蛹の間にはアーサー様が残っておられます。恐らく今はその話をしているのかと思われます…アーサー様が妙齢の女性である事が大きな理由でしょう。人間が働く動機はいくつもありますが、最も頭を使わせずに効率よく使役できるのは、愛と情欲です。」
「…は?え、つまりそれって…キーロに惚れさせるって事?マジ?」
「恐らく。目下の戦争だけでなく、そのまま王の血筋へ新たな勇者を取り込む事で、ゆくゆくの対オルトネスも視野に入れている可能性は高いかと。」
「…やっぱり」
…やっぱり私の方が適任じゃない?
私だって、キーロに負けないくらい魅力的じゃない?
少しだけそう考えたが、いやしかし。キーロと自分とでは、持っている物が違う。
………決して自分が持たざる者と言う訳ではない。ただ、まだ私は、生きた年数が少し、少ないだけだ。生まれながらに持つポテンシャルで負けているわけではない、生まれた時期によるアドバンテージが原因なだけだ。私はきっとまだ育つ余地はある。そうに決まっていた。
それに冷静に考えれば、勇者と言う大成が約束された人間が相手でも、低俗な下民風情に媚びるなんて嫌だ。嫌過ぎる。お母様に必要だと言われたって悩むだろう程だ。
「……ま、あのバカは頭が使えない分、せめてその位は役にたってくれなきゃね。でも、ねぇ、それってぜんぜん大丈夫な気がしないんだけど?」
キーロと勇者がくっつく。
そんな事になったら、キーロに手柄全部取られちゃうじゃない。
あんたならその位、わからないはずないでしょ、ニール。
何考えてんの?
「なに、召喚にアーサー様が立ち会うのは、この国の第一印象を少しでも良くしよう、と言うだけです。実際に深い間柄がどうのと言う話になるのは、国が落ち着いてからとなるでしょう。それについては、ゆっくり時間をかけて。アーサー様より少しだけ、結果一歩分だけ早ければ、それで良いのです。そう焦る必要もない。」
「…なら、誰が出迎えたって一緒じゃない。」
「ええ、そう言う事ですよ。」
「フンっ…」
なら最初からそう言えば良い。回りくどい。
「加えて一つ、良い提案があります。」
「…何?」
「当日、姫様は聖櫃の間へ入る事は許されませんが、逆に言えば禁止されるのはそれだけ。勇者と顔を合わせる事は問題ないのです。」
「だから何?」
「まさかアーサー様は、ドアの外に姫様が居る等思いもよらず、無策で勇者を連れ立って来るでしょう。そこで、国王陛下の前までご案内を、姫様がすれば良いのです。」
キーロから仕事を奪ってやるのは楽しいけど、それの何処が良い提案なわけ?
ニールが何を考えてるかいまいちわからず、もやもやとする。
「勇者からの印象は後回しで良い…先に勇者を珠玉の間へ誘導したのは姫様であると、当日揃う面々に伝われば良いのです。そうすれば細かい事情を知らぬ者らは、姫様が勇者との繋がりを持ったとすり込めます。失敗しても問題は何もない、成功すれば結果勇者に関わる事案が姫様を通す事となれば、今よりも太く多くのパイプが手に入る。その上勇者との接点も結果増えていくわけです。最上で、『勇者の専属』と言う立場でも手に入れば、間違いなく他を出し抜けるでしょう。万が一出会った次点でアーサー様が何か手をうっていても…なに。勇者と言えど、異国から下民。ならば金を積んで、姫様との仲を騙らせられれば良いのですよ。それで十分効果は出るかと。…もし探りをいれられたとしても、勇者に顔を通しに言ったとか、交渉を有利にする為に探りにいったと言えば、方々に差し出口を挟まれる事もないでしょう。」
「リスクを最小に、利益は最大に…ね。」
「ええ。」
リスクを最小に、利益は最大に。それはニールがよく私に言う言葉だった。今回の内容がそれに当て嵌まっているかは判別できなかったけど、ニールはいつも通りらしいと言うのは話を聞いて理解できた。
「それ、採用するわ。ニール。やらなきゃいけない事全部教えなさい。」
「ええ、ですが急く必要はありません。まだ二日もある…心に余裕をお持ち下さいませ。」
「うるさいわね。当然じゃない。」